#5 レッサートロールに追われる者①
全身からあふれ出す滝のような汗を意に介さず、もつれそうになる足を強引に動かし、ひたすら逃げる。
背後をちらと見れば、胴体に折れた剣が刺さったまま、怒りの形相で追いかけてくるレッサートロール。
「はあっ、はあっ、どうしてこんなことに!」
依頼されていたレッサートロールの討伐に、初心者だがバランスの良い4人パーティを組んで、しっかり準備をしてきた。
依頼内容は廃屋を占拠するトロール5匹の討伐。
ゴブリンの上位種だが体格は大きくなく、初心者でも倒せる相手だったはずだ。
固まっているところに、4方向から同時に奇襲をかけた。
それが2匹討ち漏らしてしまった途端、怒り狂い仲間の2人を殺し……。
「分かれ道か! クソッ、上り坂の方は追い付かれかねない! 下りだ!」
必死に走っている内に、来た道は大きく逸れ、全く知らない林を走っていたが、時折木々の隙間から遠く見える城は大きくなっているあたり、王都に近づいていることは確かだ。
分かれ道は下りを選んで進み、下へ下へと走りながら命を長らえる。
走り続けて息も絶え絶えだが、なんとか逃げなければ死ぬということだけは、無残に殴り殺された仲間の死から嫌でも想像できた。
しかし運命とは残酷なもので、曲がり角を曲がったところで、それにぶち当たった。
「はあっ、行き止まり……」
そこには大きな滝が広がっていて、足を止めるほかなかった。
こんな時でなければ、いたく感動していただろう景色だが、そんな余裕はない。
左右を見渡すも大きな壁がそびえたっており、周囲に隠れられそうな場所も見当たらない。
振り向けばそこには獲物を追い詰めた、小さな肩を怒らせ狩人の目をしたトロール。
心なしか筋肉が膨張しているように見えた。
「は、はは……」
そうか、僕はここまでだというのか……。
じりじりと後ずさるが、すぐに滝の側の壁に阻まれて下がれなくなった。
ずるずると座り込んでしまう。
どうやら僕の人生はここまでのようだ。
出稼ぎに行くと王都まででてこなければ、故郷にいれば幸せに暮らせていたのだろう。
ごめん父さん母さん。どうか先に逝く親不孝を許してください。
ゆっくり近づいてくるトロールを最後に目を閉じ、その時を待ったが。
聞こえてきたのはドサリという音。
目を開けてみれば、そこには喉を切り裂かれ倒れ伏したトロールと、その傍らにナイフを持った人物がいた。
フードを被っていてその顔はわからないが、その人物がこっちを向いた。
「なんとか間に合ったようだな、大丈夫か」
「は、はい。だ、いじょうぶ、です」
「喋れるなら問題ないな。俺はもう行くぞ」
なんとか助かったのか。
僕は……。
僕は助かった。
「あ、あの! 待ってください!」
「まだ何か?」
「助けてもらって、失礼を承知でお願いしたいのですが、仲間を助けてはくれないでしょうか!」
「他に誰かいるのか」
「はい。元々僕らは4人でいたのですが、その内2人は殺されて、もう1人の女の子がまだ僕と同じように逃げてるんです……」
そうだ、逃げてる途中にはぐれてしまった、もう1人の仲間。
同じ駆け出し冒険者、捕まってれば命はないだろうが、僕にはこの人に頼るしかないが、それでも。
それを聞いて周囲を見回すフードの人物。
「わかった。この辺りの慌てたような女の声だな。ならばこれは貸しひとつだ、何かあった際は手を貸してもらうが、それでもいいな?」
「はい」
「交渉成立だ。またいずれ会おう」
口約束の依頼など受ける親切な人はそういないが、この場においてはその親切さが何よりもありがたかった。
目を閉じて深呼吸をする。
死んでしまったふたりについては仕方ない。
少し休んでからギルドに戻って報告を……。
そう考えながら目を開けたところ、足音ひとつ立てずにフードの人物の姿は消えていた。
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