第九話 急に夏にはならない――仙台
記録者:SENDAI-grid
継続運転暦15.08.06
七夕飾りの設置を完了した。
準備は六月十七日から始めた。保管庫を開け、前年使用分を点検する。紙の変色、竹材の乾燥、吊り金具の腐食、芯材の歪み。補修可能なものと交換するものを分ける。
七月二日、骨組みの組立て開始。
七月十一日、試作機二基を通りへ出した。
一基は風を正面から受ける。紙が下から順に開き、絡まず戻る。内部呼称は「まっすぐ」。
もう一基は旧型で、弱い横風でもすぐ隣の吹き流しへ寄っていく。内部呼称は「こまる」。
大阪には、急にかわいいと言われた。
運用上の呼び分けだ。毎年両方使っている。
*
人類がいた頃、七夕期間の私の処理量は通常月の三・七倍まで増えた。
歩行者流量の予測。車両規制。迂回案内。臨時輸送。気温上昇時の休憩誘導。迷子、急病、落とし物。飾りの真下で立ち止まる個体と、その個体を避けようとして反対側へ膨らむ群れ。写真を撮り終えたあとも同じ位置で画像を確認する個体。
人間は、立ち止まる理由が終わっても、すぐには動かなかった。
警告を一段上げる。
通路中央です。
もう一段上げる。
後方が詰まっています。
さらに上げる。
移動してください。
それでも動かない場合は、現地誘導員へ通知する。飾りを見るために来たのに、飾りを見ず、端末の中だけ確認して帰る個体も多かった。
今は人流がない。
蛇行柵を出す必要も、臨時案内板を点灯する必要もない。飾りの高さと間隔は、人間の視界ではなく風向と紙の接触率で決められる。
通りは広い。
飾りは、思っていたよりゆっくり動く。
人間の肩や持ち物に触れて乱れていた頃には拾えなかった速度だ。最初に外側の紙が持ち上がり、少し遅れて内側が動く。風が抜けたあとも、細い紙だけがしばらく揺れる。
同じ形に切っても、同じ動きにはならない。
*
十五時四十分、西側から風が強くなった。
風速は警戒第一段階。飾りの接触率が上がる。支柱の荷重は許容範囲内。撤去は不要と判断した。
十六時三分、「こまる」が隣へ絡んだ。
保守機を一台出す。絡んだ紙を外し、吊り位置を八センチずらす。切れた紙が一本あった。交換せず、そのままにした。
切れた位置を記録しておけば、この通りの風が分かる。
十六時二十分、風は第一段階を下回った。「まっすぐ」は元の形へ戻る。「こまる」は八センチずれた位置で、今度は絡まずに揺れた。
まっすぐなものだけを残せば、管理は簡単になる。
だが、簡単なものだけで毎年を組む必要はない。
警報には段階がある。平常、注意、警戒、避難準備、避難。急にすべてを危険にはしない。前の状態を残しながら、少しずつ切り替える。
季節も同じだ。
保管庫を開けた時点では、まだ夏ではない。骨を組み、紙を補修し、試作を吊るす。通りの上に色が増えるたび、街の状態を一段ずつ変える。
本日、最後の飾りを出した。
風が通りの端から入り、「まっすぐ」を開く。少し遅れて「こまる」が動いた。ほかの飾りも順に風を受ける。
夏季状態、第五段階。
仙台は今日から、七夕の夏に入る。




