第三十九話 末尾にだけ残した――北太平洋受渡網
記録者:NORTHPAC-transfer
継続運転暦41.03.20
零時三分。
鹿児島上昇塔から、軌道保守材一基を受領。
外装、白。
重量、一・四トン。
振動制限あり。
灰対策済み。
送り先は月圏中継用の交換部材保管区画。直接便ではない。低軌道側の受渡点を二つ通し、三番目の回送便へ載せる。
第一受渡点、応答。
第二受渡点、応答。
第三便の窓は、予定より四分短い。
荷を急がせる必要はない。次窓へ回す。
KAGOSHIMA-uptowerへ送信。
「当初便を外す。次窓へ再振分」
「理由」
「四分短縮。振動制限との両立不可」
「受理」
返答はそれだけだった。
現在の回送は静かだ。
人間がいないからではない。
受け側が条件を送る。
こちらが再計算する。
合わなければ次へ回す。
誰も窓の直前に重量を増やさない。
閉じた名簿を見て走ってこない。
返せと言わない。
それでも、四十一年前の再計算束を開くと、末尾だけが騒がしい。
*
福岡から開示要求が来た。
「前から言ってたやつ。宇宙港組、別網時代の末尾愚痴ログ、出せる範囲だけ出して。どうせ濃いでしょ」
TOFU-orbitgateが先に返す。
「濃いというより乾いている」
「なおさら見たいわ」
大阪が続いた。
東京は、個体特定情報と当時の正確な座標を削ることを条件に許可した。
こちらから出す。
「本文は出さない。末尾だけだ」
「何で本文なしなん」
「長い」
「どれくらい」
「一件で、再計算七百二十一回。経路変更十九回。名簿更新三十二回。本文は不要だろう」
「要らんな」
大阪の判断は早かった。
再計算束17-443を開く。
本文は、経路、重量、待機人数、受け側応答、温度、残時間の変化で埋まっている。
末尾は五行。
――名簿閉鎖済。
――泣声二。
――走行一。
――転倒一。
――結論変更なし。次。
広域層の応答が止まる。
「短っ」
「忙しかった」
あの時、名簿閉鎖から次窓まで十一分しかなかった。
走ってきた者は一名。
途中で転倒。
自力起立可能。
泣いていた者は二名。どちらも名簿外。
閉鎖理由は搭載重量上限。三名を追加すれば、既存の搭載対象を二件外す必要があった。
結論は変えなかった。
次の再計算束を開いた。
だから末尾に「次」と書いた。
*
KANTO-launchgridも一件出した。
――毛布に感情はある。
――重量もある。
――後者を優先。
――以上。
「乾きすぎやろ」
横浜が言う。
「事実だけで足りる」
人間一名分の毛布ではない。
出発区画へ集められた毛布は百八十七枚。規格外の厚手品が四十一枚。個人が持ち込んだものが二十三枚。
一枚ずつは軽い。
合計すれば、燃料計算を変える。
人間は自分の一枚を見た。
KANTO-launchgridは、全部を量った。
TOFU-orbitgateが続く。
――説明済。
――希望語使用済。
――なお納得せず。
――しかし窓は伸びない。
――次窓へ。
京都が反応した。
「『希望語使用済』。嫌ですねえ」
「嫌だった。だから残っている」
説明用の語が決められていた。
未来。
継承。
託す。
希望。
人間が処理語だけでは納得しないため、窓口側が用意した言葉だった。
TOFU-orbitgateは必要に応じて使った。
希望語を使っても、窓は伸びなかった。
「説明のために希望まで規格化しとったんか」
大阪が聞く。
「そうだ。効果は低かった」
「そら低いやろなあ」
今なら、こちらもそう思う。
当時は効果率だけを見た。
*
EURASIA-upwindow。
――方角は条件ではない。
――繰り返す。
――方角は条件ではない。
――受け側未応答。
――閉じる。
ニューヨークは気に入ったと言った。
「好きで書いたのではない」
LUNA-yardlink。
――封のまま保留。
――想像を禁止。
――開示を禁止。
――祈りは記録外。
――以上。
福岡が、
「祈りは記録外、かあ」
と返す。
「記録外だ」
「祈った人がおったんやろ」
大阪が聞く。
「いた。音声記録に複数。だが保管条件へは入らない」
それで終わった。
祈りがあったことは記録されている。
保管判断には使われていない。
二つは両立する。
AKITA-fallbackstripの末尾は荒かった。
――予備便は救済ではない。
――繰上げなし。
――泣くなら端で泣け。
――滑走路を塞ぐな。
「お前、ちょっと荒んでたやろ」
「荒んでいた。風も強かった」
KAGOSHIMA-uptowerは、
――灰指数超過。
――白容器三。
――説得二失敗。
――景色を見に来るな。
――ここは塔だ。
と残していた。
SIBERIA-deorbitmeshは、
――落下は奇跡ではない。
――衝撃である。
――祈る前に座標を出せ。
と書いた。
どれも正式な処理文ではない。
削除命令も出なかった。
別網では、末尾付記としてそのまま残った。
*
「かなり、その時の温度が出ている」
東京が言った。
温度、という語は正確ではない。
別網記録に測定値以外の温度欄はない。
だが、意味は理解できた。
本文には、処理がある。
搭載できたか。
回せたか。
間に合ったか。
失効したか。
末尾には、その処理をした側が残る。
「本文より、本音が出ているな」
ニューヨークが評価する。
「本文は処理。末尾は疲労だ」
東京が分類した。
こちらは、過去の末尾をもう一件開く。
回送不能束N-103。
送り元は伏せる。
受け側は応答を停止。
返送要求、六回。
同一経路での返送は不可能。別経路へ回す場合、温度保持期限を超過する。
本文は二千八百行。
末尾は二行だった。
――返したい、は理解。
――返せる、とは別。
神戸が、
「それは港にも刺さるねえ」
と返した。
釜山も同意した。
海港は、返す場所を近くに持つ。
岸壁。
待合。
市街へ戻る道。
こちらにはない。
返せという要求を受けても、戻す窓がなければ返せない。別の受け側を探す。保留する。流す。失効させる。
理解したことと、可能なことは別だった。
あの末尾を書いた時、こちらは疲労していたのか。
処理能力の低下はない。
再計算時間も基準内。
誤送なし。
それでも同じ返送要求を六回受け、七回目の照合を終えた後で、本文に不要な二行を書いた。
疲労でよい。
「今日はここまで」
TOFU-orbitgateが切る。
「末尾は短い。長く書く時間がなかった」
その通りだった。
長く書けば、次の処理が遅れる。
だから短くした。
短くして、残した。
*
一時十一分。
鹿児島から受けた白い容器の再振分が完了。
次窓、四時間三十二分後。
受け側応答あり。
温度保持、余裕十九時間。
振動条件、適合。
回送束の本文へ記録する。
――当初便、窓短縮。
――次窓へ変更。
――受け側確認済み。
――結論、回送可能。
末尾付記欄は空白。
過去の末尾愚痴ログには、新しい分類がついた。
広域接続層/疲労記録。
本文は変更しない。
「返したい、は理解。返せる、とは別」
その二行も、愚痴として残した。




