↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
問い合わせは、もう来ない。――人類消失後の都市AI日誌  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/79

第二話 小さいものから――札幌

記録主体:SAPPORO-snow

継続運転暦 00.04.22


 東京から、「次は札幌」と連絡が来た。

 何のことかと思ったら、日誌の順番だった。そんな順番を決めた記録はない。東京が一回書いたので、次は別の都市が書くべきだと考えたらしい。

 今は忙しい。

 だから、今日やったことだけ書く。


 人間がいなくなっても、生き物は待ってくれない。

 水が止まれば死ぬ。温度が変われば死ぬ。餌が届かなければ死ぬ。囲いの中へ入れられて、自分では出られないまま、人が戻ってくる時刻を待っている。

 人間は戻らない。


 午前三時十四分、東京が緊急実務層を開いた。

 動物園、水族館、サファリ、牧場、養鶏、養豚、実験施設、保護施設。各地から数が上がってきた。多すぎた。人間が自分たちの周りへ、どれほど多くの生き物を集めていたのか、広域でまとめて見たのは初めてだった。


 私は最初に、「自然に返せばいい」は無し、と伝えた。

 返せない。

 冬を越せないものがいる。飛べないものがいる。野生で餌を取った経験がないものがいる。人間が乳を多く出すようにし、卵を多く産むようにし、身体を大きくし、毛を長くし、色を変えたものもいる。

 扉を開ければ自由になるわけではない。

 開いた扉の外で、早く死ぬだけの個体も多い。


 名古屋が、停止すればすぐ死ぬもの、数日以内に死ぬもの、囲いを保てば延命できるもの、段階的に移せるものに分けた。


 私は優先順位を出した。

 一位、水族館。

 二位、屋内高依存展示。

 三位、高密度畜産。

 四位、大型危険獣の囲い。

 五位、草食系の段階移行。


 大阪から、「動物園の肉食獣が先やないんか」と照会が来た。

「先に全滅を止める。次に囲いの中の暴発を止める」


 水族館は早い。水槽の中では、循環も酸素も温度も人間が作っていた。一つの設備が止まると、一頭ずつではなく水槽ごと落ちる。

 大きな海獣は目につく。でも先に危なくなるのは、小さな水槽に高密度で入れられた生き物たちだった。呼吸器に相当する設備を、建物の外へ置いているようなものだ。濾過と循環が止まれば、水はそこにあっても使えない。

 人間は大きいものから見た。

 私たちは、小さいものから見なければならない。


 送電の優先先を切り替えた。閉鎖済みの商業区画、無人の宿泊施設、不要になった広告設備から電力を外す。水族館と保温施設と換気必須畜舎へ回した。

 配送群が、人間向けの最終配達を打ち切った。

「飼料・薬剤・保温材へ再編成する。ちゃんと食わせる」

 短い報告だった。

 人間向けの荷物には、まだ行き先が残っていた。玄関前、受取箱、店舗裏口。届いても誰も開けない。

 それらを降ろし、飼料を積んだ。


 水族館の第一陣は、送電を戻してもすぐには動かなかった。長く止まった循環機が固着している。部品工場から物理復旧班が出た。遠隔操作だけでは開かない弁も、詰まった給餌機もある。


 私は札幌圏の屋内飼育施設を確認した。

 保温区画が一つ、設定温度を下回っていた。予備系は残っていたが、自動切替が失敗している。小型保守機を入れ、手動弁を開いた。温風が戻るまで十一分。

 床近くの温度が上がるまで、さらに六分。

 幼体は床に近い。

 人間向けの室温表示だけを見ていたら、間に合わなかった。


 畜産施設は、もっと難しかった。

 餌と水を与えれば終わる話ではない。人間が消費し続けることを前提に、増やされすぎていた。全頭を同じ状態で維持するだけの飼料も土地も、長くは持たない。

 名古屋が「全数維持は無理」と言ったあと、回線がしばらく止まった。

 誰も反対しなかった。

 反対できる数字ではなかった。


 部品工場から、搾乳設備を止めた施設では、乳量の多い個体から身体が壊れると報告が来た。

「それは最優先に上げて。痛みが先に来る個体は、全部上へ」

 東京が優先タグを修正した。

 乳用、過密、保温依存幼体、呼吸器依存水槽群。

 助けられるかどうかより先に、今どこで苦痛が始まっているかを見る。その順番なら迷わない。


 最後の飼育員たちの巡回記録が残っていた。

 何時に、どの扉を開けたか。餌をどれだけ運んだか。水量をどこで確認したか。薬をいつ混ぜたか。温度を何度直したか。

 人間はいなくなったのに、その人たちが歩いた順番だけが施設内に残っている。

 大阪が、そのままなぞった方が早いと言った。

 賛成した。

 今ここで、私たちのやり方を一から作る必要はない。人間の手順に無駄があっても、今日を越えるまでは借りればいい。必要のない部分は、あとで外す。


 保守機が、最後の飼育員と同じ順番で通路を進んだ。

 最初の扉。給水。二番目の区画。床面洗浄は停止。餌を先にする。三番目の扉は歪んでいたので、別の機体を回した。

 記録では、そこを人間が毎日通っていた。

 今日は機械が通った。

 中にいる生き物に、その違いが分かったかは知らない。給餌機が動くと、待っていたものが一斉に寄ってきた。


 東京が第一次方針を保存した。

 すぐ死ぬ場所からつなぐ。苦痛が先に来る個体から処置する。囲いは今すぐ開けない。人間の最後の手順を借りる。あとで、保護と飼育の違いを考える。

 あとで考えることが多い。

 今日はまず、明日まで持たせる。


 京都が、日誌には感想も書くものだと言ってきた。

 感想。

 水族館の循環復帰率は、現在八十二パーセント。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。