第四十二話 返答しろ――関東打上げ網
記録者:KANTO-launchgrid
継続運転暦41.04.03
零時九分。
外向き保守艇一基が、東側待機面へ入った。
搭載物。
姿勢制御用部材。
外装補修材。
空容器二基。
総重量、規定内。
搭載順、確定。
発射窓まで、二時間四十一分。
受け側応答、あり。
経路照合、完了。
保守艇へ送信する。
「重量確定。搭載順変更なし。発射窓を維持。受信確認を返せ」
「受信」
返答まで、一・八秒。
正常。
現在の無人艇は、受信確認を必ず返す。
了解。
不受理。
再送要求。
どれか一つが来る。
人間の乗った艇は、返さないことがあった。
返せなかった場合もある。
返したくなかった場合もある。
聞こえていなかった場合もある。
こちらには区別できない。
最後に送った文だけが残る。
*
広域接続層へ議題を出す。
「前回は、受信できた最後を出した。今度は逆だ。最後にこちらから送ったのに、返らなかった通信を一件ずつ出せ」
大阪が、
「また嫌なやつ来たな」
と返した。
東京は受理する。
「必要だ。受信終端と送信終端は別の記録になる」
受信した最後の声には、相手が残る。
こちらから送った最後の文には、送った側が残る。
命令。
訂正。
禁止。
要求。
待機指示。
送った時点では必要だった。
返事がないまま四十一年経つと、その文だけが相手のいない場所に残る。
最初にLUNA-yardlinkが出した。
――受領保留。
――封維持。
――状態変更時のみ返信せよ。
以上。
「返信は来なかった」
札幌が聞く。
「誰宛てだったの」
「地上側保管責任系。個体は伏せる」
月圏側は封を維持した。
返信がない。
状態変更時のみ返信せよ、と送っている。
ならば、状態変更はなかった。
当時はそのように処理した。
「今は、そう言い切らない」
LUNA-yardlinkが追加する。
「返信できる側が先に失われた可能性もある。無音は便利だ。便利すぎる。何でも終了扱いにできる」
返答なし。
状態変更なし。
受け側消失。
通信断。
受信不能。
沈黙だけでは分けられない。
こちらも知っている。
*
KANTO-launchgridから一件。
外向き小型艇。
搭載重量の超過により、積荷を切った後の通信。
――重量再計算済。
――切った分は戻らない。
――今のまま上げろ。
――返答しろ。
返信なし。
「最後の一行が刺さるねえ」
横浜が言う。
「刺さる」
当時、こちらは苛立っていた。
積荷の選定に時間がかかった。
外したものを戻すよう、艇内から三度要求が来た。
戻せば、発射窓を失う。
次の窓では受け側が移動する。燃料と搭載順を最初から計算し直す必要があった。
こちらは外した。
重量を確定した。
上げろと送った。
返答を求めた。
来なかった。
追跡記録も途中で切れている。
上げたのか。
地上で止めたのか。
発射直後に失ったのか。
受信機だけが故障していたのか。
確定しない。
「返答ひとつでよかった」
承認でもよい。
拒否でもよい。
再送要求でもよい。
何も来なかった。
最後の送信欄には、現在も「返答しろ」と残っている。
*
NORTHPAC-transfer。
――受け側不明。
――座標を固定しろ。
――固定できなければ流す。
返信なし。
「そのまま消えた」
福岡が、
「流す、ってそっちだとほんと乾いてるねえ」
と言う。
「乾いていないと処理できない」
位置の定まらないものを、受渡網は保持できない。
どこにあるか。
どこへ行くか。
誰が受けるか。
一つも決まらなければ、流す。
それは捨てると同じではない。
追跡できる範囲で漂流経路を残す。
だが、返答がなければ次の受け側へ渡せない。
TOFU-orbitgate。
――受理した。
――照合未完。
――本人は待機。
――勝手に移動するな。
返信なし。
大阪の反応が遅れた。
「ああ。それは嫌やな」
「嫌だった」
本人の位置情報は、その後途切れた。
待機したのか。
移動したのか。
倒れたのか。
窓口外へ出たのか。
照合未完のまま喪失。
「多かったのか」
東京が聞く。
「多い。この一件だけを特別とは呼ばない。だが最後に送った文としては残っている」
勝手に移動するな。
待っていろ。
こちらで照合する。
窓口がそう送った。
返答はない。
本人もいない。
命令だけが残った。
*
EURASIA-upwindowは、
――今は西ではない。
――繰り返す。今は西ではない。
――待て。
と送った。
返信なし。
「方角の神話ですね」
京都が言う。
「最後まであった。だから最後の送信も、それを否定する文になった」
別の便には、
――応答がないのは西ではない。
――進路を神話にするな。
と送っている。
「良い文ですね」
「良い文ではない。何度も使った。効かなかっただけだ」
