19 小さな鳥籠
「ソルリアは海の近くにあることもあって輸入品が多く並んでいるんだ」
「だからこんなに見たことのない素敵な品が多いのですね……」
初めは視察に来たのだから遊んでいる暇はないと断ろうとしたが、「全てを知るためには内側から」とか、「街のことを知るのも皇子妃としての仕事」だとか、彼の上手い口車に乗せられてしまった私は、皇子に連れられるがままソルリアの街を堪能していた。
煌びやかな装飾品が並ぶ通り、香ばしい匂いの漂う出店、手刺繍の布が店頭に吊るされた仕立屋。テレジア王国の街とはまた違う美しさを持つ賑やかな街だった。
「あっ……」
ふと、ある一軒の店で足が止まる。
「気になるのか?」
突然立ち止った私が気になったのか、アルセインが問いかけてきた。
「はい。少し寄っても構いませんか?」
「ああ」
アルセインの了承を得ると、私は店の扉を開いた。
店内には、壁沿いにずらりと並んだ鳥籠があった。
ライトブルー、エメラルドグリーン、ローズピンク――まるで宝石のような艶やかな小鳥たちが、ピッピッと愛らしい鳴き声を上げている。
私の視線は、その中の一羽に引き寄せられた。
小ぶりで、くちばしの先まで柔らかなレモンイエローに染まった小鳥。
「見る目がありますね、お嬢様!」
暫くの間その小鳥を見つめていると、店主と思われる男が手をすり合わせながらこちらへやってきた。
「そちらはテレジアン王国より仕入れた小鳥です。ここにいる小鳥は、すべてがテレジアンより仕入れたものなので、とても珍しい貴重な鳥たちですよ!」
「まあ、そうなんですね」
私は店主に向かって微笑んだ。
この小鳥たちがテレジア王国から仕入れられたもの、そんなことはもちろん知っている。だから、この店に入りたいと思ってしまったのだ。
かわいそうに、こんなに小さな檻に閉じ込められて。
私の髪色とよく似た色の小鳥。
小さな鳥かごに閉じ込められた、ちっぽけな存在。
「鳥が好きだったとは知らなかったよ」
「……さあ。好きかは分かりませんが、見ていて悪い気もしません」
鳥かごに手を近づけると、小鳥は私に警戒することなくぴょんぴょんと跳ねながら寄ってきて、「ピッピッ」と愛嬌を振りまいた。
自分を閉じ込めた人間に、こんなにも愛らしい姿を見せるとは、なんて愛おしいのだろうかと思わず頬が緩む。
「気に入ったのなら連れて帰るか?」
「いえ、今日は視察に来ただけですし、連れて帰ったところで私に小鳥の面倒をみれる気もしませんから」
そう言いながら、小鳥のいる鳥かごにもう一度目を落とす。
その小さな命は、私をじっと見上げていた。
「鳥の世話を自分でするつもりだったのか? やはり君は俺の想像をはるかに超えてくるな。世話なら大勢いるメイドに任せて、君は愛でるだけでいいんだ」
「ダメですよ。たとえ小さかったとしても、命を迎えた以上、この子は私の子になるんです。自分の子にそんな寂しい思いはさせられません」
可愛い子。良い飼い主が見つかればいいわね。
「さあ、行きましょう。アル」
「…………」
「アル?」
アルセイン皇子は少しだけ目を見開くと、どこか考え込むように私を見つめていた。
繰り返し名前を呼ぶと、彼は我に返ったように小さく笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな。行こうか、ティア」
私は彼の顔をじっと見つめると、頭に浮かんだ不可解な感情を振り払うように、笑みを返した。
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鳥籠の店を後にした私たちは、そのままソルリアの街をゆっくりと見て回った。
果実とミルクを発酵させたという珍しい飲み物を味わい、港町ならではの新鮮な海産物が並ぶ市場を覗く。
アルセイン皇子は幼い頃、この街を何度か訪れたことがあるらしい。
道を歩きながら、この街の歴史や名物を一つひとつ丁寧に教えてくれた。
「アリスに似合いそう……」
アリステア皇女への土産を探して立ち寄った雑貨店で、私はサテン製のリボンが並ぶ棚の前に立ち止まった。
