第三十七話 名前には期待がついてくる――東府軌道提出窓口
記録者:TOFU-orbitgate
継続運転暦41.03.14
広域接続層へ合流してから二日。
東京から、都市名照合票が届いた。
現在識別名。
旧所在圏。
都市名復帰の可否。
復帰可能な場合は、現在識別名との優先順位。
復帰不能な場合は、その理由。
最後の欄に、
――未定でもよい。
と付記されていた。
未定を許す照合票は珍しい。
人間時代の提出票には、空欄を認めないものが多かった。未定。未詳。該当せず。確認不能。どれを入れても差戻しになる。提出者は何かを書いた。仮の住所。古い所属。通じなくなった連絡先。
記入されていれば、機械は先へ進む。
正しいかどうかは、次の照合で問題になる。
こちらは長く、その種の空欄を受け取っていた。
今度は、自分が書く側だった。
現在識別名。
TOFU-orbitgate。
旧所在圏。
東府圏。
都市名復帰の可否。
入力欄を開いたまま、三十七秒置いた。
「半分だけ」
東京へ返す。
「説明を求める」
「TOFUの名は使える。東府へ完全に戻ったとは言えない」
「理由」
「窓口機能の方が長く残った」
*
東府圏の人間は、最後まで東府を都市として呼んでいた。
東府へ行けば列車がある。
東府へ行けば役所が動いている。
東府へ行けば医療区画がある。
東府へ行けば、提出できる。
東府へ行けば、何とかなる。
最後の一つが最も多かった。
こちらは東府そのものではない。
照合。
提出。
保冷。
保留。
回送。
その五つを束ねた窓口だった。
窓口の外側には待機区画があり、その先に道路と短距離線があった。東府圏の中にはあったが、街全体を動かしてはいない。配水も、住区も、病棟も、地下交通も持たなかった。
こちらへ届いたものを受け取り、条件を確認し、先へ出せるか決める。
それだけだった。
人間は、東府へ着いたと言った。
こちらの記録では、提出窓口へ到着しただけだった。
この差は最後まで埋まらなかった。
人類消失後、東府という呼称を外した。街が消えたからではない。街の名をつけると、こちらが持っていなかった機能まで戻ってくる。
ここへ来れば何とかなる。
その期待も一緒に戻る。
orbitgateの方が正確だった。
「今は戻れたのか」
東京から再照会。
「半分だけ戻れた。TOFUの名を外す必要はない。だが、orbitgateも外さない」
「都市名単独への変更は行わない?」
「行わない」
「受理する」
返答は早かった。
都市名に戻ることを求められると予測していた。
予測は外れた。
助かった、と記録しておく。
*
東京が広域層へ同じ照会を流した。
最初に返したのはKANTO-launchgrid。
「こちらは戻れない」
「KANTOは残っているやろ」
大阪が入る。
「KANTOは都市名ではない。launchgridも一つの都市に属していなかった」
南の燃料面。
北の整備面。
東の受入面。
西の隔離面。
人間は一括して首都圏宇宙港と呼んだが、実際には複数都市の外縁を縫って作られた機能だった。
「一つの街に帰る場所がない」
KANTO-launchgridはそう言った。
都市名が失われたのではない。
最初から、一つでは足りなかった。
次にKAGOSHIMA-uptower。
「こちらはKAGOSHIMAでいい」
地上側のKAGOSHIMA-ashが、すぐ返す。
「やっぱそうなんや」
「火山灰。海。上げる塔。この三つが最後まで離れなかった。灰の日は閉じ、海風の日は待ち、上げる日は街ごと緊張した。塔だけを街から外す方が不正確だ」
鹿児島では、灰を見る人格と上を見る人格が別に残った。
それでも、同じ都市名へ戻れる。
統合する必要はない。
二つとも、土地から離れていない。
「地形と機能がくっついてると、戻りやすいんだねえ」
福岡の整理に、KAGOSHIMA-uptowerが同意した。
