#22 魔法使いとローブ男
その日は天気がよかったので朝から庭先を箒で掃いていたら、重たい荷車引きを手伝ってもらった、見覚えのあるローブ姿の人が門の前に立っていた。
前と違って、フードの下に仮面を付けているが、それ以外は前見た時と同じ格好だ。
箒をしまってから、門を開けてその人を招き入れる。
「いらっしゃい。えっと、名前を聞けてない親切さん?」
「ああ、そうか。あれきりだと思って名乗らなかったが、今後も関係が続くなら名前は教えておくべきか。俺の名前はグラスだ」
「そういえば、私も名乗ってなかったわね。私はライレイン。グラス、この前は助かったわ。何か私に用?」
「歓迎するという社交辞令に対して、馬鹿真面目に受け取るべきではないとわかってはいるが、ふたつ聞きたいこと、相談というべきか? がある。ライレインの知恵を頼りたい」
どうやら困っていそうだ。
名前を教えなかったのも、あれだけの関係にするつもりだったみたいだが、そうもいかなくなっているようだ。
「込み入ってそうね、中で聞くから入って」
「助かる」
そこかしこに本や紙束の積まれた我が家にグラスを招く。
テーブル周りのものをどけてスペースを作り、空間を用意して椅子を引く。
「そこに座って。散らかっててごめんなさいね」
「いや、アポなしで来たのに、受けてくれるだけありがたいよ。ちなみに前運んでた素材なんかはどこに?」
「外の倉庫と地下にある。ここは本と居住スペースだから」
グラスが椅子に座って、テーブル越しに向き合い、グラスが口を開く。
「まず最初に聞いておきたい、口は堅い方か?」
「ええまあ」
「この通り怪しい身なりだが、素性を隠しておきたいという事情があるんだ。会って二度目で互いに信頼し切れってのも難しいが、残念ながら他に当たれる候補がない……」
「そういうことだったのね。あなたが助けてくれたのに、ミレイスがやった噂になってたのは。あれらが全部グラスのやったことなら、困っている人を無償で助け続けるその精神は、信頼に値するわ」
正体を隠しているのに、噂になってはそれどころではない。
何かしらの手を使って、ミレイスの噂に差し替えたのだろう。
しかし聞く限りでは、善性は保証されていて、一定以上の腕もありそうだ。
何かあった時のために、コネを作っておくのも悪くない。
「まずは勇者について、知っていることを教えてもらいたい」
「勇者? その手の話は関わりが薄いから、私の知っている知識は市井で噂になる程度のものだけれど」
「それでもいい」
思っていたような深刻な質問ではなく、拍子抜けではあるが、とりあえず話すだけ話そう。
「わかったわ。勇者とは魔王を倒すべくザルドレ王国が、異世界の人物を呼び寄せて魔王と戦わせるために召喚している存在。わざわざ異世界から呼んでいるのは、魔王には強力な防御があって、異世界から召喚した際に与えられる勇者のスキルでないと破れないから。そういう事情で申し訳ないけれど、こちらの世界に強制的に呼びつけているわけね」
「強制的に呼ぶのはいいが、その勇者たちは帰れているのか? 魔王が死んでいない以上、元の世界に帰らせる理由もないだろうが」
「聞く限りでは、勇者が元の世界に戻ったという前例はないわ。一説によると、死亡することで元の世界に戻れるなんてのも聞くけれど、命を落とした勇者の死体が消えることもないし、どうせ眉唾よ」
「なるほど、そうか……」
しかしこのくらいの話など、聞くまでもなく自然と耳に入ってくると思うが、一体何の目的が。
「で、こんなことを聞いた理由なんだが。実は俺もその勇者の一人だ」
「えっ」
「つい最近召喚されて、言語は理解できるし通じるみたいなんだが、こちらの世界の文字が読めず、情報を集めるのも少し難しいんだ。魔法なんかで元の世界へ戻る方法を知っていればと思ったんだが、今のところは難しそうか」
「ちょ、ちょっと待って!」
目の前の男は自分が勇者だという。
ならばなぜこんな城下町にいるのか。
「勇者って、魔王を倒すために各地で鍛えたりしてるはずでしょう。ザルドレに留まってるなんて」
「まあそういう反応になるよな。正体を隠しているのは、面倒事を避けるためだ。もちろんスキルも与えられたんだが、これが攻撃スキルじゃないんだ。とても魔王とは戦えたものじゃない、そもそも魔王を倒せるスキルじゃないから、行ったところで犬死にしかならない。それで俺は別にいなくても変わらないだろうから、元の世界に戻る方法を探しているんだ」
「そうだったのね」
勇者とはいえ、戦おうにも戦えない事情があったらしい。
しかし、魔王と戦えないなりに人助けもしていると。
「そういうことなら、力になりたい気持ちはやまやまだけど。今のところは何も手がかりはないの」
「そうか、そうだよな。この世界からすれば、元の世界への移動も異世界へ行くということ。前例がなくとも無理はないか」
「もし魔王が鍵になっていたとしても、あなたはそれに干渉することは難しい」
「そうだな」
聞けば、冒険者登録もしていないそうではないか。
これでは肩身が狭すぎる。
「ともかく、こちらでも色々手掛かりは探してみるから、期待しないで待っていて。それと、困ったことがあればまた訪ねて来て。可能な限り力を貸すわ」
「感謝する。それと手間をかけさせて悪いが、よろしく頼む」
グラスは立ち上がり、一礼をしてから去っていた。
勇者ねえ、どうしたものか。
そこでふと背後を見やれば、屋根裏に続く天井の穴から、この街のシスターが逆さに顔をのぞかせていた。
「えっ!? いつからいたの!? というか家に入れた覚えはないんだけど!」
「彼のことは絶対に口外しないように。さもなくば私があなたを始末しに向かいます」
「彼って、グラスのこと?」
こくこくと逆さまで頷くシスター。心なしか目がきらきらしている。
軽い身のこなしでくるくる回転しながら、屋根裏から飛び降りてきたシスターは、すれ違いざまにも警告を残していった。
「元の世界へ戻る方法は、収穫がなくとも問題ありません。大事なのは彼の素性が明かされないことです。どうかご内密に」




