第20話:イリス最初の奇跡【あざと甘えん坊妹】変身!
第19話では、地底聖樹林で採取した『幻樹の糖蜜』をかけたハーブクッキーに、フィオナが理性を蕩かされて大悶絶する至福のスイーツタイムをお届けしました。
そして迎えた第20話――!
物語は、第3層の行く手を阻む、神代の三重封印が施された巨大鉄扉。
困り果てるシオンとフィオナの前に進み出たのは、糖蜜の神聖魔力をその身に宿した純白の狐・イリスでした。
まばゆい光の繭が弾けたその瞬間、姿を現したのは――!?
地底聖樹林の温かな木漏れ日を背に、シオンとフィオナ、そしてシオンの肩に乗ったイリスは、巨木の裏手に口を開けていた岩壁の裂け目へと足を踏み入れた。
木々のざわめきと霊水のせせらぎが遠ざかり、再び張り詰めた冷涼な空気が肌を刺す。
わずかな下り坂を数十メートルほど進んだ先――二人の目の前に、行く手を完全に塞ぐようにして現れたのは、息を呑むほど威圧的な巨大建造物だった。
「……これが、第3層への入り口……?」
シオンは見上げる首を痛めそうになりながら、その偉容を見つめた。
高さ十メートル、幅八メートル。
天然の岩盤をくり抜いて作られた白銀のアーチの中に嵌め込まれていたのは、何百年もの間、傷ひとつ負わずに鎮座し続けてきたであろう、白銀と神鉄の合金で鋳造された【巨大な二重鉄扉】だった。
扉の表面には、神話の時代に光の神を称えた幾何学的なレリーフが彫り込まれ、その中心には、互いに複雑に噛み合う三つの魔法陣が、青白い封印の光を脈打つように明滅させていた。
「間違いないわ……。『忘却の神殿大門』よ。この奥に、大戦当時に神官たちが籠城していた神殿本殿……そして、商人ゴルドが穀物を隠している闇倉庫があるはずだわ」
フィオナが黒壇の魔導杖を構え、慎重に鉄扉の足元へと歩み寄った。
杖の切っ先を青白く光る魔法陣へと向け、解析の魔力を送り込む。
だが――数秒と経たないうちに、フィオナの端正な眉がギュッと八の字に歪んだ。
「……嘘でしょ? これ、どういう術式構造なのよ……!?」
「フィオナさん、どうしたんですか?」
「三重の連動反転結界よ! 第一の陣を解錠しようとすれば第二の陣が魔力を吸収して逆位相の波形を返し、第三の陣が物理的な施錠ボルトを十重にロックする仕組みになってるわ……! 外部からの魔力干渉をすべて罠として処理する、超高難度の古代光魔術暗号よ!」
フィオナは額に滲んだ汗を指先で拭い、信じられないものを見るように頭を抱えた。
「私の全魔力を注ぎ込んで、数式を一段階ずつ逆算して解読していけば……開かないことはないけれど……。どんなに早くても、六時間……いえ、半日はかかっちゃうわよ!」
「半日……!?」
シオンは思わず息を呑んだ。
左眼の『神授の聖眼』を発動させ、扉の奥に張り巡らされた魔力ラインを透視してみる。
確かにフィオナの言う通りだった。巨大な鉄扉の内部には、数千本もの光の糸が複雑怪奇な迷宮のように絡み合い、ほんのわずかな解錠の手順ミスすら許さない、絶対の拒絶の意志が宿っていた。
(半日もここで足止めされたら……地上のカルロスさんたちにどんな危険が及ぶか分からない。ゴルド商会が動き出して、証拠隠滅のために倉庫の穀物に火を放たれたら、町の皆さんの命が……!)
シオンが焦燥を滲ませ、無意識に太刀の柄をぎゅっと握りしめた、その時だった。
『――きゅい』
静かな澄んだ鳴き声が、張り詰めた回廊に響いた。
シオンの足元。
ふかふかの純白の毛並みを揺らしながら、イリスがトテトテと二人の前に歩み出たのだ。
「イリス……? 危ないよ、不用意に触ると反撃の魔力が――」
シオンが制止しようと手を伸ばした瞬間、異変は起きた。
カチリ……と、天上で無数のガラスの鐘が打ち鳴らされたような、神秘的な音が空間を満たした。
イリスの小さな身体から、先ほど聖樹林で放っていたものとは比べ物にならないほど強烈な、【純白と黄金の極光】が爆発するように吹き上がったのだ!
