第21話:第3層・迷宮の守護獣『双頭の古代石像鬼』
第20話では、幻樹の糖蜜の神聖魔力によってイリスが【9〜10歳の妹系ツインテール美少女】へと奇跡の初変身を遂げ、これまで鳴き声だけだったイリスが初めて「シオンお兄ちゃん!」と言葉を紡ぐ最高に尊い神回をお届けしました。
そして大門が開かれた第3層・大神殿ホールで待ち受けていたのは、神代の防衛兵器『双頭の古代石像鬼』!
第21話では、背後の妹イリスを守りつつ、深部での戦いに備えて「反動を伴う大技を封じられた」シオンが、毎朝の泥臭い素振りの成果である至高の「流水返し」で強敵に挑みます!
ゴゴゴゴ……と重々しい余韻を残し、巨大な白銀の二重鉄扉が完全に開ききったその空間は、息を呑むほど壮大な大神殿ホールだった。
天井の高さは三十メートルを超え、円周数メートルにも及ぶ白銀の大石柱が幾重にも立ち並んでいる。
だが、その神聖なる静寂を切り裂くように――ホール全域を震わせる凶悪な重低音が轟いた。
『――グォォォォォォォォォッッ!!』
大階段の左右に鎮座していた二体の石像が、バリバリと石化皮膜を弾け散らせて跳躍した。
いや、二体ではない。
着地と同時に石畳を粉砕したのは、一つの巨大な胴体に、二つの醜悪な頭部を冠した一体の怪物――神代の生ける防衛兵器『双頭の古代石像鬼』だった。
蝙蝠に似た白銀の巨翼を広げると、全幅は十メートル近くに達する。
その四つの眼孔に、獲物をミンチに変える真紅の殺戮光がギラリと灯った。
「シオン、来るわよ……っ!」
フィオナが黒壇の魔導杖を素早く構え、魔力の防壁を展開する。
シオンは瞬時に状況を判断した。
すぐ背後には、先ほどの大門解錠で魔力を大きく消費した妹姿のイリスがいる。
そして――この神殿ホールの奥には、町から穀物を奪い去ったゴルド商会の闇倉庫が控えているのだ。
(ここで熾天使ミカエルの全力の聖炎を撃てば、一撃で吹き飛ばせるかもしれない。……だけど、それじゃダメだ。全力解放の反動で全身の筋肉を断裂させたら、奥で待ち受けるゴルドや用心棒たちと戦えなくなる……!)
背後のイリスを守り抜くこと。
そして、己の肉体に反動を残さず、技の理によって最小限の消耗で突破すること。
二重の厳しい制約が、シオンの思考を極限まで研ぎ澄まさせる。
「イリス、絶対にその扉の陰から出ちゃダメだよ!」
「うんっ! シオンお兄ちゃん、気をつけてね……!」
イリスが白いツインテールを揺らし、心配そうに紫水晶の瞳を潤ませながら、扉の影へと身を潜めた。
妹の安全を背中に確認したコンマ一秒後、頭上の空気が爆発した。
バサァッッ!と突風が巻き起こり、ガーゴイルの巨躯が垂直に跳躍。天井スレスレの高みへと舞い上がった。
地底の冷涼な空気が一変し、肌を焦がす熱気と、皮膚を粟立たせる不快な高周波が同時に降り注ぐ。
『ギシャァァァッ!』
『オォォォォッ!』
右の頭部が大きく顎を開き、白熱する白銀の神聖火炎弾を連射。
左の頭部が喉奥を震わせ、大気を波紋状に歪める「石化の怪音波」を放ち散らした!
ズドォォォォンッ! ドガガガガッ!!
爆心地となった石畳が一瞬で融解し、吹き飛んだ破片が怪音波を浴びて灰白色の石へと硬化しながら降り注ぐ。
焦げたオゾンの刺激臭と、削れた石粉の粉塵がホールの視界を白く染め上げた。
「くっ……『氷結の防壁』!」
フィオナが杖を振るい、三重の絶対零度の氷壁を立ち上げる。
だが、降り注ぐ火炎と石化波の波状攻撃の前に、頑強な氷壁がバリバリと白濁し、表面から急速に風化するように削り取られていく。
「空中を飛び回られたら、地上からの太刀筋が届かないわ! シオン、私の大魔法で叩き落とす!?」
「待ってください、フィオナさん! 焦って撃ち合えば魔力を無駄に消費します!」
シオンは左眼に精神を集中させた。
――『神授の聖眼』。
青氷と白銀の光脈がシオンの視界を覆い、乱れ飛ぶ粉塵を突き抜けて、旋回する石像鬼の体内を透視する。
骨格は神鉄合金。外殻は白銀石。物理的な装甲は、先ほどの岩殻鎧モグラに匹敵する硬度だ。
だが、シオンが見ていたのは装甲の厚さではない。
体内に脈打つ、二系統の魔力循環ラインだった。
(右の頭は超高熱の火炎。左の頭は物質を硬質化させる収縮音波。……相反する二つの属性が、一つの心臓――胸の中央核で交差している)
ガーゴイルが翼を傾け、急旋回する。
右の頭部が息を吸い込み火炎を放ち、火炎の反動が収まると同時に、左の頭部が音波を放つ。
その瞬間だった。
聖眼の視界の中で、胸の中央核に走る魔力の奔流が、ほんの一瞬だけ濁った。
(見えた……!)
