第十話 最後まで点く――神戸
記録者:KOBE-port
継続運転暦16.01.24
零時四十分、瀬戸内側から無人沿岸輸送船が一隻入った。
積荷は密閉軸受二百四十箱、送電用接続部材九十六箱、交換用の光学部品十一箱。うち四箱は横浜向け、二十七箱は大阪向け。神戸で下ろす分を除き、夜明けまでに再積載する予定だった。
港は動いている。
入港管制、曳航補助、接岸、荷役、検品、再配分。人間がいた頃より扱う量は減ったが、順序は変わらない。船が来れば岸壁を空ける。潮位を見て係留位置を決める。荷を下ろし、次へ送る。
今夜は霧が濃かった。
零時二十二分、港口の視程が二百メートルを切る。誘導灯を第二段階へ上げ、荷役速度を通常の六〇%に落とした。岸壁走行機には速度制限。海鳥検知は霧による誤認が増えるため、音響側を優先する。
船は予定より十一分遅れた。
問題ない。
急がせる理由がない。
*
港の南端に、古い街灯が一本ある。
正式管理番号は街路灯南岸旧式二七号。港湾灯ではない。坂の下から岸壁沿いへ出る歩道を照らすためのものだった。
今は歩行者がいない。
一度、更新対象に入れた。灯具も配線も旧式で、点灯まで四・六秒かかる。現行灯なら〇・二秒以下だ。消費電力も多い。
交換機材を運び込むところまで進め、取りやめた。
新しい方が明るい。効率もよい。部品の共通化もできる。
だが、悪天候時の記録を並べると、南岸旧式二七号は一度も消えていなかった。高潮警戒時も、塩害で周辺灯の三割を切った夜も、送電系統を組み替えた時も点いた。
点灯は遅い。
最後まで点く。
それで「長老」になった。
*
人間がいた頃、冬の霧はよく嫌われた。
「せっかく来たのに、なんも見えへんやん」
海沿いで何度も聞いた。見えないのは事実だ。夜景を目的に来た人間には不都合だっただろう。
港で働く人間は、別のことを言った。
「あれ点いとったら、帰ってきた気するわ」
沖から見えるほど強い灯ではない。航路標識にも入っていない。歩道の端を照らすだけだ。
それでも、港から街へ上がる境目にあった。
海側の作業を終え、坂へ戻る者は、長老の下を通った。朝の焼きたての匂いに反応して坂を上ってきた者も、夜勤明けで足を引きずる者も、あそこで一度、港の灯から街の灯へ移った。
観光照明はかなり切った。
誰かに見せるためだけの光を保つ理由は少ない。だが港の灯と、街が始まる場所の灯は別だ。混ぜると判断を誤る。
*
一時三分、輸送船が防波堤内へ入る。
霧の中で誘導灯が順に点く。岸壁の待機灯が白から青へ変わり、曳航補助機が二基出た。南岸旧式二七号へ点灯指令を送る。
一秒。
二秒。
三秒。
船は低速で進む。レーダー上の位置に異常なし。接岸予定点まで百二十メートル。
四・六秒後、長老が点いた。
霧の奥に、低い光が一つ増える。岸壁の輪郭が途中まで戻り、その先で街へ上がる道が分かれた。
輸送船の視覚補助が灯を拾う。正式な誘導標識ではないため、接岸演算への影響は小さい。それでも位置照合の候補には入った。
船は予定位置へ着いた。
係留完了。一時十九分。荷役開始、一時二十六分。
長老は点いたままにした。
密閉軸受を下ろし、横浜向けの四箱を積み替える。大阪向けの荷は内陸輸送へ回す。空いた区画へ西側から来た補修部材を載せる。
次の船は四時間後に入る。
消灯は、そのあとでよい。