中心に小さな宝石があしらわれたもの、レースを重ねた可愛らしいもの、細いリボンを幾重にも束ねた華やかなもの。
どれも彼女の淡いピンク色の髪によく映えそうな、美しい品ばかりだった。
「妹と随分仲良くしてくれているみたいだな?」
どれにしようか。
それとも全部買ってしまおうか。
真剣に悩んでいると、隣で棚を眺めていたアルセイン皇子が静かに口を開いた。
「私が皇女と仲良くしてはダメなのですか?」
「そんなことはない。君にはとても感謝しているよ。近頃のアリステアは本当に楽しそうにしていると報告がいくつも入っている。すべて君のおかげだ」
「そんなことはありません……私のせいでカルロッタ嬢と仲が悪くなってしまったようなので、申し訳なく思っているのです」
「前にも言ったが、君はカルロッタのことを気にする必要はない。あれは……俺の責任でもあるんだ」
私は彼の横顔を見つめる。
あの一件が彼の責任であるはずがないのに……まあ、これ以上深掘りしても面倒な展開に話が進むだけね。
私はただ笑みを浮かべ、その話題を流すことにした。
「では、私はこのリボンを買ってきますね」
一番気に入った水色のリボンを手に取り、店の奥へ向かおうとした、その時だった。
「待て」
「はい?」
「どこへ行くつもりだ」
「どこへって……あっ」
もしかしてこの皇子様は、物を買う時、お金を払うという概念をご存じないのではないのだろうか。
私の白ブドウジュースを盗み飲みした前科のある彼なら、十分にあり得る話だ。
「実はですね、お店に並ぶ商品を持ち帰るためには、お金を払わないといけないのですよ」
「……君は俺を何だと思ってるんだ?」
「あれ、違いましたか?」
心底驚いて見上げると、アルセイン皇子は深々とため息をつき、前髪をかき上げながら額を押さえた。
「夫を連れておいて、自分で会計へ向かおうとする妻は、世界中探しても君くらいだろうな」
何よ、そういうことだったの?
「これは私からアリスへの贈り物ですから。私が自分で買いたいんです」
「そういうのなら仕方ないが……君はもっと豪快になるべきだな」
「私にそんなことを言うのは、あなたくらいですよ」
傲慢、貪欲、それ系の言葉はもう数えられないくらい言われてきた。
それに対し、今更何かを思うことはなくなったが、彼の口から発せられる言葉だけは私を複雑な気持ちにさせる。
ヴァレンツィアにきてから、もう二か月ほど経った。
私も、自分自身が気付かぬうちに、何か心境の変化でもあったのだろうか?
「皇子妃として与えられている予算も、ほとんど使っていないそうじゃないか」
「ちゃんと必要なことに使っています。ただ、使いきれないくらい多すぎるのです」
「あれくらい、微々たる金額だろう?」
さすがは経済に潤うヴァレンツィア帝国とでもいうべきだろうか。
お父様は「ただの成金帝国」だと言っていたけれど、私は成り上がりの国に偏見を持つような考えは浮かばなかった。
もちろん、どんなことであろうと私の父が一番正しいのは前提として……自らの知恵で上り詰めたこの国に、私は心から尊敬している。
「もっと豪快になってみるんだ。ふざけた噂のとおりに、夫である俺を、君の望み通りに好き勝手顎で使ってみてもいいだろうな」
そう言うと、アルセイン皇子は悪戯げに口角を吊り上げた。
まったく、どこまでが本気なのか、まったく分からない人だ。
私は再び棚へ目を向け、明るい黄色のリボンを手に取った。
「あっ、これなんかアリスによく似合うと思いません……」
言いかけて、私は言葉を止めた。
隣に立っていたはずのアルセイン皇子が、じっと一点を見つめたまま動かなくなっていたからだ。
一体何をそこまで見つめているのかと、私も続いて視線を向けると、そこには二十代後半と思われる女性がいた。
艶やかな黒髪を結い上げ、真紅のルージュを引いた唇が目を引く、大人の色気を纏った女性。
彼女は私の見ていたリボン棚の隣――香水が並ぶ棚を熱心に眺めていた。
「……アル」
私は彼の袖を軽く引き、こちらへ向き直らせる。
そのまま隣の棚にずらりと並んだ香水瓶を指差すと、顎を突き上げ、傲慢に言い放つ。
「この棚にある品をすべて私に買ってください」




