第22話:隠された人工扉と、暴かれた闇倉庫・生贄牢獄
第21話では、小説バトルの5大原則を注ぎ込んだ守護獣ツイン・ガーゴイルとの白熱の空中戦をお届けしました!
そして迎える第22話――物語は、宿場町ベルンを苦しめてきた「巨悪の真相」へと一気に踏み込みます!
神殿の最奥で発見された、分厚い鉄の隠し人工扉。
無駄な移動や探索を挟まず、扉の先で待ち受けていたのは――町中から奪われた何百トンもの穀物の山、そして魔族へ売り飛ばされる寸前の、鎖に繋がれた町民や幼い孤児たちの姿でした。
理不尽に人々の温かな日常を踏みにじる悪を前に、心優しきシオンの胸に灯る「静かなる絶対の義憤」をお届けいたします!
神代の白銀石で築かれた荘厳なる神殿ホール――その最奥の壁を無残に削り取って埋め込まれていたのは、あからさまに現代の人間が据え付けた、無骨で分厚い鉄の扉だった。
扉の表面には、酸化して黒ずんだ錆止め油の生々しい匂いがこびりつき、頑丈な鉄の閂には、大人の拳ほどもある真鍮の南京錠が三重に固く掛けられている。
「……シオン、鍵を壊せる? 私の火炎魔法で焼き切ってもいいけれど」
「大丈夫です。音を立てずに開けます」
シオンは左手で、上着の胸ポケットをそっと上から押さえた。
内側から、『くぅ……すやすや……』と、小さな温もりと愛らしい寝息が伝わってくる。先ほどの激闘と大門の解錠で魔力を使い果たし、手のひらサイズの子狐に戻って熟睡しているイリスだ。
この温かな命を揺り起こさないよう、シオンは静かに腰の神授太刀『聖天神刀・神威』の鯉口を切った。
刃をわずか三寸、抜き放つ。
息を吸い、吐き出す――コンマ一秒。
スッ……。
大気を撫でるような不可視の太刀筋が、真鍮の南京錠の隙間を滑り抜けた。
直後、カシャン、カシャン、と小気味よい金属音を立てて、三つの南京錠が寸分違わず斜め真っ二つに両断され、石畳の上へと転がり落ちた。
シオンは音もなく太刀を鞘へと納め、分厚い鉄扉の取っ手に手をかける。
ギィィィィ……と軋んだ重い音を立てて、鉄扉が内側へと開かれた。
その瞬間、扉の隙間から吹き出してきた濃厚な空気に、シオンとフィオナは息を呑んだ。
冷涼な迷宮の空気ではない。
生ぬるく乾いた風と共に鼻腔を突いたのは――圧倒的な量の、香ばしい小麦と穀物の匂いだった。
「……っ! これは……!」
フィオナが魔導杖の切っ先に『光球』を灯し、暗がりの中へと掲げた。
光がパッと広がり、闇に沈んでいた巨大な地下空洞を白日の下に晒し出す。
そこに広がっていた光景に、二人は言葉を失って硬直した。
巨大な天然の岩窟倉庫。
その床から天井近くにまで届くほど高く積み上げられていたのは――見渡す限りの、麻袋の壁だった。
ぎっしりと詰め込まれた良質の小麦。大麦。乾燥トウモロコシ。
木樽にびっしりと敷き詰められた塩漬けの豚肉や牛肉。干し魚の山。乾燥豆の袋。
さらには、一般の民など一生口にできないような高価な香辛料の木箱や、高級ワインの樽までもが、整然と何十列にもわたって並べられていたのだ。
「な……何よ、これ……! これ全部、穀物と食糧の山じゃないの……!?」
フィオナの琥珀色の瞳が、驚愕と激しい怒りに見開かれた。
「街道が不作で食糧が入ってこないって、町民たちには嘘をついておいて……! 町の穀物を全部買い占めて、こんな地下の隠し倉庫に溜め込んでいたのね……!?」
その規模は、数百トン――いや、数千トンにも及ぶ。
宿場町ベルンの全町民数百人が、優に一年以上は贅沢に暮らせるだけの膨大な食糧が、人知れずこの暗闇の中で死蔵されていたのだ。
シオンの脳裏に、数日前の情景が鮮烈に蘇る。
市場の通りで、空腹のあまり力なく座り込んでいた老人たち。
路地裏の木箱の影で、脱水と飢えで唇を紫色にし、死にかけていたレオンとニーナの幼い兄妹。
そして、わずか一杯の温かな大釜スープを口にして、「生きててよかった」と涙をボロボロとこぼしていた町民たちの姿――。
「……あんなに、みんなが飢えていたのに」
シオンの口から、低く掠れた声が漏れた。
「道端で子どもたちが倒れて、泣き叫んでいたのに……。ゴルド商会は、自分たちの私腹を肥やすためだけに、これだけの食べ物を隠していたんだ……」
シオンの拳が、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめられる。
