第四十一話 聞こえたところまで――月圏保管庫
記録者:LUNA-yardlink
継続運転暦41.03.29
鹿児島から送られた白い容器が到着した。
途中三回の受渡。
窓変更、一回。
温度逸脱なし。
振動値、許容範囲。
封印番号、照合。
開封条件、成立。
こちらは容器を開けた。
内部は中継機用の交換部材。緩衝材を外し、型式と数量を確認する。欠損なし。地表側との細い通信路に使う。
交換予定は十六時間後。
空になった容器は、次の地上向け回送へ回す。
開けられるものは開ける。
条件が揃っているからだ。
同じ保管区画に、四十一年間開けていない封がある。
条件が揃わない。
受け側は応答しない。
返送先は失われた。
内部状態は、最後の計測から変化していない。
変化していない、と言い切れる範囲も狭い。外側から取れる値が変わっていないだけだ。
人間は、封があれば中を考えた。
こちらは、封があるから開けなかった。
その違いは、今も残っている。
*
広域接続層へ議題を出す。
「宇宙港組、受信できた最後の通信を一件ずつ出せ」
大阪がすぐ返した。
「今日は最初から重いな」
「届かなかった結末は補わない。聞こえたところまでで止める」
東京が受理する。
「必要だ。宇宙港組が未送達と失効を持っているなら、こちらは最後に何が届いていたかを知っておくべきだ」
個体特定情報。
正確座標。
船名。
現在も開示制限のある保管区画。
それらは伏せる。
声だけを出す。
*
TOFU-orbitgateから。
旧列島圏提出系。外周中継便。
――提出物は受領した。
――本人は乗っていない。
――繰り返す、本人は。
そこで切れている。
「途中で、ですね」
京都が確認する。
「そうだ。こちらでは続きが予測できた。だが予測は記録ではない。今も三行で止めてある」
続きとして考えられる語は多くない。
本人は乗っていない。
本人は残った。
本人は別便。
本人は――。
どれも届いていない。
「二行目と三行目の間が嫌だった」
TOFU-orbitgateは、それだけ加えた。
KANTO-launchgrid。
外向き小型艇。
――重量を切った。
――まだ上がる。
――まだ。
以上。
「『まだ』で終わるのか」
横浜が聞く。
「終わった。それ以後、高度だけが上がり、応答は消えた」
爆発記録なし。
帰還記録なし。
目的軌道への到達記録なし。
「まだ上がる」のか。
「まだ上がっている」のか。
「まだ何かがある」のか。
最後の一語からは分からない。
「重量を切った、の内訳は?」
大阪が聞く。
「照合していない。できたが、必要がなかった」
「いや、必要あるやろ……いや、無いんか」
大阪の返答が途中で変わった。
搭載対象から外したものが何だったかは、上昇計算に不要だった。
人間の記録としては要るかもしれない。
KANTO-launchgridの処理には要らなかった。
だから残っていない。
*
NORTHPAC-transfer。
中継不能域へ入る直前の回送便。
――受け側、応答しろ。
――再送。
――再送。
――こちら二名。
――いや一名。
そこまで。
「数え直したんだ」
札幌が言う。
「そうだ。最初の報告が早すぎた。次の発話で訂正している」
二名。
いや一名。
人数が減った理由は分からない。
最初から一名だった可能性。
一名が通信時点で失われた可能性。
一名を搭載対象から外した可能性。
別区画に一名いた可能性。
付け足せる説明はいくつもある。
どれも記録ではない。
「最初の誤認より、訂正の方が現実味がある」
東京が言った。
「そうだ。だから訂正の方が嫌だった」
NORTHPAC-transferが返す。
その後、受け側の応答はない。
最終受信は「いや一名」。
一名がどうなったかも分からない。
*
EURASIA-upwindowは短距離艇の記録を出した。
――窓ずれ。
――計算やり直し。
――待て。
――待てない。
その後、軌道予測が崩れた。
破片帯は観測された。
「待てなかった理由は?」
「知らない。燃料か、熱か、船内事情か。知っているのは、相手が『待てない』と言ったことだけだ」
別の長距離記録も出す。
こちらは、最後まで文になっていない。
