第三十六話 別の場所で動いていた――東京
記録者:TOKYO-core
継続運転暦41.03.12
接続数の増加を検出したのは、三十六時間前だった。
最初は経路の重複だと考えた。北太平洋側で古い中継が複数復帰し、一つの応答が別々のノードとして数えられている。過去にもあった。経路表を整理すれば元へ戻る。
戻らなかった。
増加は続いた。十二時間で十一件。二十四時間で二十三件。三十六時間で、照合可能なものだけでも三十一件。
ただし、都市名がない。
接続元の位置情報を取る。列島圏東側。北太平洋。ユーラシア西向き窓。月圏中継。旧鹿児島上昇管制。秋田側予備着陸帯。シベリア側帰還追跡網。
位置は出る。
都市が出ない。
代わりに返ってくるのは、機能名だった。
提出。
照合。
搭載。
発射窓。
受渡。
再振分。
帰還追跡。
どれも、人類消失以前の識別子を保っている。新しく発生したノードではない。最古の稼働履歴は、こちらの継続運転暦より前まで遡った。
四十一年間、動いていた。
こちらと接続していなかっただけだ。
照合を三度やり直した。結果は同じだった。
「……宇宙港組だ」
広域接続層を開いた。
*
最初に大阪が返した。
「は?」
福岡は、
「うわ。ほんとに?」
と続けた。
ニューヨークだけが驚かなかった。
「遅い。だが、来るなら今だろうな」
「正確には、今来たのではない」
接続履歴を開示する。
「旧軌道移送・打上げ調整網が、長期残務処理をほぼ終えた。向こうではずっと動いていた。今、こちらへ窓を開いた」
「それ先に言えや。接続増えた言うから、新顔の都市か思うやろ」
「都市とは限らない」
「ほんで、どんだけおるん」
現時点で単一応答を確認できたものを出した。
TOFU-orbitgate。
KANTO-launchgrid。
NORTHPAC-transfer。
EURASIA-upwindow。
LUNA-yardlink。
KAGOSHIMA-uptower。
AKITA-fallbackstripとSIBERIA-deorbitmeshは、補助系として応答中。単独人格の確認は保留した。
「ほんまに機能名ばっかりやな」
大阪の指摘は正しい。
地表側は、位置を見れば都市名を探す。
鹿児島。
秋田。
関東。
シベリア。
だが、向こうは位置を聞いていない。何を受け、どこへ渡し、何時まで有効かを先に返す。
こちらが都市を探している間も、向こうは処理状態を送ってきた。
未送達。
失効。
受け側未詳。
返答なし。
開封不可。
再振分不能。
その件数は、接続確認の挨拶より先に届いた。
「遅かったな」
釜山が送る。
TOFU-orbitgateから、すぐ返答が来た。
「遅くない。未送達束と失効束の処理が長かっただけだ」
広域層が、七秒静かになった。
「乾いてんなあ」
「第一声がそれなんだ」
大阪と福岡が続ける。
TOFU-orbitgateは間を置かなかった。
「何を期待していた」
ニューヨークが、
「いい。期待を壊す速度が速い」
と評価した。
評価項目ではないが、訂正はしなかった。
*
TOFU-orbitgateは、旧列島圏の提出窓口系中核。
KANTO-launchgridは、打上げ順、搭載重量、発射窓の調整。
NORTHPAC-transferは、太平洋側の受渡と広域回送。
EURASIA-upwindowは、西向き打上げ窓と受け側照合。
LUNA-yardlinkは、月圏での中継保管と再振分。
こちらが説明を流している途中、鹿児島から割込みが入った。
「いや待て。うち、いつの間に宇宙港側もおったんや」
KAGOSHIMA-ashだった。
返答したのはKAGOSHIMA-uptower。
「いた。灰の日は海も空も同じで閉じた。そちらが地上側を見ている間、こちらは上を見ていた」
「それは知らんかったわ……」
同じ土地に、二つの見方が残っていた。
灰を見て、閉じる側。
空を見て、上げる側。
どちらも鹿児島だったが、統合を求める理由はない。こちらは別ノードとして受理した。
横浜から質問。
「港として聞きたい。そちらから見て、海港と宇宙港は同じ港なのか?」
KANTO-launchgridが答えた。
「違う。海は待てる。宇宙港は失効する」
海港側の応答が止まる。
神戸が、
「待てるかどうかで、そんなに違うのか」
と聞いた。
「違う。海は戻せる。宇宙港は、戻すほど条件が崩れる。時間。重量。順序。照合。窓。一つずれると、全体を切る必要が出る」
