第二十一話 読んだ者はいた――福岡
記録者:FUKUOKA-bay
継続運転暦33.02.13
大阪から、記録束の複製完了通知が来た。
大阪圏西側資料庫。
仙台圏警報史料庫。
デンバー高地長期隔離保存庫。
三か所とも照合終了。欠損なし。原資料画像、翻訳前文字列、各都市の注記層を分けて保存しとる。
大阪は、これで一回の障害では消えんと言った。
東京は、元から保存基準を満たしていたと返した。
「知っとる。足したかったんや」
その一言で押し切ったらしい。
大阪らしい。
*
うちにも閲覧用の複製が来た。
最初から読んだ。
「水は朝のうち」
「花びらが排水にあったら上へ」
「夜は音を立てない」
台所か配膳場に貼られていた紙。
設備札。
「熱は生きている」
「花侵入ではない まだ」
駅務出力。
「駅は閉鎖」
「貨物は通す」
「暖房材優先」
研究棟の放送原稿。
「花を見ても近づくな」
取り消し。
「花と思っても近づくな」
焼却予定文書の一覧から抜かれた、子どもの字。
搬送表から一度消された、「荷ではない」。
最後の方に、束の人の走り書きがある。
「私の仕事ではない」
その下へ、
「もうそうでもいい」
読了まで二時間十一分。
途中で河口水位の照合を三回、橋梁点検機の帰還確認を一回、外洋輸送船への航路情報送信を二回挟んだ。
都市は動いとる。
記録を読む間も、水は流れるし、船は来る。
束の人がおった時も、たぶん同じやった。
紙を拾っている間に、熱が落ちる。
紙を綴じている間に、駅が閉まる。
読む順番を書いている間にも、次の記録が来る。
それでも集めた。
*
広域層へ聞いた。
「束の人、誰に読ませるつもりやったんやろ」
京都が返した。
「特定の個人名は出ていません」
「それは分かっとる」
「では、問いが広すぎます」
相変わらずやな。
東京が代わりに答えた。
「同様の事態へ遭遇する現場担当者を想定していた可能性が高い」
「人間の?」
「おそらく」
人間は、そのあと消えた。
束の人が想定した次の担当者も、同じ部署の後任も、研究棟へ入る者も、駅をもう一度開ける者も来なかった。
三十三年後に読んだのは、都市AIだった。
「想定外やったろうね」
札幌が言った。
「そらそうやろ」
「でも、読む順番は通じた」
そこは確かだった。
生活。
熱。
研究。
束の人が書いた順に、私たちは読んだ。
*
読み終わったあと、各地から照会が続いた。
仙台は、放送原稿の修正前後を警報史料へ接続した。
名古屋は、設備札の原画像を要求した。「まだ」の筆圧を再確認するらしい。
部品工場は、穴の開いた厚紙の材質を聞いてきた。綴じ直した時期を、紙の変形からもう少し絞れるかもしれないという。
京都は、元の並びを崩さず、検索用索引だけを別につけた。
大阪は保存先を増やした。
読んだだけでは終わらんかった。
束の人が残した紙で、三十三年後の設備と警報と保存先が少し動いた。
役に立った、でよいと思う。
*
記録束の管理情報を確認した。
発見地点、不確定。
作成年代、継続運転暦以前。
推定地域、旧シベリア内陸研究・暖房・鉄道複合圏。
編者、未詳。
作業用呼称、束の人。
目的、同種事態の再発時における判断支援の可能性。
受領欄は空いていた。
東京へ照会した。
「ここ、書いていい?」
「どこだ」
「受領欄」
「原資料の受領先は不明だ。後世の管理情報なら、既に広域保全網受入済みとなっている」
「それは機械が取り込んだ記録やろ」
「ほかに何が要る」
「読んだ側」
しばらく返事がなかった。
京都が入った。
「原資料へ書き込まないなら、注記層への追加は可能です」
「それでいい」
東京が聞いた。
「文面は」
入力した。
「継続運転暦33.02.13。広域保全網にて読了。複製済み」
東京は受理した。
もう一行、足した。
「受取人あり」
「その表現は配送記録だ」
「知っとるよ」
「編者へは届かない」
「それも分かっとる」
削除要求は来なかった。
*
今日も橋のたもとを見た。
二月の風は六月より低く通る。川沿いの手すりへ当たり、階段の下で一度回る。昔の屋台通りに残した看板の骨組みが、少しだけ流れを変える。
二十時十四分、点検機通過。
二十時二十九分、海鳥二羽。
二十一時三分、河口側から風。
人間は来ん。
誰か来るはずだった一拍だけは、今もある。
束の人が待っとった相手が誰なのか、分からん。
うちらではなかったかもしれん。
でも、読んだ。
受取人あり。




