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悪名高いお姫様の政略結婚  作者: にゃみ3
第二章 泡となって消えてゆく

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16 人魚姫


「まるで人魚姫のようだな」


「人魚姫……ですか?」


 彼の口から発せられた生まれて初めて聞く言葉に私は聞き返す。


「ヴァレンツィアに古くから伝わる昔話さ」


 そう言うと、アルセイン皇子は、その「人魚姫」というものについて丁寧に説明してくれた。


 上半身は人間で、その下は魚の尾を持つ美しい女の伝説。

 夜になると海の岩場に現れ、真珠の髪飾りをつけた美しい女が甘い声で人々を誘惑し、金銀財宝を奪い取っていくという。


 私は話を聞いていて、口を閉じるのも忘れてしまうほど困惑してしまった。


 真珠の髪飾りに金銀財宝を奪い取っていく? 

 私がその人魚姫とやらに似ているだなんて、さすがにちょっとタイミングが悪いんじゃないの? 


 まるで私が贅沢に着飾って、男を誘惑し、贈り物を貢がせる悪女みたいじゃない。

 あなたは私にプレゼントを贈った張本人だというのに!


「……それは皮肉ですか?」


「まさか。ただ真珠に包まれた君を見て、ふと思い出しただけさ」


「そうでしょうか? 私には、私があなたを誘惑して贈り物を奪わせたと言いたいように聞こえたのですが」


「君が俺を誘惑していたとは、全く気づかなかったよ」


「…………」


 悪びれる様子もなく微笑むアルセイン皇子を見つめながら、私は複雑な気持ちで口を閉ざした。


 私があなたを誘惑したところで、あなたはピクリとも反応しなさそうですけどね。


 先日、彼と共にこっそりと城を抜け出してチョコレートクッキーを食べに行ったことを思い出す。


 私は未だ、道端に居たグラマラスな女性に目を奪われていた情けない夫のことを忘れていない。

 真剣な眼差しで女性に見惚れていた、マヌケな男の横顔を。


 どうせ私はまだまだ子供で幼稚な姫よ。

 悪かったわね。あなたが大人な女性がタイプだったとは知らなかったわ。


 私を信じてくれて、私の好物であるチョコレートクッキーを食べに連れて行ってくれたあなたを少しは見直していたというのに。


 帰り道に夫のそんな姿を見てしまった私は、怒りに任せてしつこく話しかけるアルセイン皇子を無視し続けた。


 ……思い出すと、何だか自分がバカみたいに思えてきた。


「コホンッ。今日はこんなことを言いに来たのではありません。あなたにお礼を言いにきたのです」


 いけない、いけない。我を忘れてはダメよ、ルクレティア。いつものように彼のペースに飲まれてはダメ。


「お礼?」


「はい、あの沢山のプレゼントのことです。どうして突然私にあんなにも沢山の贈り物を贈ってくれたのですか?」


「あれは謝罪の意志表明のようなものだ」


「謝罪……?」


「ああ、俺が戦地から帰るのが遅くなり、君を一人にさせてしまったせいで機嫌を損ねてしまったようだからな」


 一瞬、何のことか分からずポカンとしてしまう。

 けれど、すぐに私たちが初めて会ったあの夜のことを思い出した。


『ひどいと思わない? 私を一人ぼっちにさせるなんて!』


 酔った勢いで口にした、あまりにも子どもっぽい文句。

 一気に顔に熱が登る。きっと今、私の顔は情けないほど赤く染ってしまっていることだろう。


「ところで、ここへ来る途中で誰かに会わなかったか?」


「……いえ、特には」


 本当は、ここへ来る前にセリフィア侯爵と会ったけれど……。

 わざわざ話すほどのことでもないし、言ったところで彼がどう思うかもよく分からない。


 私は小さく首を振って、話題を流す。


「素敵な贈り物をありがとうございました。大切にします」


 謝罪を口にすることはあっても、感謝を伝えることにはまだ慣れていない。

 たったそれだけの言葉なのに、不思議なくらい胸が落ち着かなかった。


「喜んでもらえたのなら何よりだ」

 

「……では、私はこれで失礼します」


 名残惜しさにも似た、言葉では言い表せない感情を胸の奥へ押し込め、私は踵を返した。


 相手が何を考え、何を望んでいるのか。

 人の顔色を伺うことは、生きる上でとても大切なこと。


 私にとって息をするのと同じくらい当たり前のことだった。

 まして相手が皇族ともなれば、その一挙手一投足に意味が宿る。


 だからこそ身分の高い者ほど自身の思考を覆い隠すことに長けていたが、それを見抜く技術に長けているのがこの私だった。


 サファイアのように澄んだ瞳の奥で、彼は何を思い、何を望むのか。


「ルクレティア」


 柔らかな声に呼び止められ、私はゆっくりと振り返る。


「はい? まさか、まだ皮肉を言い足りないのですか?」


 少しだけ棘を含ませて返すと、アルセイン皇子は小さく笑うこともなく、真っ直ぐ私を見つめた。


「アクセサリーも、ドレスも、すべて俺のために着飾ってくれたのだろう? 似合っているよ」


 そういうあなたの方こそ、私を誘惑しようとしているんじゃないでしょうね?


 思わず、そう聞きたくなってしまうほど彼の表情が。私のローズピンクの瞳いっぱいに映し出されるその姿が――。


「……知っています」


 そんな可愛げのない言葉を残すと、私は早々に部屋を後にした。


 慣れない胸の高鳴りと、不自然に熱が集まる頬に知らんぷりをして。




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・




 いけない……。


 アルセイン皇子のもとへ向かう前、セリフィア侯爵に思いがけず足止めを食らってしまったせいで、予定より随分と遅くなってしまった。


 胸の内に焦りを抱えたまま、私はドレスの裾を摘み上げ、できる限り足早に宮殿の廊下を進んでいく。


「遅くなってしまい、申し訳ございません。お待たせし……わっ!」


 扉を開けた瞬間、勢いよく飛び出してきた小さな影。


 淡いピンク色の髪がふわりと舞い、空色の瞳を輝かせた少女が私の胸に飛び込んできた。


 衝撃に体が揺れ、一歩足が後ろに下がる。

 よろめく私の身体にお構いなしで、細く華奢な腕が首にきゅっと巻きついてくる。


「お姉さま、会いたかったです!」


 ふわりと香る薔薇の匂いと、愛らしくも可憐な少女の声。


「皇女、びっくりしました……」


「もう、お姉さまったら。私のことはアリスって呼んでくださいと言ったではありませんか」


 彼女は頬を膨らませ、不満そうに私を見上げると、すぐにぱあっと明るく微笑んだ。



 一体全体、どうしてこうなってしまったのだろうか……。



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