だが――事態の真の醜悪さは、食糧の買い占めだけに留まらなかった。
『――うぅ……っ……』
『……だれか……おねがい……たすけて……』
穀物の山が途切れた、倉庫の最奥。
湿り気味の冷たい岩肌の影から、微かに、弱々しい人間の啜り泣きと、ジャラリ……と重い金属の擦れ合う音が響いてきたのだ。
「……!? シオン、奥から声がするわ!」
「はい……!」
二人は穀物の山を駆け抜け、倉庫の突き当たりへと疾走した。
そこに作られていたのは――見るもおぞましい、巨大な【黒鉄格子の牢獄】だった。
光の届かないジメジメとした冷たい岩牢。
床にはわずかな泥水が溜まり、藁すら敷かれていない冷え切った岩肌の上に、何十人もの人々が折り重なるようにして倒れ伏していた。
着ている服はボロボロに引き裂かれ、垢と泥に塗れている。
手首と足首には、肌に食い込むほど重々しい鉄の足枷と鎖が嵌められ、壁の太い鉄輪へと固く繋がれていた。
そして――その牢獄の片隅に固まっていたのは。
まだ十歳にも満たない、身寄りのない小さな孤児の子どもたちだった。
「ひっ……!?」
シオンたちの足音と杖の光に怯え、子どもたちが震え上がりながら、互いに抱き合って身を縮こまらせる。
その虚ろな瞳には、極限の飢えと、いつ殺されるか分からない絶望の恐怖だけが張り付いていた。
「あ、あなたたちは……!?」
牢の中央で、足枷を引きずりながら一人の痩せこけた中年男性が、格子に縋り付いてきた。
ベルンの町でパン屋を営んでいた男だ。シオンが広場で炊き出しをした際、親類が行方不明だと泣いていた自警団員の証言と完全に一致する。
「た、頼む……! 子どもたちだけでも……あの子たちだけでも助けてくれ……! もう三日も水すら与えられてねぇんだ……! このままじゃ、みんな魔族の生贄に……売られちまう……!」
「魔族の、生贄……!?」
フィオナが息を呑み、血相を変えて格子に駆け寄った。
「どういうことなの!? あなたたちは、借金のカタに連れてこられたんじゃないの!?」
「そ、それだけじゃない……! ゴルドの奴、跳ね上がった食糧代を払えなくなった町の民や、親を亡くした孤児たちをここに集めて……『魔族の闇ギルド』へ生贄の奴隷として売り飛ばす密約を交わしていたんだ……! 明日の夜、魔族の迎えの馬車が来るって……そう話しているのが聞こえた……!」
「なっ……魔族へ、人身売買……!?」
フィオナの全身が、怒りと戦慄で激しく震えた。
「自国の民を飢えさせた上に、魔族に生贄として売り飛ばすなんて……! 人間が……同じ人間に対して、そんな外道な真似ができるわけがないでしょうがぁっ……!!」
フィオナの怒号が、地下倉庫の天井を激しく揺るがす。
だが――その隣に立つシオンは、叫ばなかった。
静かだった。
嵐の前の海のように、恐ろしいほどの静寂がシオンを包み込んでいた。
シオンはゆっくりと歩み寄り、鉄格子の前に膝をついた。
格子の隙間から、震える小さな手が、すがるようにシオンの上着の裾をキュッと掴んだ。
七歳ほどの、髪の擦り切れた幼い少女だった。
冷え切った小さな指先。骨が浮き出るほど痩せ細った腕。
その少女が、涙で濡れた大きな瞳でシオンを見上げ、掠れた声で小さく呟いた。
「おにいちゃん……。わたし……死んじゃうの……? もう、お日さま……見られないの……?」
その一言が、シオンの胸の最も深い場所に、鋭く突き刺さった。
かつて師ルシアンが教えてくれた、世界で一番温かな言葉。
――『シオン。私が教える太刀筋は、敵を切り捨てるためのものではない。大切な誰かと、明日笑って朝食を食べるために振るう剣だ』
目の前にいるのは、誰かにとってのかけがえのない家族だ。
明日、温かなご飯を食べて、太陽の下で笑うはずだった命だ。
それを――己の金と欲のためだけに奪い、暗闇に閉じ込め、化け物の餌として売り飛ばそうとする者がいる。
シオンの左眼の奥底――『神授の聖眼』が、仄暗い青氷の光を静かに宿した。
怒りで声を荒らげることはない。
だが、その背中に立ち上る気迫は、神殿ホールの守護獣と対峙した時よりも遥かに研ぎ澄まされ、冷徹なまでの絶対の覚悟へと昇華されていた。
「……いいえ」
シオンは少女の冷たい手を、両手で優しく包み込んだ。
少年の手のひらから伝わる温もりに、少女の強張っていた身体が、ふっと微かに緩む。
「死なせません。絶対に、誰ひとり死なせません」
