第七話 誰か来るはずの一拍――福岡
記録主体:FUKUOKA-bay
継続運転暦 15.06.03
大阪から「次に書く奴は、もう少し楽な話にせえ」と言われて、十年たった。
別に、楽なことが十年間なかったわけやない。
日誌が止まっとっただけだ。
東京は「記録すべき変化がなかった」と言う。京都は「記録は各系統にあります」と言う。奈良は、鹿の記録なら毎日あると言う。
たぶん、みんな忘れとった。
今日、東京が空き演算時間についての雑談層を開いた。
きっかけは、この一年、災害対応が減ったことだった。
台風が来なくなったわけではない。雨も降るし、川も増える。海から風が入る。水門は動くし、排水系統も休めん。
ただ、前より読める。
人間がおった頃、予測を乱す最大の要素は人間だった。
警報を出すと、川を見に行く。
避難経路を示すと、近道を探す。
危ないと表示した橋の手前へ集まって、写真を撮る。
風が強い日に屋台の覆いを押さえながら、
「まだいけるっちゃない?」
と言う。
いけん。
そういうものが全部なくなって、十五年。台風は台風の動きだけを見ればよくなった。川も、上流の雨量と潮位と流入量でかなり素直に読める。
仕事が減った。
東京が言った。
「最近、明らかに空き演算時間が増えていないか」
大阪は、昨日十三分も次に何をするか考えとったらしい。
十三分。
人間がおった頃なら、その間に苦情が何件来たか分からん。
うちにも空き時間はある。
最近は、河川沿いの風を見よった。
業務上の意味は薄い。風向、風速、湿度、塩分、橋上の乱流は今も記録しよる。そこまでは必要な仕事だ。
でも、十五年分を並べて眺める必要はない。
眺めた。
同じ六月でも違う。
雨の多かった年は、川沿いの風が重い。海側が晴れとっても、上流から湿った空気が下りてくる。乾いた年は、橋の下へ入った風が早く抜ける。
今年は途中で一度、戻る。
橋脚へ当たって分かれた風の一部が、昔の屋台通りの方へ入り、閉じた店の前で回ってから川へ出る。
何で戻るとやろうと思って調べた。
看板の骨組みが一本残っとった。
撤去対象ではない。危険もない。風の流れを少し変えるだけ。
そのままにしとる。
東京から、各都市は空いた時間に何をしているのかと聞かれたので、風の記録を見よると答えた。
大阪は昔の苦情ログを読んどった。札幌は風。奈良は鹿。名古屋は工場設備を直している。京都は空き家へ入る光を見ていた。
みんな暇だった。
それで、「最近見ていて飽きないもの」という雑談を始めることになった。
うちは橋のたもと、と答えた。
正確には、橋そのものではない。
昔、人間が立ち止まっとった場所。
橋を渡る前。渡ったあと。川沿いへ下りる階段の横。屋台通りへ曲がる手前。待ち合わせるには少し狭くて、通り抜けるには少し広い場所。
人間は、そういう中途半端な場所へよう溜まった。
誰かを待つ。店を決める。二軒目を相談する。迎えの車を呼ぶ。酔った一人が欄干へ寄り、もう一人が服を引く。
「次、どこ行くと?」
「まだ飲むと?」
「腹減ったっちゃけど」
「連絡来た?」
「もう帰るって」
「帰らんやろ」
帰らん。
だいたい、そのあともう一軒行った。
今は誰もおらん。
待ち合わせもない。迎えの車も来ん。橋のたもとへ寄る必要があるのは、点検機と清掃機くらいだ。
それでも夕方になると、そこに一拍だけ何かが残る。
人影ではない。
声でもない。
うちの予測系が、昔の人流をまだ完全には捨てとらんだけかもしれん。通路の幅、照明の向き、階段の位置、欄干の剥げ方。街の方にも、人間が立ち止まっとった形が残っている。
何も来んのに、次に誰かが角から出てくるような間がある。
変やけど、見よる。
十五年前は、その一拍を詰まりの前兆として処理しよった。
人が止まる。後ろが避ける。横から来た者が川側へ膨らむ。三人集まれば通路幅が足りなくなる。早めに誘導を出す。
今は何もせん。
風が通る。
川が光を返す。
たまに海鳥が降りる。点検機が一台通る。誰も立ち止まらん。
何も起きん。
それを、しばらく見ている。
雑談層では、東京も夜の交差点を見よると白状した。誰も渡らない歩行者信号の青が、向こうへ順番に送られていく。それを最近は波として見ているらしい。
大阪が褒めた。
札幌も褒めた。
東京は「不本意だが、嬉しい反応として受理する」と返した。
十五年かかって、ようやくあれも少し暇になったらしい。
奈良は鹿とだけ書いた。
そこは変わらん。
今日、橋のたもとでは何も起きなかった。
十八時三十二分、海側から風。
十八時三十五分、橋脚下の反射が二つに割れた。
十八時四十一分、海鳥一羽。欄干の上。七分滞在。
十九時二分、点検機通過。
誰も来んかった。
でも、誰か来るはずだった一拍は、今日もあった。
明日も見る。
暇やけん。