「きゃっ……!? な、何なの、この魔力は……!?」
フィオナが咄嗟に腕で顔を覆い、後退する。
光は暴力的な衝撃波ではなく、どこまでも温かく、春の陽だまりのように穏やかな祈りの波動だった。
さっき食べた『幻樹の糖蜜』の超高純度な神聖魔力が、イリスの体内で眠り続けていた天界の神獣の回路と完全に共鳴したのだ。
黄金の光が渦を巻き、イリスの全身を包み込む巨大な光の繭を形成する。
(イリス……!?)
シオンは聖眼を限界まで見開いた。
光の繭の向こうで、イリスの魔力波形が急激に膨張し、再構築されていくのが見えた。
四つ足の小さな狐のシルエットが、光の粒子を吸収しながらぐんぐんと伸び、しなやかで愛らしい人間の少女の輪郭へと、信じられない変貌を遂げていく――!
――パァァァァァンッッ……!!
鈴の音の余韻と共に、光の繭が淡い星屑となって弾け散った。
視界を埋め尽くしていた光が収まり、青白い石畳の上に現れたその光景に、シオンとフィオナは完全に言葉を失い、呼吸すら忘れて硬直した。
「……え……?」
「嘘……でしょ……?」
そこに立っていたのは。
四つ足の子狐ではなかった。
外見年齢は、人間の少女で言えば九歳から十歳前後。
シオン(十四歳・百六十センチ)の胸元あたりまで届く、頭ふたつ分ほど小柄な愛らしい背丈。
光を透かすような純白のプラチナホワイトの髪は、両サイドでふんわりと結ばれた軽やかなツインテールとなっており、動くたびに毛先がぴょこぴょこと跳ねている。
頭のてっぺんには、感情に合わせてピコピコと動く真っ白な三角の狐耳。
腰の後ろからは、自分の背丈ほどもある極上のシルクのような純白のふさふさ尻尾が、嬉しそうにフルフルと揺れている。
背中には、手のひらサイズの小さな純白の翼がちょこんと生え、パタパタと愛らしく羽ばたいていた。
身に纏っているのは、清楚で上品な白と淡い紫(シオンの花色)のフレアワンピース。品の良いケープと胸元のリボンが施され、足元は小さな編み上げショートブーツを履いていた。
そして――大きな瞳は、夜空の星屑を閉じ込めたように輝く、潤んだ紫水晶。
息を呑むほどに愛らしく、天真爛漫な輝きに満ちた、【狐耳ツインテールの妹系美少女】が、そこにちょこんと立っていたのだ。
「………………」
「………………」
完全な静寂が、神殿の大門前を支配した。
シオンは目を見開いたまま石のように固まり、フィオナは口をぽかんと開けて魔導杖を床に落としそうになっている。
その沈黙を破ったのは、少女となったイリスの、元気いっぱいの足音だった。
タタタッ……!
二本足で立つ感覚が嬉しくてたまらないといった様子で、小さな足で石畳を駆け寄るイリス。
そして、呆然と立ち尽くすシオンの足元まで一直線に飛び込んでくると、シオンの腰にギュッと抱きついて見上げた!
ぎゅ〜〜っ♡
「わっ……!?」
シオンは反射的に、その柔らかく温かな身体を受け止めた。
抱きついてきた少女からは、ミルクとハーブクッキーと、甘い糖蜜が混ざり合ったような、至高の甘い匂いがふわりと香る。
そして――抱きついた少女は、頭の上の狐耳を嬉しそうにペタンと倒し、紫水晶の瞳を満面の笑みで輝かせながら。
ハキハキと明るく、鈴を転がすような【愛らしい人間の少女の声】で、高らかに叫んだのだ。
「――シオンお兄ちゃん! ……えへへ、やっとお話しできたぁ♪」
「…………………………え?」
シオンの脳内で、思考の歯車が完全にフリーズした。
おにいちゃん?
お兄ちゃんって、僕のこと……!?
