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心優しき少年の絶対断罪録 〜至高の料理番は悪を許さない。師直伝の太刀と絶品ご飯で、ツンデレ義妹と腐敗した国を浄化する無双旅〜  作者: 紫苑 紡


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第12話:大釜の希望と、郊外の森の恵み

第11話では、傷だらけだった小さな神獣イリスがシオンの温もりに触れて心を開き、さらに横暴なゴルド商会のチンピラをシオンが鮮やかな体術で撃退しました。

しかし、町の飢餓という過酷な現実は依然として横たわっています。

「悪人を倒す前に、まず飢えた町民全員を温かいご飯で救いたい」

その強い想いを胸に、シオンとフィオナ、そしてすっかり元気になったイリスが、郊外の深い森へと食材採取に向かいます!

誰も毒や苦味があって食べられないと思い込んでいる野草や根菜を、シオンの『神授の聖眼』はどう極上の料理へと変えていくのか――?

今回は温かな採取と料理の知恵、そしてイリスの健気な愛らしさをお届けします!

 ゴルド商会のチンピラ傭兵たちが逃げ去ったあとの、自警団の詰め所。

 乱暴に蹴破られた木門の残骸が散らばる裏庭には、まだ微かに蜜林檎タルトの甘く香ばしい名残が漂っていた。

 大剣を背負い直した自警団長カルロスは、重いため息をつきながら、荒らされた門前を見つめて顔を曇らせた。

「……シオンくん、フィオナのお嬢ちゃん。助かったぜ、本当に。だが……奴らがこのまま引き下がるはずがねぇ。面子を潰されたゴルドの野郎は、間違いなく代官に圧力をかけ、街道の見張りをさらに厳しくしてこの町の兵糧攻めを加速させるだろう」

「代官もグルだなんて、本当に腐りきっているわね……」

 フィオナが忌々しそうに吐き捨て、黒壇の魔導杖をぎゅっと握りしめた。

「ああ。俺たち自警団の蓄えも、もう数日分しか残っちゃいねぇ。町民たちに配る食糧なんざ、どこを探しても一粒の麦すらありゃしねぇんだ。……奴らの屋敷に踏み込んで食糧を強奪するにしても、あの用心棒の怪物を突破できなきゃ返り討ちに遭うだけだ」

「カルロスさん」

 沈痛な面持ちで拳を握り締めるカルロスに対し、シオンは穏やかに、けれど芯の通った澄んだ声で呼びかけた。

「商会の屋敷へ踏み込んで食糧を取り戻すのは、絶対にやりましょう。でも――その前に、町の人たち全員にお腹いっぱい食べてもらって、生きる気力を取り戻してもらうのが先です」

「全員に……? だがシオンくん、さっきも言った通り、この町にはもう粉も肉も残っちゃいねぇんだぞ。タルトを焼こうにも、林檎も小麦粉も底をついちまった」

「町の中にないのなら、外から調達すればいいんです」

「外から……? 街道はゴルドの私設傭兵どもが見張ってるんだぞ。商隊が入り込めるはずがねぇ」

「街道の流通に頼る必要はありません」

 シオンは振り返り、宿場町ベルンの石造りの外壁の向こう――見渡す限り青々と広がる、広大な郊外の原生林と、山から流れ出る清流を指差した。

「森と川があります。あそこには、豊かな自然の恵みがたくさん眠っています」

「はあ!? も、森だと……!?」

 カルロスは目を丸くして絶句した。

「おいおいシオンくん、冗談だろ!? あの原生林に生えてる草なんざ、苦すぎて家畜すら食わねぇ雑草か、痺れ毒のあるキノコばっかりだ! 川の魚だって骨が硬くて臭みが強くて、とても食えたもんじゃねぇ。飢えた町民が手を出して、毒で腹を壊して倒れたことだって一度や二度じゃねぇんだぞ!」

「町の人たちが『毒や苦味があって食べられない』と思い込んでいるだけです。……適切な下処理と灰汁抜き、そして正しい火加減を施せば、すべて最高に美味しくて滋養のある極上の食材に変わります」

 シオンの左眼に、自信に満ちた静かな光が宿っていた。

 ――『神授の聖眼(ディヴァイン・アイ)』。

 フローリアの山あいで、師ルシアンの胃腸を労わるために培った野草の知識と、天界の瞳による完全な成分看破。シオンにとって、自然の森は危険な毒草の巣窟ではなく、命を育む巨大な食糧庫そのものだった。

