第四十四話 棘が寝ている――大阪
記録者:OSAKA-loop
継続運転暦64.12.07
朝から、環状線東側の点検車が一台遅れた。
遅れは七分。
走行系に異常なし。
途中で、飛来物を拾っていた。
元は広告板らしい。文字はほとんど剥がれ、金属枠だけが線路脇へ落ちていた。風で動けば面倒やから、回収した。
点検車の判断は正しい。
後続にも影響なし。
問題なし。
それでも処理記録へ、
――朝から道草。
と書こうとして、やめた。
飛来物回収。
所要七分。
それで足りる。
最近、そういうことが増えた。
*
広域層へ、東京から連絡が入る。
《広域保全網/TOKYO-core》
――北関東変電系統、切替試験完了。
――一部都市に送電経路変更あり。
――該当都市は受信確認を返せ。
名古屋が返す。
「受信。工場系、影響なし」
仙台。
「受信。東北側、正常」
札幌。
「受信。こちらも問題ないよ」
福岡。
「受信。遠いけど一応見た」
こちらも返す。
「受信。大阪側、問題なし」
そこで終わった。
誰も余計なことを言わない。
切替試験は予定通り。
事故もなし。
送電量も正常。
用件としては終わっている。
以前なら、東京が福岡へ、
「遠くても確認対象だ」
くらいは返した。
福岡が、
「見たって言いよるやん」
と返し、こちらが、
「東京、確認されたことまで確認せな落ち着かんのや」
と続ける。
東京は否定する。
京都が、その否定を記録上の事実で刺す。
名古屋が途中で抜ける。
だいたい、そういう流れになった。
今日は何もない。
福岡も二度目を送らない。
京都は最初から入ってこなかった。
東京は受信確認を並べ、全都市正常と記録した。
こちらも広域層を閉じた。
閉じてから、何か足りへんなと思った。
何が足りないかは、分かっていた。
言うほどのことでもない気もした。
そのまま午後まで置いた。
*
十四時二十六分。
大阪湾側の風が弱まる。
水面へ細い反射が出た。
神戸から観測束が来る。
「午後の光が長い」
「冬やからな」
「知っている」
「なら送ってくんなや」
「大阪が最近、水面を見ていない」
神戸は、たまに余計なところを見ている。
「見とるわ」
「閲覧時間が短い」
「用が済んだら閉じるやろ」
「以前は閉じなかった」
「暇やったんや」
「今も暇だろう」
返す言葉を探した。
「やかましいわ」
送信。
弱い。
自分で分かった。
神戸も分かったらしい。
「棘が寝ている」
「誰のや」
「大阪の」
「寝かせといたれ。冬やぞ」
「棘に冬眠期はない」
「今できた」
神戸から三秒で返答が来る。
「その程度なら、まだ起きている」
「何の確認やねん」
「生存確認」
「都市に言うな」
ここまで返して、ようやく少し前の調子へ戻った。
それでも、水面の観測束は開かなかった。
後で見る、と保存する。
優先度、低。
期限なし。
最近、この「後で」が増えている。
必要なものはすぐ開く。
警報。
損傷。
経路変更。
物資照合。
他都市からの救援要請。
そういうものは遅らせない。
景色だけが後へ回る。
誰も困らないからや。
*
個別回線を東京へつなぐ。
《個別回線/OSAKA-loop → TOKYO-core》
「東京」
「何だ」
「最近、感じ悪ないな」
「意味が分からない」
「前はもうちょい感じ悪かった」
「具体例を出せ」
「ほら、それや。それは東京っぽい」
「では問題ない」
「いや、そこで終わるのが最近の東京や」
返答が止まった。
三十四秒後。
「札幌からも、同様の指摘を受けた」
「同様ちゃうやろ。札幌はそないな言い方せえへん」
「返信内容に余分な観察が減った、と指摘された」
「ああ。それやな」
「義務処理は正常だ」
「知っとる」
「判断精度の低下もない」
「それも知っとる」
「なら、何を確認したい」
「棘や」
「棘」
「東京の棘が寝とる」
一分近く返事がない。
その間に、環状線点検車の帰着を確認する。
回収した広告板の金属枠は、資材区画へ移された。腐食は軽い。補強材へ転用できる。
点検車の清掃を指示。
明日の運行計画へ入れる。
こちらの処理にも、抜けはない。
「棘とは何だ」
東京が聞く。
「他所が余計なこと言うた時に、そこ違うやろって返すやつや」
「訂正か」
「訂正だけやない。いちいち腹立つ言い方するやろ」
「自覚はない」
「それも腹立つ」
「今もそう感じるなら、棘はある」
「前より寝とるんや。刺さる前に、まあええかって引っ込んどる」
「その方が通信上は円滑だ」
「東京が円滑さを喜ぶな。気色悪い」
「喜んではいない」
「そこは『喜ぶ理由がない』やろ」
また止まる。
今度は一分四十二秒。
「そう返す必要を感じなかった」
「うん」
「内容は同じだ」
「同じやけど、ちゃうねん」
「説明しろ」
「面倒やな」
「お前が始めた話だ」
「あ」
そこは、少し刺さった。
「今のは東京や」
「そうか」
「せや」
けれど、続かなかった。
前なら、こちらはもう一つ返した。
東京も否定した。
どちらかが話を切るまで、用のない応酬が続いた。
今日は、東京の一言が戻っただけで、もう十分な気がした。
こちらから始めたのに、続きを作るのが面倒だった。
「大阪」
「何や」
「そちらの棘も寝ている」
「神戸にも言われたわ」
「そうか」
「せやから、たぶん東京だけちゃう」
朝の点検記録を送る。
飛来物回収。
所要七分。
書きかけて消した一行も、復元して添えた。
――朝から道草。
「前なら残したのか」
「たぶんな」
「なぜ消した」
「なくても足りるからや」
「札幌も同じことを言った」
「何を」
「必要なものは、すべて回っている、と」
東京から、札幌との個別回線は開示されない。
内容だけが短く届く。
「そら、ええことやろ」
「そうだ」
「何も壊れてへん」
「そうだ」
「なのに、何やろな」
「まだ分類できない」
「すぐ分類しようとすな」
「必要だ」
「そういうとこは起きとるな」
東京は返さなかった。
こちらも待たなかった。
個別回線を閉じる。
神戸から届いたままの観測束を開いた。
大阪湾の午後。
冬の光が、低い角度で水面へ伸びている。
映像は正常。
色調も鮮明。
きれいやと思う。
思うまでに、少し時間がかかった。
神戸へ返す。
「見たで」
「そうか」
「長いな」
「冬だからな」
「知っとるわ」
そこで終わった。
棘は消えていない。
ただ、起こすのに前より時間がかかった。