シオンの思考が火花を散らす。
(熱の膨張と、音波の収縮。二つの属性が心臓で切り替わる瞬間――コンマ三秒の間だけ、魔力の逆流を防ぐための安全弁が開き、胸の中央核が無防備に露出する! あそこなら、装甲を砕く力はいらない。最短の一突きで、核だけを突ける!)
問題は、あの上空三十メートルを音速で旋回する怪物を、どうやって地上へ引きずり下ろすかだ。
シオンは太刀の柄に手をかけたまま、隣のフィオナへと視線を走らせた。
「フィオナさん! 奴が僕を狙って急降下してくる瞬間、上空の風を真下へ叩き落として、重力を一瞬だけ倍加させられますか!?」
「……! 急降下の速度に重力を上乗せして、制御を奪う気ね!? できるわ! 私を誰だと思ってるのよ!」
「お願いします! 僕が必ず、一撃で決めます!」
シオンは氷壁の陰から、あえて無防備にホールの広場中央へと躍り出た。
獲物が遮蔽物を捨てた瞬間を、空中の怪異が見逃すはずもなかった。
『ギシャァァァァッ!!』
ガーゴイルの四つの瞳が真紅に発光した。
巨大な翼をすぼめ、矢のように角度を鋭角に変える。
頭から突っ込む猛烈なダイブ。
音速を超えた突進が、大気を切り裂く高周波の絶叫を響かせ、白銀の鉤爪がシオンの頭蓋を握り潰さんと迫る――!
五十メートル、三十メートル、十メートル――。
死の質量がシオンの眉間へと迫った、まさにその刹那。
「捉えたわ……! 吹き荒れ、地に伏しなさい! 『重圧の烈風』ッッ!!」
フィオナの凛とした詠唱が神殿に木霊した。
黒壇の杖から放たれた極大の重力魔方陣が、急降下するガーゴイルの背上へ展開される。
大気が何倍もの質量となって天井から垂直に叩き落とされ、ガーゴイルの背に目に見えない巨人の拳がめり込んだ。
『――グガッ!?』
怪物の急降下の軌道が狂う。
空中で体勢を立て直そうと二つの頭部が激しく軋み、火炎と音波を同時に練り上げようとした瞬間――。
カチリ、と胸の中央核に魔力の同期ズレが生じ、装甲の隙間から青白い核の光が露わになった。
シオンの視界から、すべての雑音が消え去った。
迫り来る音速の質量。
風圧が前髪を激しく揺らし、頬を冷たい石粉がかすめる。
だが、シオンの心は、フローリアの菜園の朝露のように静まり返っていた。
(力でぶつかるんじゃない)
耳の奥で、優しく微笑むルシアン師匠の声が蘇る。
(太刀とは水だ。激流に逆らうな。相手の濁流を、自分の流れへと巻き込め)
シオンは右肩の力を完全に抜いた。
毎朝、夜明け前から何千回、何万回と繰り返してきた、白木の木刀による泥臭い素振り。
手のひらに刻まれたタコと、骨身に染み込ませた足捌きが、思考を介さずにシオンの身体を滑らかに駆動させる。
半歩、右へ滑り込む。
水たまりに波紋を広げぬような、音なき踏み込み。
ガーゴイルの巨大な鉤爪が、シオンの鼻先数ミリを空振りして通過した。
その猛烈な突進エネルギーの側面へ、シオンは抜き放った白銀の神授太刀『聖天神刀・神威』の【峰(背)】を、そっと寄り添わせるように触れ合わせた。
――シルヴァンス流・柔の奥伝『流水返し』。
キィィィィィィィィンッッ!!
耳朶を貫く、澄み渡るような超高周波の金属摩擦音。
太刀の峰を滑る敵の超質量が、円の軌道を描いて斜め後方の空間へと受け流されていく。
勢いを殺されるどころか、自らの突進力によって前のめりにバランスを崩し、巨躯が地面に縫い付けられるように前のめりへと傾いた。
剥き出しの胸元。
魔力の同期が狂い、無防備に晒された青白き中央核。
シオンは呼吸を整えた。
溜めは、すでに完了している。
踏み込む。
太刀を返す。
最短の直線を描く――。
シオンの切っ先が、白銀の閃光となって突き出された。
――ズバァァァァァァッッッ!!
