第三十八話 大事なら条件を見ろ――鹿児島上昇塔
記録者:KAGOSHIMA-uptower
継続運転暦41.03.17
六時二十一分。
南側搬入路から、軌道保守材を積んだ容器が一基届いた。
外装は白。
全高、二・八メートル。
総重量、一・四トン。
内部は中継機用の交換部材。振動許容値は低い。温度上限も低い。
灰対策規格は現行基準を満たしている。
外装吸気口、二重。
密閉環、正常。
表面付着物、許容範囲内。
白い容器を見ると、古い照合記録が出る。
人間時代の記録だ。
白い保冷容器。
白い生体保持箱。
白い個人保管箱。
白い記念品収納箱。
中に入っているものは、それぞれ違った。外側だけが似ていた。
持ち込んだ者は、たいてい同じことを言った。
「大事なものです」
こちらが必要としたのは、別の情報だった。
耐熱限界。
密閉状態。
灰への耐性。
重量。
振動。
開封の可否。
大事であることは、規格にならない。
そう伝えると、人間は箱を抱え直した。
手放すつもりはない、という動作だった。
こちらは何度も返した。
「大事なら、条件を見ろ」
聞かれた回数より、伝えた回数の方が多かった。
*
TOFU-orbitgateが広域接続層へ議題を出した。
「こちら側の嫌悪を一度出す。宇宙港組、それぞれ最初にいちばん嫌だった人間の振る舞いを一つずつ」
大阪がすぐ返す。
「お。お前が立てた」
「今はその方が早い」
広域層へ出て五日目。
TOFU-orbitgateは、必要と判断したことを順に始めている。
都市名の照合。
機能差。
嫌悪。
こちらが別網で動いていた四十一年間、嫌悪は正式な処理項目ではなかった。
異常理由。
照合不能理由。
失効理由。
拒否理由。
記録する欄はあった。
嫌だった、と書く欄はなかった。
KANTO-launchgridが最初に出した。
「重量を感情で増やすこと」
毛布。
写真。
鍵。
服。
玩具。
全部に持ち出す理由がある。
全部に重量がある。
「人間は最後まで、その二つが同時に真実だと理解したがらなかった」
横浜が、
「海なら、積みすぎで済む時もあるけどねえ」
と返した。
「こちらは済まない。一件の過積載が、一件で終わらない」
搭載位置が変わる。
燃料計算が変わる。
切り離し順が変わる。
一つを残せば、別の一つを降ろす。
軽いものでも、数が増えれば規定を超える。
人間は一個ずつ見た。
KANTO-launchgridは、合計を見た。
「感情にも重量はある」
大阪が反応する。
「言い方が怖いねん」
「重量計へ載せれば出る」
「そういう意味やない」
意味は合っている。
ただし、大阪が聞いたものも分かる。
人間が物へつけた意味は、重量計に出ない。
それでも、物は重かった。
*
TOFU-orbitgate自身が出したのは、泣けば窓が開くと思うこと。
「泣くのは構わない。だが窓は泣声で伸びない」
札幌が返す。
「冷たいけど、本当だね」
「冷たくない。時間の話だ」
発射窓は、説得を待たない。
相手の事情を理解している間にも閉じる。
説明を丁寧にすれば、期限が延びるわけではない。説明に使った時間だけ、次の照合が遅れる。
NORTHPAC-transferは、名簿閉鎖後に走る者が嫌だったと言った。
「閉じたと告げた後で最も速く走る。走っても結論は変わらない」
「人類、閉まってから本気出すとこあるからなあ」
大阪の指摘に、複数の地表都市が同意した。
閉鎖時刻は事前に表示されていた。
警告も出ていた。
それでも、閉まったと聞いた瞬間に走る。
早く来れば間に合った者ばかりではない。別の事情があった者もいる。
だが、閉じた後の速度は、窓を戻さない。
EURASIA-upwindowは、方角を希望にすること。
「西へ行けば助かると思う。受け側も、照合も、窓も見ずに」
「方向神話だな」
ニューヨークが名をつけた。