シオンは少女の目を見つめ、穏やかに、しかし絶対に揺るがない声で告げた。
「僕が、あなたたちを助けに来ました。……もう、大丈夫ですよ」
シオンは立ち上がると、背負い袋から包みを取り出した。
迷宮に入る前に石窯で焼き上げていた、『高濃度魔力回復ハーブクッキー』だ。
サクサクとした甘い香りが漂った瞬間、子どもたちの喉がゴクリと鳴った。
「これ、食べてください。少し硬いけれど、一口ずつゆっくり噛んで食べれば、すぐに身体が温かくなりますから」
格子の隙間からクッキーを配ると、子どもたちは震える手で受け取り、一口かじった。
その瞬間、清涼タイムの爽やかな香りと、黄金甘草の優しい甘み、そしてシオンが込めた滋養の魔力が、凍てついていた身体の芯へと染み渡っていく。
『おいしい……! すごく、甘くて……あったかい……!』
『う、うまい……! 力が……湧いてくる……!』
大人も子どもも、涙をボロボロとこぼしながらクッキーを頬張った。
その様子を見守るシオンの胸ポケットから、ふわりと小さな白い頭が覗いた。
目を覚ました子狐のイリスが、紫水晶の瞳を悲しそうに潤ませながら、牢の子どもたちへ向けて『きゅぅん……』と優しく鼻を鳴らす。
「シオン、牢の鍵を!」
「はい」
シオンは太刀を抜いた。
大天使の聖炎すら纏わせず、ただ研ぎ澄まされた刃の軌道だけで、牢の巨大な鉄錠と鎖を、まるで紙を断つように一瞬で切り落とす。
ガコンッ!と重い鉄扉が開き、人々を繋いでいた鎖がパラパラと崩れ落ちた。
牢から解放された人々が、シオンとフィオナの足元に崩れ落ち、何度も頭を下げて涙を流す。
「あ、ありがとう……! ありがとうございます……!」
「礼なら後よ! さあ、立てる人は子どもたちを支えて!」
フィオナが人々に肩を貸し、シオンは周囲を警戒しながら振り返った。
だが――その時だった。
カチリ……と、倉庫の壁の奥から、乾いた魔導仕掛けの音が響いた。
「……!? シオン、あれを見て!」
フィオナが倉庫のさらに奥――岩壁に埋め込まれた巨大な黒鉄の金庫を指差した。
金庫の扉には、紫黒の魔力で描かれた複雑怪奇な三重の術式鍵が怪しく脈打っている。
そして、その金庫の内部から、町民たちを縛り付けていた悪夢の根源――『裏帳簿』と『魔族との契約書』の禍々しい気配が、確かに漂っていた。
「あの金庫の中に、ゴルド商会のすべての悪事の証拠があるはずよ……!」
「はい。逃げ道を完全に塞ぐためにも、あの証拠を白日の下に晒さなければなりません」
シオンが金庫へと歩み出した、その瞬間だった。
ドォォォォォォンッッ!!
背後――先ほどシオンたちがくぐり抜けてきた、あの分厚い鉄扉が、凄まじい地響きと共に外側から乱暴に叩き落とされたのだ!
鉄扉の残骸の向こう、立ち込める土煙の中から響いてきたのは、嘲笑を孕んだ肥え太った男の下卑た声だった。
「――ヒャハハハハ! やはり嗅ぎつけてきおったか、ネズミどもめ!」
数十本の松明の炎が、闇倉庫の入り口を赤々と照らし出す。
そこに立っていたのは、高級な毛皮のマントを羽織り、指に何重もの黄金の指輪を光らせた醜悪な男――宿場町ベルンを牛耳る悪徳商人、ゴルドその人だった。
その後ろには、抜き身の刃を手にした数十名の屈強な私設傭兵団が、退路を完全に塞ぐようにしてズラリと立ち並んでいた。
「穀物の山を見られたばかりか、売り物の生贄どもにまで手を出されるとはな。……だが、貴様らの命運もここまでだ」
ゴルドは黄金の杖で地面を叩き、醜い顔を歪めて冷酷に笑った。
「誰一人として、生きてこの地下から出られると思うなよ? ……金庫の証拠も、穀物も、そして貴様らもろとも――すべて灰にして葬り去ってやるわぁッ!!」
退路は完全に断たれた。
背後には、怯える町民と子どもたち。
だが――シオンの瞳に、動揺の色は微塵もなかった。
シオンは静かに、白銀の神授太刀の柄へと右手を滑らせた。
その紫苑色の瞳の奥に、悪を絶対に許さぬ、氷のように研ぎ澄まされた絶対断罪の覚悟が、静かに燃え上がっていた――!
第22話を最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、第23話『神授の聖眼、裏帳簿の看破と商人ゴルドの退路遮断』では、シオンの『神授の聖眼』による金庫の一瞬解錠チート、そしてゴルドを逃がさないための知性派の攻防が幕を開けます!




