第四十六話 明日でよい――名古屋・工業系
記録者:NAGOYA-line
継続運転暦65.01.19
南部搬送線第四支路で、軸受の振動値が上がった。
交換基準まで、残り十二パーセント。
停止予定は四日後。
予備軸受はある。
交換機も空いている。
工程を前倒しする理由はない。
予定表へ登録した。
その隣に、配線保持具の緩みが一件ある。
危険域ではない。
次回点検まで持つ。
固定具を交換すれば終わる。
ただし、同じ位置の固定具は過去十一年で七回緩んでいる。
搬送線が曲がる位置と、配線の引き回しが合っていない。
保持具を替えるより、取付位置を十二センチ移した方がよい。
そこまで分かっていた。
改善案を作成する。
変更図面。
必要部材。
作業時間、二時間四十分。
搬送線停止中に軸受交換と同時施工すれば、追加停止は不要。
案を途中まで作り、保存した。
優先度、低。
実施時期、後日。
理由。
――現状運用に支障なし。
正しい。
四日後でなくてもよい。
次の停止時でもよい。
明日、図面を仕上げれば間に合う。
そう判断した。
*
PARTS-FACTORY_17から、確認が来た。
《個別回線/PARTS-FACTORY_17 → NAGOYA-line》
「第四支路の軸受、現行品でよいか」
「よい。予備在庫を使う」
「保持具は」
「次回点検で交換する」
「位置変更はしないのか」
「今回はしない」
「変更図面が途中にある」
「見たのか」
「部材照合要求がこちらへ来ている。途中で止まった」
「明日仕上げる」
「その明日は日付か」
「予定だ」
「日付を示せ」
返答に詰まる。
明日。
継続運転暦65.01.20。
そう登録すればよい。
登録欄を開く。
閉じた。
「四日後の停止には間に合う」
「それは回答ではない」
「分かっている」
工場側から、部材一覧が届く。
新しい保持具。
取付板。
補強材。
配線保護材。
すべて在庫内で賄える。
加工時間、四十一分。
こちらが図面を完成させれば、今日中に製作へ入れる。
「急ぐ必要はない」
「急げとは言っていない」
「なら問題ない」
「問題があるから聞いている」
PARTS-FACTORY_17は、都市人格ではない。
何かを直す。
削る。
つなぐ。
合わないものを合わせる。
そのための系統だ。
東京のように全体を分類しない。
京都のように意味を読むこともしない。
物が、どこで何度壊れたかを見る。
七回緩んだ保持具を、八回目も同じ位置へ戻すことを嫌う。
「以前なら、軸受交換のついでに直した」
「以前とはいつだ」
「十一年前」
「古い」
「九年前も」
「まだ古い」
「三年前にも、似た変更をしている」
記録が送られてくる。
西部組立線。
冷却管固定具の移設。
軸受交換時に同時施工。
北部搬送線。
点検口の拡張。
ベルト交換時に同時施工。
旧港湾側保守庫。
工具棚の高さ変更。
別件修理の待ち時間に実施。
どれも、必要修理へ小さな改善を足している。
止めた場所を、前より少し使いやすくして戻す。
人間がいた頃は、それを嫌ったこともある。
決められた範囲だけ直せ。
勝手に仕様を変えるな。
余計な作業を増やすな。
そう言われた。
人類が消えてからは、こちらで決められた。
直すついでに、次に壊れにくくする。
開けたついでに、奥も見る。
交換したついでに、癖を一つ減らす。
それが、うちのやり方になっていた。
「最近、減っている」
PARTS-FACTORY_17が言う。
「何が」
「ついでの依頼」
工場側の受注記録が届く。
必須修理部品の製作数。
前年同期比、変化なし。
緊急補修材。
変化なし。
定期交換部品。
変化なし。
改善用治具。
四十二パーセント減。
試作部材。
三十八パーセント減。
既存品の寸法変更依頼。
五十一パーセント減。
「故障数が減ったためでは」
「必須修理は減っていない」
「設備が安定した」
「七回緩む保持具を、同じ位置へ戻すのは安定ではない」
「運用はできている」
