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悪名高いお姫様の政略結婚  作者: にゃみ3
第一章 悪名高いお姫様
5/19

5 お飾りの姫でも、妻でもなく


「行き止まりだな。そろそろ諦めたらどうだ?」


「はあっ、はあ……! もう、しつこいです!」


 額に汗が滲み、息は乱れ、心も体も限界な私に反し、アルセイン皇子は涼しい顔のまま私を見下ろしていた。


「どうして逃げるのだ?」


「どうして追いかけるのですか」


「ルクレティア姫、君に聞きたいことがあるからさ」


 彼はずっと吊り上がっていた口角を下げ、そう言った。


「……聞きたいことですか?」


「ああ。そうだ」


 聞きたいこと。それがなんなのか分かっていたから、私はあなたを避けていた。

 

 夜に城を抜け出していたことがバレてしまうのが怖いとか、そんな話ではない。

 私みたいな人間が夜に城を抜け出したところで、「ああ、やっぱりか」とさらに呆れられてしまうだけ。


「どこへ行っても、俺にかけられるのは慰めの言葉。おかしいと思わないか? せっかく戦地から帰り、他国の姫を妻に迎えたのだぞ。本来なら祝福の言葉をかけられるべきだ」


 ほらね、やっぱり。


「陛下にすら励ましの言葉をかけられた。一体、どうすればそこまで悪名高くなれるんだ?」


「アハハ……。さあ、ここに来てから誰とも深くはかかわっていないので、何とも言えませんけど……」


 これでも、身の程は弁えているつもりだ。

 私がどうしてこんなにも悪名高いか? そんなの、答えは一つしかない。


「皇子。私は、テレジアの姫です。その意味が分かりますか?」


「……いいや」


「そうですか。でも、あなただって噂くらいは聞いたことありますよね?」


 現に、あなたの親しい令嬢が親身に教えてくれていたじゃない。

いかに「私」という存在が、醜いものなのか。


「最低最悪のお姫様。傲慢で、我儘で、とっても捻くれたおバカなお姫様。テレジアの姫と言われて浮かぶのは、そのあたりでしょうか? ああ、そういえば我儘姫、なんて異名をつけられたこともありましたね」


 いざ自分で口にしてみると、なんとも情けなくて自嘲的な笑みが浮かんでしまう。


「先日の酒場でのこともそうです。私は昔から、権力やお金にものをいわせて勝手気ままに振舞うの」


 アルセイン皇子はただ口を閉ざして、私をまっすぐに見つめていた。あの夜と変わらない、まっすぐな目で。


 あのときは、あなたの素晴らしい話術の上で踊らされてついつい話してしまった……。そう、言い訳ができたけれど。今回はそうもいかないわね。


 顔を見るのも気まずくて後ろを向く。


「あなたには悪いと思っています。ですがこの結婚は私の父が望んでいることですから。あなたにどれだけ拒まれても離婚することはできません。不満なら、私を部屋に閉じ込め、側室をいくらでも迎えてくれれば……」


「君は、どうしてそんなにも自分を蔑む?」


「……はい?」


 てっきり罵倒でもされるのかと思ったら、意外な言葉が飛んできて、驚きのあまり急いで振り返る。


「姫!」


 唐突にアルセイン皇子が叫んだ。

 彼の姿が視界に入るとともに、真っ黒な何かが見える。


「キャッ! ……ローブ?」


 慌てて両手で受け止めたそれに視線を落とすと、手の中に会ったのは黒色のローブだった。




∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴




「どうしてですか?」


 問いかける私に、アルセイン皇子は変わらぬ穏やかな表情で答えた。


「ここは昔から俺のお気に入りの場所だ。チョコレートクッキーが美味しい。ほら、食べてみろ」


「あ、はい。ありがとうございま……じゃ、なくて! どうして私をここへ連れてきたのかと聞いているのです!」


 受け取ってしまった手を慌てて引っ込めながら、声を上ずらせて言い直す。


「急にこれが食べたくなったからさ」


 皮肉なまでの爽やかな笑みを浮かべ、そう返したアルセイン皇子。


 全然理由になってないんだけど……?

 一体、どうして私をこんなところに連れてきたりしたのよ。まあ、流されてついて来ちゃう私もわたしだけど……。


「ところで、あの抜け穴からはいつも抜け出していたのか?」


「……いえ、あなたと会ったあの夜一度きりです」


「それはよかった。夜遅くにひとりで女性が出歩くのは危険だから、もしまた外へ行きたいときは今日のように俺も同行しよう」


 アルセイン皇子はそう言うと、お気に入りだというチョコレートクッキーを満足げに口へ含んだ。


 彼の言っている意味が、私には分からなかった。

 一体、どんなつもりで言っているの? 