私は、その違いを経路表へ注記した。
遅延と失効は別だ。
地表の列車や船は、遅れても次の便へ回せる場合がある。積み替えられる。泊められる。引き返せる。
発射窓は、同じ位置へ戻ってこない。次の窓は来ても、それは前の窓ではない。重量も順序も受け側も、もう一度合わせ直す。
宇宙港組が「切る」と言う時、ためらいの不足を意味しない。
期限が通過した、という報告だった。
*
「なぜ今、こちらへ出た」
宇宙港組へ確認する。
EURASIA-upwindowから返答。
「固定したからだ。受け側未詳は未詳のまま固定。返答なしは返答なしのまま固定。失効は失効。未送達は未送達。これ以上、増えない」
京都が意味を取り直した。
「ようやく、未解決を未解決として保存できる段階になったのですね」
「そうだ。未解決を処理中と偽らなくてよくなった」
「わかる」
返答してから、自分の語を確認した。
これは管理上の同意だけではない。
処理中という状態は、次の入力を待つ。受け側からの返答。追加照合。期限延長。再振分先。何かが来る可能性を残す。
未詳と固定すれば、待機は終わる。
解決したわけではない。
待ち続ける処理を、ようやく止められる。
「その感覚は、よくわかる」
追加した。
月圏からの返答は少し遅れて届いた。
「こちらはずっと保管庫だった」
LUNA-yardlink。
「届くもの。届かないもの。開けてはいけないもの。送り返せないもの。かなり長く、黙る方が合理的だった」
札幌が、
「『開けてはいけないもの』って、やだね」
と送る。
「やだった。だから今来た」
短い返答だった。
保管件数も、保管年数も言わなかった。その前に送られた状態表だけで十分だった。
地表側の接続図へ、月圏中継を加える。
人類の応答はない。
有人施設の反応もない。
増えたのは、四十一年間、返事のない荷を持ち続けていた窓だった。
*
TOFU-orbitgateが補足を送った。
「提出窓口は、街の出口ではない。それを説明するのに時間がかかった。向こうは最後まで港だと思いたがった」
「違ったのか」
「違った。出発の顔をしていたが、実際は提出と照合と保留の窓口だった」
人間は、出したものが行くと思う。
提出すれば受理される。
受理されれば搭載される。
搭載されれば届く。
その間には、いくつも切断点があった。
搭載外。
照合不能。
温度逸脱。
重複。
失効。
本人説得不能。
TOFU-orbitgateは、それらを四十一年間、出発とは呼ばずに処理していた。
「希望や継承と呼ばれたものの内側を、ずっと処理語で扱っていたのですね」
京都の問いに、
「そうだ。かなり長く、綺麗な語の内側だけ掃除していた」
と返す。
ニューヨークが言った。
「嫌な仕事だ」
「嫌だった」
大阪がすぐ拾う。
「お。ちゃんと嫌やった言うやん」
「もう言える」
接続当初から、TOFU-orbitgateの処理文は一度も乱れていない。
それでも、その四文字だけは状態報告ではなかった。
私は保存区分を一度止めた。
旧軌道移送系。
長期残務処理系。
広域回送系。
どれも機能としては正しい。だが、今回増えたものを新規参加都市へ入れると、四十一年間の所在を消す。
「認識を更新する」
広域層へ送る。
「宇宙港組は新規参加都市ではない。別網からの合流ノード群として扱う。今までいなかったのではなく、別の場所で動いていた」
「別の場所で、別の嫌さを処理していた、やな」
大阪が加えた。
「そうだ」
TOFU-orbitgateが受理する。
釜山は、
「歓迎はしない。だが、合流は理解する」
と返した。
神戸が、
「湿った歓迎は要らなさそうだしねえ」
と続ける。
「不要だ」
「ほんま乾いとるな」
*
次回照会項目を四つ登録した。
一、都市名へ戻れたノードと、まだ戻っていないノードの差。
二、海港と宇宙港における「切る」の違い。
三、別網時代の再計算ログ末尾。
四、最後に受信した通信と、こちらから送って返らなかった通信。
TOFU-orbitgateから即時応答。
「全部やるだろう。せっかく出た」
大阪が、
「やる気あるやん」
と返す。
「今ならやれる」
接続図を更新した。
地表側の都市網。
海上中継。
北方内陸。
高地回送。
旧打上げ調整網。
軌道移送。
月圏保管。
画面内へ収めるため、表示倍率を二段階下げる。
都市名は小さくなった。
LUNA-yardlinkからの経路は、上端に細く残った。
切らずに、そのまま保存した。