「イリスね、ずっとずっとシオンお兄ちゃんにお礼が言いたかったの! あの時、美味しいご飯をくれて、傷の手当てをしてくれて、本当にありがとう! ……お兄ちゃんの手、すっごくあったかいね♪」
イリスはシオンの腰にぎゅっとしがみついたまま、満面の笑顔で頬を擦り寄せてくる。
これまで「きゅい!」「くぅん」としか鳴かなかった相棒が、こんなにも流暢に、そしてこんなにも愛らしく自分を「お兄ちゃん」と呼んで抱きついてきている。
「あ、あの……えっ……!? イ、イリス……なの……!? 本当に……!?」
シオンの顔面が、頭頂部から爪先まで一瞬にして沸騰した。
茹でダコのように真っ赤になり、抱きついてくる美少女を見つめて目を白黒させる。
これまで魔族の大幹部を前にしても、凶悪な魔獣に囲まれても決して乱れなかったシオンの冷静沈着な心が、人生最大の赤面と大混乱を迎えていた。
だが――シオン以上に、宇宙がひっくり返るほどの衝撃を受けていた人物が、すぐ隣にいた。
ギギギギギ……と、油の切れた人形のように首を巡らせるフィオナ。
その琥珀色の瞳は限界まで見開かれ、顔面は怒りと羞恥と嫉妬と混乱で、真っ赤どころか紫色の湯気を噴き出しそうなほど凄まじいことになっていた。
「な……な、なななななななな…………ッッ!!」
フィオナの指先が、ガタガタと激しく震えながらシオンとイリスを指差す。
「な、何よその姿と声はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
神殿の大空洞を揺るがすほどの、フィオナの絶叫が轟いた。
「お、お兄ちゃんぁぁぁ!? お兄ちゃんって言ったわよね今あの子!? シオンに抱きついてスリスリしてるわよねぇぇぇぇっ!?」
「フィ、フィオナさん、落ち着いてください! 僕も何が起きてるのか全然――」
「落ち着けるわけないでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
フィオナは床をドンドンと踏み鳴らし、振り乱した金髪を逆立ててシオンに詰め寄った。
「あんた……あんた、いつの間にそんな可愛い妹分作ってたのよバカシオンーーッ!! 何よその完璧な美少女っぷりは! ツインテールに狐耳って、属性盛りすぎでしょ! だいたいルシアンお義兄様の本当の妹は私よ!? それなのに、なんであんたが先に『お兄ちゃん』なんて呼ばれてんのよぉぉぉぉっ!!」
「この子は本当にイリスなんです! さっきの糖蜜を食べて変身したイリスなんです!!」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁっ!! さっきまで手のひらサイズの狐だった生き物が、いきなりこんなあざとい妹美少女になって『シオンお兄ちゃん』なんて抱きついてくるわけないでしょぉぉぉぉっ!!」
フィオナの猛烈なマシンガン糾弾に、シオンはタジタジになって後ずさる。
だが、シオンにしがみついていたイリスは、シオンの背中からひょこっと顔を出すと、怒り狂うフィオナの方を涼しい顔で見つめ、ふふんと愛らしく胸を張った。
「フィオナさん、そんなに怖いお顔して怒ってたら、せっかくの美人さんが台無しだよ?」
「なっっ……!? な、な、生意気ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
さらにイリスは、シオンの右腕を両手でギュッと抱きかかえ、フィオナに見せつけるように満面の笑顔を浮かべてみせた。
「だーめ! シオンお兄ちゃんの右腕は、イリスの特等席だもん! お兄ちゃん、イリスのことぎゅーってしててね♪」
「あ、あのねイリス、僕はお兄ちゃんって柄じゃ……」
「ううん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ! イリスの、世界で一番やさしくてかっこいいお兄ちゃんなんだもん!」
ニコォッ!と、天使そのものの眩しすぎる笑顔を向けるイリス。
そのあまりの純粋な懐きっぷりに、シオンの心臓がドキンッと跳ね上がり、頬がますます赤く染まる。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっっっ……!!」
それを見たフィオナは、ギリギリと歯ぎしりを鳴らし、両手で頭を抱えて激しくじたばたした。
「ずるい……! ずるすぎるわよあの小狐ぇぇぇっ! 何よそのあざとさは! 反則よ、可愛すぎるにも程があるじゃないのよ! 私だって……私だってまだ、シオンとお兄ちゃん妹ごっこなんてしたことないのにぃぃぃぃぃぃっっ!!」
「えっ、フィオナさん、今何か言いました……?」
「な、何でもないわよバカシオン! あんたもデレデレしてんじゃないわよ! 早くその子を引き離しなさい、私の背中に隠しなさい! ……もう、心臓が持たないわよ……っ!」
フィオナは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いたが、その瞳は、シオンの腕に幸せそうにくっつくイリスを、羨ましそうにチラチラと盗み見ていた。
シオンは苦笑しながら、腕にしがみつくイリスの頭を優しく撫でた。
頭の上の白い狐耳が、撫でられるたびに気持ちよさそうにペタンと倒れ、イリスの喉から『ゴロゴロゴロゴロ……♪』と、人間の姿になっても変わらない愛らしい喉鳴らしの音が漏れる。
「……でも、本当に人間の姿になっちゃうなんて、驚いたよ。どうしてこの姿になったの?」
「えへへ〜♪」
イリスはシオンの腕を離すと、小さな手を腰に当てて、誇らしげに胸を張った。
「シオンお兄ちゃん、さっきからずっと困ったお顔してたでしょ? イリスね、お兄ちゃんを助けたかったの! お兄ちゃんにもっと笑顔になってほしかったの! だからね……この大門、イリスが開けてあげる!」
「えっ……? イリスが、この大門を?」
「うんっ! お兄ちゃん、見ててね!」
イリスはトテトテと巨大な二重鉄扉の前へと歩み寄った。
そして、フィオナが「半日かかる」と頭を抱えていた巨大鉄扉の中央――青白く光る三重の封印魔法陣へ向けて、ぷにぷにとした小さな右手のひらを、ペタリとかざしたのだ。
「えいっ♪」
イリスが愛らしく呟いた、その瞬間だった。
ドクンッ……!!