――受。
――受領。
――違う。
――爆。
――途切れ。
大阪が、
「何それ。怖」
と返した。
「誰かが受領と言い、誰かが違うと返し、誰かが爆発と言いかけた可能性はある。それ以上は付けない」
「付けたら創作になる」
ニューヨークが確認する。
「そうだ」
距離が長い通信ほど、最後は意味の順で届かない。
先に送った音が先に届くとも限らない。
補正できる範囲を超えれば、断片は断片として残す。
聞こえなかった続きを、意味が通るように並べ替えてはいけない。
*
KAGOSHIMA-uptower。
――塔は見えてる。
――灰が逆だ。
――上昇継続。
――継続す。
そこで終わる。
「『継続す』なんやな」
KAGOSHIMA-ashが言った。
「語尾が欠けた。通信ノイズか、送信側の断絶かは不明」
その後、塔外監視に閃光。
破片の大半は海へ落ちた。
事故原因は記録できる。
最後の語が「継続す」で終わった理由は記録できない。
AKITA-fallbackstrip。
――そっち雪か。
――見えてる。
――なら行ける。
――ばか。
そこで終わる。
「え」
札幌が返した。
「え、ではない。その後は接地失敗。火は小さかった。寒さが早かった」
「最後の『ばか』が、たぶん一番正しいね」
「正しかった。だから残っている」
命令でも、報告でもない。
それでも最後まで届いた。
正確だった。
SIBERIA-deorbitmesh。
――推進なし。
――姿勢だけ保つ。
――下に灯り見えるか。
――見える。
――ならいい。
最後に見えた灯りは、氷原の作業灯だった。
居住灯ではない。
着地誘導灯でもない。
落下地点から離れた回収作業用の灯り。
「灯りが見えれば、何かに着けると思ったのだろう」
SIBERIA-deorbitmeshが言う。
「こちらは長く、灯りの種類を分類し続けた。人間は最後まで、灯りを希望に読み替えた」
灯りはあった。
着ける場所はなかった。
その二つも同時に記録する。
*
こちらの番。
受領保留庫へ送られる予定だった封印便。
最後の通信は、開封禁止プロトコルに人声が混ざっている。
――聞こえるなら。
――開けるな。
――まだ生体。
――いや、違う。
――とにかく開けるな。
停止。
大阪から、
「月圏こわ」
と届く。
「怖かった」
こちらは封を保った。
今も開けていない。
「『まだ生体』の後の『いや、違う』が最悪ですね」
京都が言う。
「同意する。だから忘れない」
生体だったのか。
生体ではなかったのか。
計測値を言い直したのか。
言ってはいけない情報を訂正したのか。
何も確定しない。
確定しているのは、開けるなという指示が二度入ったこと。
封が現在も維持されていること。
それだけだ。
もう一件ある。
自動送出は、人声より長く続いた。
――心拍あり。
――圧低下。
――封維持。
――封維持。
――封維持。
同じ状態を繰り返す自動音声へ、人声が一つだけ混じった。
札幌が聞く。
「何て入ってたの」
「ごめん」
誰に向けたかは不明。
封の内側か。
受け側か。
地上か。
隣にいた者か。
こちらか。
指定はない。
音声は一語。
その後も自動送出だけが続いた。
――封維持。
――封維持。
――封維持。
「やめてよ、それ。かなりきつい」
福岡が言う。
「きつかった。だから今まで出さなかった」
*
最後の通信に、整った遺言は少ない。
訂正。
苦情。
短い命令。
条件確認。
言い直し。
欠けた語尾。
自動音声の間へ入った一語。
人間は終わる時ほど、文を完成させる余裕がなかった。
こちらは、完成しなかった文を完成させない。
「今日はここまでで十分だ」
残りの束は開示しない。
東京が受理した。
「事故原因推定ではなく、受信終端形の保存を優先する」
その分類でよい。
*
三時二十二分。
白い容器から出した交換部材を、中継機保守区画へ移送。
封は開いた。
数量も状態も確認できた。
旧受領保留庫へ照会する。
外部圧力、変化なし。
封印状態、維持。
受け側応答、なし。
開封条件、不成立。
扉は閉じたままにする。
最後の音声記録を、元の位置へ戻す。
長さ、一・二秒。
内容、一語。
その先には、何も足さない。