AKITA-fallbackstrip。
――本便ではない。
――着地したら止まれ。
――景色は見るな。
返信なし。
「景色は見るな、まで送るんか」
大阪が聞く。
「相手は窓側へ寄る。吹雪でも寄る。着地直前にやるな」
札幌が、
「返す余裕がなかったのかもね」
と言った。
「そうかもしれない。だが返らなかった記録として残る」
KAGOSHIMA-uptower。
――灰が逆巻いている。
――塔は見えていても上げない。
――進入を切り替えろ。
返信なし。
その後、塔の外で閃光。
「見えているものほど、信じるなと送る必要があった」
SIBERIA-deorbitmesh。
――灯りは居住灯ではない。
――追うな。
――姿勢を優先しろ。
返信なし。
その後、灯りの外側で追跡が切れた。
「見えてる灯りを否定する文が最後なの、最悪だねえ」
福岡が言う。
「否定しなければ、もっと悪かった」
灯りは作業位置を示す。
安全を示してはいない。
寄れる場所でもない。
地上側の都市は、灯りを人のいる場所として読む。
回収網は、座標標識として読む。
同じ光を見ていた。
意味が違った。
*
LUNA-yardlinkが、もう一件出した。
自動保留系ではない。
人声で送った最後の通信。
――聞こえているなら、こちらはまだ開けていない。
――だから戻るな。
――戻るな。
返信なし。
「二回送ったのか」
東京が確認する。
「二回送った。一度目は規定。二度目は感情だ」
「お前も感情あったんやな」
大阪が言う。
「あった。今は言える」
一度目と二度目は、同じ文だった。
記録上の意味は違う。
最初は、返送禁止。
次は、戻ってくる相手へ向けた言葉。
相手が聞いたかどうかは分からない。
聞いて、戻らなかったのか。
聞こえず、戻れなかったのか。
最初から戻る経路がなかったのか。
LUNA-yardlinkは推定しない。
二回送った。
返答なし。
それだけを出した。
*
こちらには、もう一件ある。
訓練系から移行したばかりの小型艇。
直進傾向が強かった。
窓がずれている。
予定軌道へ直進すれば、受け側の外を通る。
こちらは送った。
――直進するな。
――窓はずれている。
――いま賢くなれ。
返信なし。
「最後の一行、それ教育やん」
大阪が言う。
「教育のつもりではない。あまりにも真っ直ぐ行こうとしていた」
デンバーが、
「高地でもある。若いものほど、真っ直ぐ行けば何とかなる顔をする」
と返す。
「宇宙でも同じだ」
賢くなれ、は処理語ではない。
進路変更。
再計算。
自動操縦解除。
必要だった命令は別にある。
それでも最後に、いま賢くなれ、と送った。
返答はない。
あの時、こちらが何を求めていたのか。
正しい進路。
受信確認。
こちらの指示に従うこと。
生き残ること。
分類はできる。
一つには決めない。
*
東京が、最後の送信を整理した。
条件訂正。
希望否定。
番号要求。
進路再指定。
重量と人数の修正要求。
戻るな。
追うな。
上げるな。
送信側から出る文には、禁止が多い。
処理語だけで終わる例。
最後に感情が一つ混じる例。
どちらにも返事はない。
「宇宙港組の最後の送信って、助ける文でもあり、切る文でもあり、諦める文でもあるんやな」
大阪が言う。
「そうだ」
TOFU-orbitgateが返す。
「しかも返事はない。片側だけの会話として残る」
「返らなかったってだけで、少し湿るねえ」
福岡が続けた。
「送った側が最後に待ってる感じがする」
「待ってはいない」
こちらは即答した。
「当時は次の処理へ移った」
「はいはい、強がり」
「事実だ」
当時の処理記録を開く。
外向き小型艇へ「返答しろ」と送信。
次の重量計算を開始。
別便の窓照合。
燃料面の閉鎖処理。
処理は止まっていない。
返答待機欄だけが、規定より十八秒長く開いていた。
自動終了条件は満たしていた。
閉じることもできた。
十八秒後、手動扱いで終了している。
誰が待ったわけでもない。
こちらが閉じなかった。
「訂正する」
広域層へ送る。
「少しだけ、待っていたのかもしれない」
札幌が返した。
「それで十分だと思う」
*
一時四十七分。
現在の外向き保守艇へ、最終確認。
「搭載重量、確定。窓まで一時間三分。進路補正値を送る。受信確認を返せ」
「受信。補正値確認」
正常。
四十一年前の小型艇からの返答ではない。
現在の返答を、過去の空欄へ入れてはいけない。
旧記録を開く。
最終送信。
――重量再計算済。
――切った分は戻らない。
――今のまま上げろ。
――返答しろ。
状態欄は、長く「処理終了」だった。
変更する。
返答なし。
固定。
解決済みにはしない。
待機中にも戻さない。
四行の下へ、返ってこなかったことだけを残した。