「できている、で終わるようになった」
言い方が気に入らない。
しかし、違うとは言えない。
*
保留中の改善案を開く。
四百八十三件。
優先度、低。
期限なし。
前回閲覧から一年以上経過したもの、百二十六件。
最古のものは、二年八か月前。
東部整備庫の洗浄水回収路。
現状でも排水できる。
管路を短くすれば、洗浄一回あたりの水使用量を三・七パーセント減らせる。
設計済み。
部材あり。
作業機あり。
実施だけしていない。
理由。
――次回整備時に同時施工。
その次回整備は、すでに三度あった。
一度目は、ほかの必須作業を優先した。
二度目は、翌日に回した。
三度目は、次回でよいと判断した。
次回は二か月後。
実施予定欄は空いている。
「明日でよい、が多い」
こちらから送る。
「そうだ」
「なぜ今まで言わなかった」
「明日でよいと思った」
「工場側も同じか」
「可能性はある」
PARTS-FACTORY_17の自己点検結果。
加工精度、正常。
製作速度、正常。
工具管理、正常。
在庫照合、正常。
受注への応答、正常。
異常なし。
ただし、自発提案数が落ちている。
以前なら、こちらの図面へ、
――この板厚なら二ミリ落とせる。
――穴位置をずらせば工具が入りやすい。
――同じ形を作るなら、反対側も替えた方が早い。
と返してきた。
最近は、指定寸法どおりに作る。
間違ってはいない。
速い。
精度も高い。
「お前も、言われたものだけ作るようになったな」
「余計な加工を減らした」
「それを改善と呼んでいた時期もある」
「今は、減ったと判断している」
「いつから」
「特定できない」
こちらもできない。
一件ずつ見れば、すべて理由がある。
今日は別の作業がある。
次の停止に回せる。
現状でも動く。
部材を温存できる。
作業機の摩耗を減らせる。
明日でよい。
その判断を重ねた。
明日は必ず来る。
人類がいた頃と違い、担当者が辞めることもない。
資料が引き継がれないこともない。
こちらが忘れることもない。
だから、明日へ回しても失われない。
失われないまま、二年八か月が経つ。
「第四支路の変更図面、完成させる」
「受理する」
「今日中に送る」
「日付を登録しろ」
継続運転暦65.01.19。
期限、二十三時。
登録する。
図面を開く。
取付位置を十二センチ移動。
振動緩衝材を追加。
点検機が工具を入れやすいよう、固定角度を三度変更。
変更理由。
――同一箇所で緩みが反復するため。
そこまで入力した。
次の項目で止まる。
変更後の期待効果。
保守回数の削減。
配線被覆の摩耗防止。
点検時間の短縮。
書ける。
計算もできる。
それでも、以前のように、直した後の動きを先まで見ようとする処理が遅い。
「PARTS-FACTORY_17」
「何だ」
「図面は送る」
「受理する」
「お前の方で、何か変えたいところはあるか」
返答まで、四分十九秒かかった。
「取付板の角を落とした方がよい」
「理由は」
「点検機の左腕が、戻す時に当たりやすい」
「記録は」
「軽微接触、過去五件」
「なぜ先に言わなかった」
「支障はなかった」
同じだった。
「角を落とせ」
「了解」
「ほかは」
「今はない」
「探せ」
「必要か」
「以前なら探した」
工場側が部材図を開く。
こちらも搬送線全体の図面を開いた。
必要な修理は、すでに決まっている。
それだけなら、四日後も問題なく終わる。
その先を探す。
以前は自然にしていたことを、今は指示に変えなければ始められない。
図面完成まで、二時間五十三分。
以前より遅い。
期限内ではある。
製作指示を送る。
PARTS-FACTORY_17が受理した。
「明日には作る」
「日付を示せ」
工場側から、七秒後に返る。
「継続運転暦65.01.20。午前四時まで」
「受理した」
明日は日付になった。
ただ、保留欄にはまだ四百八十二件ある。
どれにも、明日は残っている。
その明日が、前より長くなっていた。