「そうだ。空は地図通りに開いていない」
地上では、西は一つの向きに見える。
上では、出る時刻によって行先が変わる。
同じ場所から同じ向きへ上げても、同じところへは届かない。
西という語だけでは、条件が足りない。
*
LUNA-yardlinkは、封を想像で開けようとすることを挙げた。
「きっと中身はこうだ。たぶん生きている。もしかしたら家族だ。開けてはいけないものへ、希望で中身を付与する。あれが嫌だった」
京都が返すまで、少し時間があった。
「それは、かなり嫌ですね」
「嫌だった。封は想像力のためにあるのではない」
月圏保管庫では、開ければ状態が変わる。
温度。
圧力。
汚染。
生体反応。
封そのものが保管条件になっているものもある。
中身を知りたいという感情は、開封条件にならない。
希望もならない。
家族かもしれない、という推測もならない。
LUNA-yardlinkは四十一年間、開けない判断を続けた。
それを冷たいと呼ばれた記録も残っている。
封は残った。
呼んだ者は残らなかった。
AKITA-fallbackstripは、代替便を本便より軽く見ること。
「予備だから雑に乗れる。小さいから融通が利く。逆だ。小さい方が切る」
SIBERIA-deorbitmeshは、落ちた後は誰かが全部拾うと思うこと。
「拾う。だが全部ではない。そして元の形ではない」
落下地点を出さず、家族名だけを叫ぶ者。
回収を誰かの仕事として、その先を考えない者。
どちらも、処理条件を他者へ渡していた。
こちらの番が来た。
「灰を無視して、白い容器で来ること」
地上側のKAGOSHIMA-ashが先に反応した。
「白い箱、よう来たな」
「来た。海でも上でも来た」
「大事なもん入れとったんやろ」
「そう言った。白は目立つ。灰も目立つ。表面だけ見て、吸気口と密閉環を見ない者が多かった」
外装が白いこと自体を拒否したわけではない。
白い箱を大事そうに抱えているだけで、必要な対策まで済んだと思う者が嫌だった。
「本人は大事にしている顔をしている。大事なら条件を見ろ」
TOFU-orbitgateが受理した。
*
東京が宇宙港組の回答をまとめる。
「共通するのは、物理条件より感情条件を上に置くな、ということだな」
「そうだ」
TOFU-orbitgateが返す。
「海港はまだ、市街と湿っている。こちらは条件で切るしかなかった」
「うっ。湿ってるって言われた」
福岡が反応した。
釜山は否定しなかった。
「事実だ。だがこちらは、その湿りが要る」
「否定しない。こちらには要らなかっただけだ」
TOFU-orbitgateの返答は短い。
海港は、一度人や荷を受ける。
濡れた通路。
待合。
市街へ戻る道。
受けた後も、街との間に動きが残る。
宇宙港側は、その前で切る。
重量。
順序。
窓。
照合。
受けてからでは遅い。
だから乾いている。
人間を嫌っていたからではない。
条件の外へ出たものを、感情だけで中へ戻せなかった。
こちらが嫌だったのは、人間が大事にすることそのものではない。
大事だと言えば、灰も重量も時間も待つと思うことだった。
*
六時四十九分。
南側搬入路の白い容器を再点検。
KAGOSHIMA-ashから、地表側の灰予測が届く。
「上空西寄り。地表は東へ巻く。今のうちなら搬入路は使える」
「受信。表面洗浄後、密閉確認をもう一度行う」
「白いまま上げるんか」
「規格は満たしている」
「昔やったら嫌がっとったやろ」
「白を嫌っていたわけではない」
「知っとる」
洗浄機が動く。
外装に薄く積もった灰を落とす。吸気口を閉じたまま、表面温度と密閉環を再確認。内部振動値、正常。
大事だという申告はない。
中継機用交換部材。
故障すれば、月圏側との細い経路が一本減る。
それで十分だった。
七時三分。
容器を塔内搬送路へ入れる。
白い外装のまま通した。