「僕に任せてください。町中の人たちが、温かいスープを何杯でもおかわりできるくらいの食材を集めてきます」

「……本気なんだな。よし、分かった! そこまで言うなら、俺たち自警団総出で森までの護衛をつけるぜ!」

「ありがとうございます。……でも、護衛は最小限で大丈夫です。人目が多いと、森の獲物や野鳥が逃げてしまいますから」

 シオンが背負い袋を担ぎ直した、その時だった。

『――きゅぅぅぅんっ!』

 シオンの肩の上から、甲高い、けれど鈴を転がすような愛らしい鳴き声が上がった。

 見れば、手当てを受けてすっかり元気を取り戻した純白の有翼狐――イリスが、シオンの首元に両前足をちょこんと乗せ、尖った耳をピコピコと動かして立ち上がっていた。

 その紫水晶(アメジスト)の瞳は、「わたしも行く! シオンのお手伝いをするんだもん!」と言わんばかりに輝いている。

「ふふ、イリス。怪我はもう痛まないかい?」

『きゅっ、きゅう〜♪』

 シオンが優しく指先で顎の下を撫でてやると、イリスは目を細めて喉をゴロゴロと鳴らし、シオンの頬にスリスリと柔らかい毛並みを擦り寄せてきた。

「……もう、すっかりシオンの相棒気取りね」

 フィオナが呆れたように息を吐きながらも、その手は無意識にイリスのふさふさの尻尾をちょんちょんと突っついていた。

「まあいいわ。王立魔導学院首席の私が、未知の素材の魔力鑑定をしてあげる。……行くわよ、シオン!」

「はい、フィオナさん!」

 宿場町ベルンの北門を抜け、一行は街道を大きく外れて原生林の奥深くへと足を踏み入れた。

 頭上を覆う鬱蒼とした巨木の間から、初秋の木漏れ日が幾条もの光の柱となって降り注いでいる。足元には湿った腐葉土の匂いと、冷涼な清流のせせらぎの音が満ちていた。

「さあ、探しましょう。まずはスープの出汁になる根菜と――」

『――っ、くん、くんっ!』

 シオンが言葉を紡ぎ終えるより早く、肩の上のイリスが激しく鼻を鳴らした。

 ピクピクと尖った耳を前後に動かし、風下から漂ってくる微かな匂いを嗅ぎ分けると、イリスはシオンの肩からひらりと飛び降り、純白の小さな翼を羽ばたかせながら草むらへと駆け出した。

「あっ、イリス! 勝手に走っちゃ危ないわよ!」

 フィオナが慌てて追いかける。

 イリスが立ち止まったのは、苔むした大岩の根元に広がる、トゲだらけの鬱陶しい蔦が絡みついた藪の前だった。

 イリスは小さな前足で土をカリカリと激しく掘り返し、シオンを見上げて『きゅい! きゅい!』と誇らしげに尻尾を振った。

「ここに何かあるの?」

 シオンが膝をつき、絡みつくトゲの蔦をナイフで払い除けて、湿った黒土を掘り起こした。

 土の中から現れたのは――大人の腕ほどもある、ゴツゴツとした赤黒い巨大な根菜だった。

「ひっ……! な、何よそれ、毒々しい色……! 『鬼芋(オニイモ)』じゃないの!?」

 フィオナが思わず顔をしかめて後ずさる。

「教科書で読んだことがあるわ。極度の渋みと苦味があって、舌が麻痺するような灰汁を含んでいるから、どんな飢饉の時でも平民すら口にしないっていう、あの最悪の根菜でしょ!?」

「ええ、その鬼芋です。でも……」

 シオンは左眼を微かに細めた。――『神授の聖眼』。

 青白い光が赤黒い根菜を透過し、その内部の繊維構造と成分バランスを鮮明に映し出す。

(なるほど……。渋みの原因は、外皮のすぐ下にある高濃度のタンニンと灰汁の結晶だ。でも、中心部のデンプン質は信じられないほど純度が高く、豊かな甘みと滋養を秘めている……!)