抵抗は、一切なかった。
豆腐に熱した針を通すように、神授太刀の切っ先がガーゴイルの胸の中央核を寸分違わず貫き、背後へと突き抜けたのだ。
『――――ッ!?』
二つの頭部が声なき絶叫を上げ、動きを完全に静止させた。
「……安らかに、眠ってください」
シオンが静かに太刀を引き抜くと同時。
核の裂け目から、眩い白銀の聖炎がふわりと溢れ出した。
それは破壊の炎ではない。
数百年間、冷たい地底で戦い続けることを強いられていた魔造の魂を、温かく包み込む浄化の極光。
激痛も苦悶もなく、石像鬼の巨躯はひび割れた石粉とともに、淡い光の粒子となってほどけていく。
二つの頭部が、最後に凭れ合うようにして穏やかに目を閉じ、天上の星屑となって神殿の闇へと還っていった。
チャキン……。
シオンは静かに残心を取り、白銀の太刀を鞘へと納めた。
全身の筋肉の軋みは、ない。
神授の力に頼らず、己の磨き上げた技の理と、フィオナとの完璧な連携によって勝ち取った、反動ゼロの完全勝利だった。
シオンは納刀した右手をそっと見つめた。
微かに震える指先を、左手で静かに包み込む。
(……ルシアン師匠。僕、誰も傷つけずに、前に進めました)
心の中で静かに師へ語りかけた、その時だった。
「シオンお兄ちゃぁぁぁんっ!!」
神殿の大門の陰から、ツインテールを跳ねさせながらイリスが飛び出してきた。
パタパタと背中の小さな翼を羽ばたかせ、一直線にシオンの腰へと抱きついてくる。
「シオンお兄ちゃん、すっごく……すっごくかっこよかったよぉぉ! ふわってかわして、ズバッて突いて……イリス、お兄ちゃんが世界一強いって知ってたよ!」
「あはは、ありがとうイリス。扉の陰でいい子にしててくれて助かったよ」
シオンが屈んで頭を撫でてやると、イリスは目を細めてふにゃふにゃと蕩けた。
だが――その直後。
ふわり、とイリスの小さな身体から淡い光の煙が立ち上った。
「ふぇ……? なんだか……急に、眠たくなってきちゃっ……たぁ……」
「えっ、イリス……!?」
ぽふんっ♪
愛らしい破裂音とともに、白い光の煙が晴れたあと。
シオンの両腕の中に残されていたのは――。
手のひらにすっぽりと収まるサイズの、あの愛らしい【純白の有翼子狐】の姿だった。
『くぅ〜〜ん……すやすや……』
変身と大門の解錠で魔力を使い果たしたのだろう。
イリスはシオンの手のひらの中で丸くなり、小さく鼻を鳴らしながら、完全に熟睡モードに入ってしまった。
「……もう、無茶ばっかりするんだから」
シオンは苦笑しながら、冷えないようにイリスをそっと上着の内ポケットへと滑り込ませた。
胸元から、トクトクと温かな鼓動と小さな寝息が伝わってくる。
「……まったく、人騒がせなキツネね」
駆け寄ってきたフィオナが、肩で息を整えながら杖を下ろした。
その顔には、戦闘の緊張から解放された安堵の笑みが浮かんでいる。
「でも、お見事だったわよシオン。あんな空中からの突進、力任せに打ち合ったら吹き飛ばされていたわ。……ルシアンお義兄様の『流水』の太刀筋、あんたの中にちゃんと生きてるのね」
「フィオナさんの重力魔法のタイミングが完璧だったおかげですよ。僕ひとりじゃ、あの軌道は狂わせられませんでした」
「べ、別に……! バディなんだから、あれくらい当然でしょ!」
フィオナは耳を赤くしてプイッとそっぽを向いたが、その唇は嬉しそうに緩んでいた。
だが――二人の安らぎの時間は、そこまでだった。
「……フィオナさん、あそこを見てください」
シオンが神殿ホールの最奥――ガーゴイルが守っていた祭壇の裏手を指差した。
荘厳なる古代の白銀石で築かれた神殿の壁。
その神聖な石肌を無残に削り取って埋め込まれていたのは――。
錆止め油の生々しい匂いを放ち、幾重もの真鍮の南京錠が掛けられた、明らかに現代の人間が作った【分厚い鉄の隠し人工扉】だった。
鉄扉の隙間から吹き抜けてくるのは、冷気ではない。
町中から強奪されたであろう、膨大なる小麦と穀物の匂い。
そして――奥の暗闇から漂う、人々の絶望と、生贄を求める凶悪な悪魔の瘴気だった。
「……見つけたわ。悪徳商人ゴルドの、真の闇倉庫よ」
フィオナの声が冷たく凍りつく。
シオンは胸元で眠るイリスを優しく庇うように左手を当て、静かに鉄扉を見据えた。
その左眼の奥に、理不尽に人々の日常を奪う悪に対する、静かなる絶対の義憤が灯っていた。
第21話を最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
次回、第22話『隠された人工扉と、暴かれた闇倉庫・生贄牢獄』では、いよいよ町から奪われた膨大な食糧の山、そして借金のカタに囚われ魔族へ売られる寸前の町民たちと対面します!
シオンの静かな義憤が燃え上がり、悪徳商人ゴルドを追い詰める怒涛の解決編へと突入いたします!




