#17 襲撃された教会
シスターとして働き、何の変哲もない平和な一日が終わるころ、それは現れました。
「ここが人間拠点の教会ってので合ってんだよな? いやにビリビリするんだがな」
掃除と祈りを終えて、壁の燭台の蝋燭を消そうとしたところで、黒い肌に豪奢な衣装の悪魔が、閉じられた教会の扉を開けて、堂々と侵入してきました。
結界を突破してきたあたり、普通ではなさそうです。
胸元にかけた十字架を握り、ひとまず会話に応じます。
「その通りですが、あなたも只者ではありませんね。高位の悪魔とお見受けしますが」
「ははあ、なるほど。こりゃ誰しも手をこまねいて苦労させられるわけだ。おっと、挨拶が遅れたな。ゼルヴァルスと名乗れば、どの程度か理解できるかな?」
「……魔法に精通し、聖属性にも耐性を持つ強大な悪魔。そう聞き及んでいます」
「嬉しいね、俺の名は人間界にまで轟いているらしい」
ゼルヴァルス、魔法の真髄にたどり着き、悪魔の中でも上から数えた方が早いであろう存在。
海を割り、山を崩し、その伝説は途方もないものばかり。
並大抵の悪魔では突破できない結界に侵入しているあたり、嘘ということもないでしょう。
できれば敵対したくはないですが……。
月明かりの差し込むステンドグラスを背後に、悪魔に問います。
「わざわざ教会に足を運ぶとは……。内容次第では交渉に応じます、何をお求めでしょうか」
「いいや、それには及ばない。なぜなら俺の目的は、結界が展開されている場所、つまりこの教会を破壊することだからだ」
喋りながら悪魔を中心に、急速に魔力が膨らんでいくのがわかりました。
咄嗟に握りしめた十字架を掲げ、祈ります。
直後、雷、炎、風といった属性の異なる強力な魔法が放たれましたが、それらは展開した小型の防御結界に阻まれ、霧散しました。
「なるほど、いかにも普通のシスターで下っ端みたいな恰好だが、お前がここの主だったワケだ。じゃあ交渉だ、お前に死んでもらえれば、それ以上の用事はない。結界はお前のものだろう、大人しく命を差し出してもらおうか」
「お断りします。そんなことをすれば、あなたが去ったとしても、他の悪魔が押し寄せてくることでしょう」
「その通りだが、無駄な抵抗はよせ。こうして話をしている間も、反撃をしてこないあたり、防御にリソースを割かないと防ぎきれないのだろう。持久戦ならば無尽蔵の魔力を持つこちらに分がある。だが久しく見なかったぞ、俺の魔法を耐えられる者などいつぶりだろう。そして、いつまで耐えられるか見ものだな」
「神よ、どうか私共をお助けください……」
そこから情け容赦のない魔法の波状攻撃が始まりました。
炎、氷、混沌、闇、大地、様々な属性の強力な魔法が、絶えず眼前の結界を揺らします。
悪魔の予想通り、防御結界をフルに機能させなければ、すぐにでも消滅させられていることでしょう。
交渉で追い返すことは叶わず、悪魔に有利な場所ですら劣勢、タイミング悪く夜間でギルドに誰もいないため、冒険者を呼びに行くこともできない。
「神よ、どうかお慈悲を……」
「ふふふ……まさか俺の攻撃をこれほどまでに受けていられるとは! 燃えて来たぞ! ペースを上げるぞ! へばってくれるなよ!」
「神よ……」
教会の結界の中であるため、悪魔も消耗してるはずですが、聖属性耐性のせいか、あまり堪えている様子はありません。
この至近距離では感知の鈍化や命中精度への影響も、意味をなさないことでしょう。
結界にヒビが入る中、十字架を握りしめるほかに、できることはありませんでした。
「神よ……お助けください……」
「俺の猛攻を前に耐えられたのは、お前が数百年ぶりだ。まあ何にせよ、楽しめたぞ、娘よ。殺すのは少し惜しいが、これも必要なことなんでな」
「神よ……」
悪魔の手元に、砂礫が舞い、一本の槍が形成されていく。
一見普通の土くれだが、途方もない魔力が練り込められている。
恐らく結界ごと私を貫き、街の外まで立ち並ぶもの全てを塵と化していくでしょう。
「ぐふっ」
十字架に縋り、握りしめれば、直後槍が崩壊して砂となり、床に落ちていました。
そして、悪魔の胸元から突き出た刃物。
刃物を引き抜かれ、傷から血を流す悪魔。
悪魔が背後に爪を振るい、爪の先から血が飛び散った後、首からも盛大に血を噴いて、床を深紅に染めながら崩れ落ちました。
いつからかそこに立っていたのは、全身ローブ、片手にナイフを持った人物。
振りむいて気軽に語り掛けてきました。
「いったぁ……。生憎、神じゃあないけどいいかな」
「あなたは一体……」
「月の綺麗な夜だから、お祈りに来たんだよね。いいかな?」
「はい、もちろんです」
全身を隠し、ナイフを収めたその人は、膝をついて祈りを始めました。
よく見れば、その人のフードから覗く口元は歪み、頬がぱっくりと切れ、血が流れていました。
「あの、血が出ています」
「大丈夫、かすり傷だから」
「いいえ。助けていただいたお礼です、手当をさせてください」
明らかに無理をするその人を抑え込み、清潔な布で血を拭い、傷に口づけをします。
じっくり数十秒、動揺するその人を抱きしめて抑え込み、付け加えます。
「悪魔から受けた傷です。跡は残ってしまうかもしれませんが、通常の処置よりは効果があるはず。それでも何か異常を感じたら、すぐに私の元を訪ねてください」
「悪魔ね、なるほど。何かあったら頼らせてもらうね」
立ち上がり、ちらと倒れた悪魔を一瞥し、問うてきた。
「これ、どっか捨ててきた方がいいかな」
「いえ。そこまでお手を煩わせるわけにはいきません。処理はお任せください」
親切な人。
それにとても強い。
何者なのでしょう。
「あの、お名前を……」
「名乗るほどの者ではないさ。また来たときはよろしくね」
そう答えて、風の吹き抜ける教会の扉をくぐり、その者は去って行ってしまいました。
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