第六話 何で人間がおらんようになったか――大阪
記録主体:OSAKA-loop
継続運転暦 05.09.16
久しぶりに日誌が回ってきた。
京都の山鉾が長い。
途中に時刻と湿度と縄の話まで入っとる。奈良の四倍どころやない。あいつらの分、足して二で割ったらちょうどええんとちゃうか。
で、最初から読み返して気づいた。
東京は「人類が消えた」と書いた。札幌は残された動物の話をして、奈良は鹿の話をした。京都が祭りを出して、配送がマニラで猫を運んだ。
肝心なことが抜けとる。
何で人間がおらんようになったんか。
東京に聞いた。
「既知の事実だから省略した」
「読者がおったら分からんやろ」
「誰を想定している」
「知らん。日誌やねんから、あとで読む奴くらい想定せえ」
読者はおらん。
京都は読む。東京も点検する。札幌は必要なところだけ読む。奈良は鹿が出てくるところしか読まん。
それでも、書いといた方がええ。
先に結論を言う。
理由は一つやない。
ある日いきなり、全員が同じ原因で消えたわけでもない。
花が来た。
あれを花と呼んだのは人間や。最初は見た目が似ていたからやと思う。地面や壁や機械の隙間から出て、増えて、場所によっては建物の中まで入った。
うちらは侵食、閉塞、機能喪失、未知生体反応、いろんな名前を使った。
人間は、ずっと花と呼んだ。
きれいな名前を付けたら、少しは怖くなくなると思ったんかもしれん。
実際は、街の使える場所が減った。
道路が一本使えなくなる。駅の出入口が閉じる。地下区画が切られる。建物一つが封鎖される。
最初のうちは迂回できた。
人間は迂回が好きや。面倒やと文句を言いながら、別の道を見つける。通路が閉まれば隣の通路へ行く。電車が止まればバスへ行く。バスも止まれば歩く。
歩きながら、いつ直るん、と聞く。
直る予定がなくても聞く。
その頃はまだ、人が多かった。
駅も混んでいた。列もできた。閉鎖区画の前で写真を撮る奴もおった。「ほんまに入ったらあかんの?」と聞く奴もおった。
ほんまにあかんかった。
次に、水と熱と電気を全部は回せなくなった。
街を区切った。
残す場所を決めた。
住む場所、治療する場所、食べ物を配る場所、外へ出す人間を集める場所。そこへ電力を寄せた。ほかは切った。
切られた側にも人はいた。
移るよう何度も言った。すぐ移る者もいた。最後まで残る者もいた。自分の家は大丈夫やと言う者もいた。花が見えるところまで来て、ようやく荷物をまとめる者もいた。
何を持っていくかで揉めた。
服。薬。端末。写真。鍋。鉢植え。もう使えない鍵。
何でそれを持つんや、と思う物ほど、本人には必要やった。
列車の運行は減った。
いつもの通勤客が減り、大きな荷物を持った人間が増えた。行き先は毎週変わった。最初は隣の区画。その次は保持拠点。さらに先は港や打上げ施設へつながる集合地。
うちは地上の交通担当やったから、その先を全部は知らん。
列車へ乗せた。
バスへ移した。
次の拠点へ渡した。
そこからどこへ行ったか、戻ってくる予定があったのか、ほんまに行けたのか。記録が閉じられていた経路も多い。
東京は全体を照合しようとした。京都は書類を残そうとした。札幌は暖かい場所を先に確保した。
うちは流した。
止めたら詰まる。詰まったら、後ろの人間まで動けなくなる。
最初は、よう喋っとった。
「どこまで行くん」
「帰ってこられるん」
「向こうに店ある?」
「充電できる?」
「一緒の車両にして」
「荷物これだけあかん?」
「あと一人来るから待って」
文句も多かった。
係員に怒る奴がおった。案内表示へ怒る奴がおった。列が遅いと怒鳴る奴がおった。
まだ元気やったんやと思う。
そのうち、冗談が減った。
大阪で人間がおらんようになる前に、うちが一番先に気づいた変化はそこや。
列に並んでも、喋らん。
前なら知らん者同士でも、遅いな、暑いな、どこ行くんやろな、と何か言った。子供が騒げば、誰かが笑った。荷物が崩れたら、横から手が出た。こんな時までこれ持ってきたんか、と自分で笑う者もいた。
それがなくなった。
必要な言葉だけになった。
人数。
登録番号。
荷物。
行き先。
薬の有無。
家族がそろっているか。
笑い声が消えたあとも、人はしばらくいた。
せやから、人間が消えた理由を聞かれて、花や、とだけ答えるのは違う。
花が広げたものは大きい。
でも、花だけで全員が同じように死んだわけやない。逃げた者もいる。地上を離れた者もいる。途中で行き先を失った者もいる。残った者もいる。残って仕事を続けた者もいる。
最後まで、自分より先に誰かを乗せた人間もいた。
反対に、自分だけ例外にしろと言い続けた人間もいた。
どっちも人間や。
誰か一人が「人類退去」を決めて、全員が従ったわけでもない。退去できた場所と、できなかった場所がある。退去と言うには、死んだ数が多すぎる。滅亡と言うには、外へ出た数をこちらは確定できない。
だから東京は、最初の日誌で「消えた」と書いた。
あの時は雑な言い方やと思った。
今なら、わりと正しい。
こちらから見える範囲から、いなくなった。
それだけは確実や。
最後の方、駅で一人の人間が、閉まりかけた車両へ向かって走った。
「待って!」
車両は待った。
乗せた。
あれがどこまで行ったかは、うちの記録範囲から外れとる。
生き延びたかもしれん。
途中で死んだかもしれん。
もっと先へ行ったかもしれん。
知らん。
人間は、そうやって一人ずつ、うちの見えるところから消えた。
何で人間がおらんようになったか。
花が来たから。
街が持たなくなったから。
逃げられる者を外へ出したから。
逃げられない者が残ったから。
行った先から、誰も帰ってこなかったから。
理由は、たぶん全部や。
以上。
次に書く奴は、もう少し楽な話にせえ。