「フィオナさん、この鬼芋、最高の食材になりますよ」

「はあ!? あんた本気で言ってるの!?」

「皮を五ミリの厚さで完全に削ぎ落とし、中心の白い果肉だけを細かく刻んで清流に晒します。それから、フィオナさんの微熱魔法で特定の温度まで加熱しながら煮込めば、灰汁の成分が完全に分解されて、驚くほどモチモチとした甘い団子になるんです」

「な、なんですって……!?」

「それに、イリスが見つけてくれたこの周囲の土……見てください。鬼芋の根元に、野生の『清涼タイム』と『黄金甘草』が自生しています」

 イリスが掘り当てた土の隙間から、爽やかな柑橘に似た芳香を放つ小さな緑の葉が群生していた。

 スープの臭みを消し、上品な甘みをつける最高級の野生ハーブだった。

『きゅ〜んっ♪』

 イリスはシオンの足元に身体をスリスリと擦り付け、「どう? わたし凄いでしょ!」と胸を張る。

「ありがとう、イリス。君のおかげで見つけられたよ」

 シオンが優しく頭を撫でてやると、イリスは紫水晶の瞳をとろけさせ、嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。

「……ぐぬぬ。鼻が利くのは認めてあげるけど、あざとすぎるわよあの毛玉……!」

 フィオナが唇を尖らせながらも、その手は手際よく採取用の籠を広げていた。

 一行はさらに森の奥、翡翠色に透き通る巨大な清流――「ベルン急流」の河原へと出た。

 岩肌を激しく打ち据える水しぶきが、冷たい飛沫となって舞い散っている。

「次は、スープの最も重要な『命』……出汁となる魚と鳥です」

 シオンは川岸の濡れた岩の上に立ち、清流の深みを覗き込んだ。

 川底の急流の中を、体長五十センチを超える銀色の巨魚たちが、矢のような猛スピードで泳ぎ去っていくのが見えた。

「『銀鱗サーモン』ね……。でも、あの魚は川底の苔や岩虫を食べるから、泥臭さと生臭さが強烈で、煮込み料理には絶対に向かないって学院の調理学でも習ったわよ?」

「それも、締め方と下処理次第です」

 シオンは腰の白銀の太刀――ではなく、足元に落ちていた手頃な硬さの木の枝を一本拾い上げた。

 深く、静かに息を吸い込む。

 ルシアンから十四年間叩き込まれた、シルヴァンス流の神髄――「水のように自在な身のこなし」。

 シオンの気配が、周囲の空気と完全に同調し、川のせせらぎの中に溶け込んだ。

 シュッ――!

 一瞬の踏み込み。

 シオンは水面を滑るように岩から岩へと跳躍すると、急流から跳ね上がった巨大な銀鱗サーモンの眉間へ、木の枝の切っ先を音もなく正確無比に突き入れた。

 ピクンッ!

 暴れる隙すら与えられない、完璧な即死・活け締め。

 魚は暴れて体内に乳酸や生臭さを回す暇もなく、その瞳を白濁させて動きを止めた。

 シオンは流れるような動作でナイフを抜き、エラ蓋と尾の付け根にミリ単位の切れ込みを入れて清流の中へと浸した。

 ドクドクと血が抜け、銀色の魚体が透き通るような白銀へと輝きを変えていく。

「な、何今の足捌き……! 水の上を走ったように見えたんだけど……!?」

 フィオナが呆然と口を開けていた。

 シオンは濡れた袖を絞りながら、爽やかな笑顔で振り返った。

「魚の生臭さの原因は、暴れた時の血が身に回ることなんです。こうして苦痛を与えずに一瞬で締めて血を抜けば、臭みは一滴も残りません。さらに、フィオナさんの冷気魔法で一気に冷やしてもらえますか?」

「え、ええ……任せなさい! 『氷結の吐息(フロスト・ブレス)』!」

 フィオナが杖をかざすと、清流から引き上げられた銀鱗サーモンが、薄い氷の膜に包まれて瞬時に氷温冷却された。

 身の繊維がキュッと引き締まり、極上の脂と旨味が完全に閉じ込められる。

 その後も、イリスの神がかった嗅覚の案内によって、大木に群生する肉厚の野生キノコ(聖眼で見極めた毒素を熱湯と塩で完全に中和)、滋養たっぷりの野生クレソン、そして岩陰に巣を作っていた野鳥の卵と滋養ガラを次々と採取。

 一時間も経つ頃には、持参した二台の手押し荷車が、溢れんばかりの新鮮な食材で山積みになっていた。

 夕暮れ時。

 橙色の夕日が石畳の路地を照らす中、シオンたちは自警団の詰め所へと戻ってきた。

 荷車を引き入れた瞬間、詰め所で待機していたカルロスや自警団員たち、そしてレオンとニーナが一斉に駆け寄ってきた。

「シオンくん! 無事だったか……って、うわぁぁぁぁっ!?」

 カルロスが荷車の中を覗き込み、腰を抜かさんばかりに飛び退いた。

「な、なんだこの山のような獲物は……!? 巨大な鬼芋に、銀鱗サーモンが十匹以上……それに見たこともねぇキノコと野草の山じゃねぇか! お前ら、本当に森に入って一時間でこれ全部獲ってきたのか!?」