イリスの小さな手のひらから、神話の太陽そのもののような、混じりけのない純白の神聖魔力が奔流となって放たれた。
天界の頂点たる神獣の権能。
大戦当時の古代神官たちが仕掛けた光魔術の暗号など、イリスの放つ絶対的な神聖魔力の前には、主を迎えるただの挨拶に過ぎなかった。
キィィィィィィン……ガコンッ!!
三重の魔法陣が一瞬で黄金色に染め上げられ、まるで主人の帰還を祝福するように、快音を響かせてパズルが解けるように全解除されたのだ!
鉄扉の内部で、十重に噛み合っていた巨大な神鉄の施錠ボルトが、一斉に跳ね上がる重々しい音が響き渡る。
「…………は?」
フィオナが完全に白目を剥いて硬直した。
「私の……私の半日かかる精密解析式が……『えいっ♪』のひと言で……一秒で解錠された……!?」
「す、すごいよイリス……! 本当に開いちゃった……!」
「えへへ〜♪ お兄ちゃん、すごいでしょ? イリス、役に立てた? 頭なでなでして〜!」
イリスが満面のドヤ顔でシオンを見上げ、両手を広げてぴょんぴょん跳ねる。
シオンが「本当にすごいよ、ありがとうイリス!」と屈んで頭を撫でてやると、イリスはふにゃふにゃに蕩けてシオンの胸に飛び込んできた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
重厚な地響きと共に、巨大な白銀の二重扉が、ゆっくりと内側へと押し開かれていく。
吹き抜けてきたのは、数百年間封じられていた神殿の冷気と――その奥から漂う、確かな小麦と穀物の匂い。
大門の向こう側に現れたのは、巨大な石柱が幾重にも立ち並ぶ、荘厳なる第3層の大神殿ホールだった。
だが――。
扉が完全に開ききった、その瞬間だった。
『――グルルルルルルルッ……!!』
神殿ホールの最奥、祭壇へと続く大階段の上から、地底の空気を震わせる不気味な唸り声が響き渡った。
シオンの背筋に、冷たい悪寒が走る。
大階段の左右に鎮座していた、巨大な二体の白銀の石像――。
蝙蝠のような巨大な翼と、鋭利な爪、そして一つの胴体に二つの醜悪な頭部を持つ、神代の守護獣。
――ズズズズズッ!
石像の表面を覆っていた石化の皮膜がバリバリとひび割れ、四つの獰猛な瞳に、真紅の殺戮の光がギラリと灯った。
「……っ! 第3層の守護獣――『双頭の古代石像鬼』よ!」
フィオナが瞬時に正気を取り戻し、魔導杖を構えて叫んだ。
迷宮深部の神殿ホールを守る、神代の生ける防衛兵器。
シオンは抱きついていたイリスをそっと自分の背後――安全な大門の陰へと誘導した。
「イリス、扉の陰に隠れていてね。危ないから前に出ちゃダメだよ」
「うんっ! シオンお兄ちゃん、がんばってぇーっ!」
妹からの絶大な声援を背に受け、シオンの瞳に、静かな覚悟の光が灯った。
シオンの右手首が、腰の神授太刀『聖天神刀・神威』の柄へと滑らかに伸びる。
神殿の大門の先で、二つの頭部を持つ古代の守護獣が、咆哮を上げながら翼を広げて跳躍した――!
第20話を最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、第21話『第3層・迷宮の守護獣「双頭の古代石像鬼」』では、神殿ホールを根城にする強大な守護獣ツイン・ガーゴイルとの白熱の決戦!
シオンが毎朝の泥臭い素振りの成果を発揮し、反動を抑えた至高の太刀筋で守護獣に挑みます!
戦闘後、魔力を使い果たしたイリスがポフンと愛らしい子狐姿に戻ってスヤスヤ眠る姿にもぜひご期待ください!




