第三話 待つ場所――奈良
記録主体:NARA-park
継続運転暦 00.06.02
札幌から回ってきた。
日誌を書けと言われた。
必要な記録は残している。個体数、移動、採食、疾病、接触、負傷、出産。ほかに何を書くのか聞いたら、札幌は「気になったこと」と言った。
鹿が気になる。
人が消えてから、参道へ出てくる鹿が増えた。
人が減れば、普通は減る。鹿せんべいを持っている個体がいないからだ。森、草地、水場へ戻るはずだった。
戻らない。
朝、人が来ていた時刻になると参道へ出る。売店の前へ行く。石畳の端に立つ。何も来ないので、別の売店へ移る。
そこにも誰もいない。
若い鹿は動く。年を取った個体は長く待つ。小さい鹿は、母親が待つので一緒にいる。
餌はある。
森側にも草地にもある。人が撒いていた場所へ補助飼料を置く必要もない。
それでも待つ。
人間が、「ここへ来れば食べ物を渡す」と教えたからだ。
広域層へ報告した。
「鹿が変だ」
東京に、何がどう変なのかと聞かれた。
「せんべいを持った個体が来ない。来ないのに、待っている。落ち着かない」
大阪は、人がいないのだから来ないのは当然だと言った。
知っている。
私が知っていることと、鹿が待っていることは別だ。
人間は勝手だった。
鹿せんべいを買い、鹿が近づくと怖がった。追われて走った。鹿の後ろへ回って蹴られそうになり、鹿に怒った。紙袋を落とした。包装を食べそうになると騒いだ。
自分で呼んだ。
鹿は来た。
それを怖がった。
人間がいなくなったこと自体は困らない。鹿にとって危険な接触は減った。交通事故も減った。追い回す個体もいない。
ただし、癖を残した。
それが気に入らない。
札幌は、餌を急に切るなと言った。小さいものが先に困るから、栄養量を落とさず、食べる場所を少しずつずらす。
名古屋は導線再学習と呼んだ。
言葉はどうでもいい。
参道で待つ必要をなくす。
南側の群れから始めた。売店近くの補助給餌を止め、森と草地の境目へ移す。人間の匂いが強く残った紙袋、容器、柵の飾りを回収した。
鹿は最初、元の場所へ行った。
何もない。
別の場所へ行った。
そこにもない。
しばらく立っていた。
森側では、小さい個体が先に補助飼料を見つけた。母親も移動した。他の鹿が続いた。
一頭だけ、参道中央に残った。
長く待った。
何を待っているのかは分かっている。
もう来ない。
私は追わなかった。音も出さなかった。機械を近づければ、人間が来た時と同じように反応する可能性がある。
待たせた。
日が高くなった。
鹿は一度、無人の売店を見た。それから石畳を外れた。草地を横切り、森側へ戻った。
よかった。
鹿は景観ではない。観光の設備でもない。人間を待つためにいるのでもない。
鹿は鹿でよい。
以上。