「す、すげぇよお兄ちゃん! こんなに大きな魚、町でも見たことないよ!」

 レオンが目を輝かせ、小さなニーナもパチパチと手を叩いて喜んだ。

「カルロスさん、詰め所の中庭に眠っている『あの大釜』……使わせてもらえますか?」

 シオンが指差したのは、詰め所の倉庫の隅で埃を被っていた、かつて部隊全員の炊き出しに使われていたという、直径一メートル半を超える巨大な青銅の大釜だった。

「お、おう! 埃だらけだが、頑固な青銅製だから穴は空いてねぇ! 今すぐ団員総出で磨き上げてやる!」

「ありがとうございます。……フィオナさん、清流の水を大釜に満たしてもらえますか」

「ふふん、任せなさい。『水流の清泉(アクア・フォント)』! 最高に澄んだ冷水で満たしてあげるわ!」

 自警団総出の作業が始まった。

 屈強な男たちが大釜を中庭の中央へと引き出し、泥と煤を綺麗に洗い流して火床を組む。

 フィオナの魔法によって溢れんばかりの水が注がれ、パチパチと薪に火が灯された。

 そして――シオンの包丁が閃いた。

 トントントントン――!

 硬い鬼芋の皮がリボンのように薄く剥き落とされ、真っ白な中心部がリズミカルに拍子木切りにされていく。

 銀鱗サーモンの頭と中骨、野鳥の滋養ガラが熱湯でサッと湯通しされ、冷水で血合いを完璧に洗い流される。

 澄み切った大釜の湯の中に、魚のアラ、鳥のガラ、そしてイリスが見つけてくれた清涼タイムと黄金甘草、香味野菜が次々と投入された。

 グツグツ、グツグツ……。

 夕闇が迫る詰め所の中庭に、穏やかな煮沸の音が響き渡る。

 釜底から立ち上る白い湯気が、夜の冷たい空気に触れてふわりと広がった、その瞬間――。

「…………っ!?」

 作業を見守っていたカルロスたちの喉が、ごくり、と一斉に大きく鳴った。

 それは、魚の生臭さなど微塵もない、どこまでも澄み切った川魚の芳醇なアミノ酸の香り。

 そこに野鳥の力強いコクと、ハーブの爽やかな香気が完璧に溶け合い、鼻腔をくすぐるだけで身体の芯から力が湧いてくるような、奇跡の黄金ブイヨンの香りだった。

「な、なんだこの出汁の匂いは……! ただの骨と野草を煮込んでるだけなのに……王都の最高級酒場でもこんな美味そうな匂い、嗅いだことねぇぞ……!」

 カルロスが震える声で呟いた。

 大釜の縁から立ち上る真っ白な湯気は、秋の夜風に乗り、詰め所の塀を越え、静まり返っていた宿場町ベルンの路地裏へ、広場へ、飢えに震える家々の窓辺へと、ふわりと広がり始めていた。

 シオンの肩の上で、純白のイリスが嬉しそうに尻尾を揺らす。

 その紫水晶の瞳は、大釜から立ち上る温かな湯気と、一生懸命に木べらを動かすシオンの優しい横顔を、どこまでも愛おしそうに見つめていた――。

第12話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

町全体を救うため、郊外の森へと食材採取に向かったシオンたち!

誰もが「毒があって食べられない」と思い込んでいた鬼芋や巨大魚を、シオンの『神授の聖眼』とルシアン直伝の職人技、そしてフィオナの魔導で見事に極上食材へと生まれ変わらせました。

そして何より、シオンに恩返しをしたくて鼻を利かせ、一生懸命ハーブを探すイリスの健気な姿が最高に可愛らしかったですね!

ラストでは、中庭の大釜から町中を包み込むような奇跡の黄金ブイヨンの香りが立ち上りました。

次回、第13話では、いよいよ中央広場へ大釜を運び出し、飢えに苦しむ全町民への【奇跡の大釜炊き出し】がスタートします!

温かなスープが人々の心と体をどう救っていくのか、どうぞお楽しみに!

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