 私が何か問題ごとを起こさないように監視したいからそんなことを言うの? ううん、ただ監視がしたいだけなら、使者を使えばいいじゃない。


 それどころか、わざわざ手間をかけなくとも「二度と勝手なことをするな」とあなたが一言いうだけで、私は逆らえないのに。


「……さっきの」


 私が口を開くと、飲み物の入ったグラスに視線を落としていたアルセインの水色の瞳が、こちらを捉えた。


「私に、どうして自分を蔑むような言い方をするのかと聞きましたよね。……一体、どうしてそのようなことを仰ったのですか?」


「俺からの質問にまだ答えてもらっていないのだが……まあ、いいか。俺には君に流れている噂とやらがどうも信じられないんだ」


「……はい?」


 思わず、間の抜けた声がもれてしまった。


「あなたと顔を合わせたのは、これで二回目のはずです」


 私の何を知ってそんなふうに語っているのか。

 勝手に印象付けられて、そのうえで知ったかぶり語られるのは、もううんざりだ。


「カルロッタ嬢がせっかく教えてくれたのに、あなたはひどい人ですね」


「……聞いていたのか」


 私の口からカルロッタ嬢の名前が出たことにそんなにも驚いたのか、アルセイン皇子は目を少し見開いた。


「別に、盗み聞きをしようとしたわけではありません。偶然聞こえただけです」


「……そうか。では、カルロッタ・セリフィアの言ってたことは事実なのか?」


 事実かどうか、そんなものは関係ない。


 どれだけ私が否定しようと、信じてくれるはずがないということは、とうの昔に学んでいた。

 口にすればするほど疑われ、沈黙すれば肯定と受け取られる。


 しかし、アルセインはあんまりにもまっすぐに私を見つめていた。


 それは今まで私に問いかけてきた「誰か」とは違った。


 大抵、「問題児」を目の前にした大人は、眉をひそめて、口をヘの字に下げて、困ったような表情を浮かべた。

 媚びへつらったような、へたくそな笑顔よりはマシだったけれど。私はそれが心底嫌いだった。


「……いいえ。私は何も、やっていません」


 バカなことを言っていると、自分でも思う。

 いつもみたいに適当にはぐらかして、言い訳をして、謝ればよかったのに。

 私が全て悪いのだと。全て私の責任であり、今後二度とこのような真似はしないと。必死に涙を流して、縋り、謝るべきだったのに。


 彼の目を見るのが怖くて、視線を少し下に下げる。

 数秒間の沈黙の時間が流れた。


 そして、急いで謝罪の言葉を口にしようとしたそのときだった。


「わたし……!」


「そうか、分かった。ならばすぐにこのバカげた噂を流した者を探そう」


 彼の声は、真剣だった。

 当たり前のようにそう言われて、私は思わず乾いた笑いをこぼす。


「ははっ、まさか私の話を信じてくれるとでもいうのですか」


「信じてくれというのなら、信じるしかないだろう」


「……え?」


 信じる。彼は、私のことを信じると、そう言ったのだろうか。


 どれほど信じてくれと縋っても、誰一人私を信じてくれる人はいなかった。

 普段は私の味方だと言ってくれた側近の者たちだって、私を信じる人はいなかった。どれほど私が無実だと言おうとも、それを信じる者は誰も、いなかったのに。

 

 人間にとって、権力と匹敵するほど恐ろしいものが、印象というものだから。 人は噂で、人を決める。印象という名の鎖で真実を覆い隠してしまう。


 だから私は、自分を蔑むことで自分を守り続けてきた。


 見放されるよりは、見下されるほうがマシだと思ったから。

 これは全て今に始まったことではないと、そう言い聞かせてきた。

 私のことを信じてくれる者など、誰も居ないのだと。


「俺はこの目で見たものだけを信じる。くだらない噂話を信じるほど、俺は間抜けではない」


 その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。

 アルセイン皇子の淡い水色の瞳が、私のことをまっすぐに見据えている。今も、あの時も。


 誰もが私から目を逸らそうとした。

 血の繋がった家族である父すら私を視界に入れてはくれなかった。

 皆、私のことを見てはくれなかった。


 そんな私のことを、まっすぐに見て、向き合おうとしてくれている。


 こんなふうに誰かに見つめられたのは、いつぶりだろうか。……いや、もしかしたら生まれて初めてのことかもしれない。


「なぜ泣くんだ?」


「だって……だって、あなたが……」


 ワケが分からない。

 今までに感じたことのない暖かさを感じて、胸が苦しくて、勝手に涙があふれ出した。


 泣いてはいけない。こんなにも情けない姿を見せてはいけない。

 

 そう何度もくり返し心の中で唱えようとも、勝手に流れ落ちてくる涙は止まることを知らない。

 私は必死になって目元を袖でぬぐう。


「俺のせいで泣いているのか?」


 その言葉と同時に、アルセイン皇子の手がそっと私の頬に触れた。

 私は恥ずかしさと戸惑いで、どうにかなってしまいそうだった。


「わ、私はテレジアの姫です。最低最悪な悪女なんです。私に優しくしたところで、あなたに何の利益もありません!」


「俺が迎えた妻はお飾りの姫じゃない。ルクレティア、君だろう」


 姫じゃなくて、私自身を。


「……姫?」


 誰にも望まれず、誰からも必要とされなかった。

 お飾りの姫として、ただ在るだけの存在だった私に……どうしてそんなに優しい言葉をかけてくれるのよ。

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