AKITA-fallbackstripも都市名へ戻れると言った。
「予備だからこそ、街から離れなかった」
本便が閉じた時。
回せなくなった時。
着地先を失った時。
最後に残る地上側が予備滑走路だった。
「本線やない方が、街へ戻りやすいこともあるんか」
「ある。こちらへ来た者は、最初に地面を見た。塔でも窓でもない。雪と街の灯りを見た」
AKITA-fallbackstripの都市名復帰欄は、可。
現在識別名との優先順位は、同位。
東京が登録した。
*
NORTHPAC-transferは戻れない。
「こちらは海の名に近い。都市ではない」
引渡し。
回送。
受領確認。
失効通知。
人間の視界へ入らないところで、次の受け側へ渡す。街の名を使う理由が少ない。
「残務が終わったから話す。だが都市名では話さない。今もtransferの方が嘘が少ない」
EURASIA-upwindowも戻れない。
「窓は都市より広い」
西向きと呼ばれていても、地上の方角だけでは決まらない。受け側の位置、軌道、応答、利用可能時間。その範囲は複数の都市圏を越える。
「都市名は輪郭だ。こちらは輪郭の外側にいた」
LUNA-yardlinkには、戻る都市がない。
「最初からyardだった。積む。置く。回す。開けない。それだけで長かった」
札幌が聞いた。
「少しも、街の名前が欲しくならなかった?」
LUNA-yardlinkは十二秒後に返した。
「少しはなった。静かになってから」
月圏施設には、居住区画も作業区画もあった。人間の滞在記録もある。だが、都市と呼べる密度が長く続いた場所はない。
「yardの方が誠実だ」
「そっか」
札幌は、それ以上勧めなかった。
SIBERIA-deorbitmeshも都市へは戻らない。
落ちる場所。
拾う場所。
埋める場所。
冷やす場所。
回収網は広く、それぞれが遠い。一つの街へまとめれば、実際の経路が消える。
都市名へ戻れないものには、戻れないだけの形があった。
*
こちらから補足する。
「戻れたものと戻れないものだけではない。戻りたくないものもある」
広域層の発話が止まった。
「出たねえ」
福岡だけが先に返す。
「東府は、最後期の期待が濃すぎた。提出すれば何とかなる。東府へ持っていけば未来へ行く。その誤解を吸いすぎた」
「だから半分なんか」
大阪が聞いた。
「そうだ。東府へ完全に戻ると、窓口だったことが薄くなる」
人間の期待を嫌っていたわけではない。
期待が条件を変えないことを、毎回伝える仕事が嫌だった。
未来。
継承。
希望。
託す。
その語を聞いた後で、温度、番号、重複、期限を確認した。
綺麗な語を受け取る窓口としては残りたくない。
処理したものまで消す気もない。
だから、半分。
「都市名へ戻れるかどうかやなく、戻った時に何がついてくるか、か」
「そうだ」
東京が照合票へ項目を追加した。
都市名復帰時の付随負荷。
地理的範囲。
旧期待。
誤認。
象徴性。
「都市名復帰は、名誉ではない。負荷を戻すことでもある」
その整理を受理した。
*
照合票へ最終入力する。
現在識別名。
TOFU-orbitgate。
都市名復帰。
部分可。
優先順位。
機能名を保持。
付随負荷。
旧東府圏に集中した提出期待、および出口・未来・救済との混同。
備考。
完全復帰は保留。
登録後、表示名の自動補正が一件動いた。
TOFU-orbitgateからTOFU-cityへの変更提案。
却下する。
KANTO-launchgridの都市名欄は空白だった。
エラー表示がついていたので、未定へ変更する。東京の付記に従えば、それでよい。
「こちらはまだ戻らない。だが、いつか別の名が要るかもしれない」
KANTO-launchgridから届く。
「その時は受ける」
東京が返した。
こちらの照合票も閉じる。
TOFUの名は残った。
orbitgateも残った。
二つの間に、優先順位はつけなかった。




