15 輝かしい贈り物
「見てください、この煌びやかな黄金の髪飾りを! まあまあ、なんて美しいのでしょう!」
窓から差し込む陽光を受け、繊細な細工がきらきらと輝く。
王家御用達の宝飾工房が手掛けた新作というそれは、中央に大粒のサファイアがはめ込まれていた。
その深く澄んだ青は、見ているだけで引き込まれそうな美しさを放っていた。
「こちらの薔薇のブローチも素晴らしいですね。本物のお花のようです」
「ダイヤがあしらわれた花弁なんて生まれて初めて見ましたわ」
「本当に見事なものですね……」
歓声を上げながら宝飾品を手に取っているのは、私付きのメイド二人だった。
宝石やアクセサリーの整理をしている深いネイビーブルーのさらりとした髪を一つにまとめた、涼しげなライラック色の瞳が印象的なのが、ヴィオレッタ。
「これも、これも! どれもルクレティア様にきっとお似合いになりますね!」
ライトブラウンの髪をサイドでお団子にしており、ぱっちりしたエメラルドグリーンの瞳が特徴的なよく笑ってよく喋る感性豊かな子がフレイアだ。
「それなのに……どうしてルクレティア様はお菓子ばかり召し上がっているのですか!」
先ほどまで宝石に見惚れて頬を紅潮させていたフレリアは、今度はぷくっと頬を膨らませて私を見た。
「私はこれが一番気に入ったの」
そう言って摘まみ上げたのは、甘い香りを漂わせるチョコレートクッキーだった。
宝石箱にも負けないほど豪華な贈り物に囲まれながら、私は一人、優雅なお菓子の時間を楽しんでいる。
「ルクレティア様ったら、本当に謙虚なお方なんですから……」
「本当です! ルクレティア様にあんな噂が流れてしまっていることが信じられませんわ。宝石やドレスよりもチョコレートクッキーをお選びになる姫様がいるだなんて!」
褒めているのか、貶しているのか。
首を傾げながら、私はまた一枚、サクッと心地よい音を立ててクッキーを齧った。
今朝、目を覚ました時。
部屋の中は、まるで宝石箱をひっくり返したような光景になっていた。
豪華なドレスが詰められた箱が幾つも積み重ねられ、純白の靴には繊細なリボンが結ばれている。
刺繍入りのシルクの手袋。真珠が星屑のように縫い込まれた瑠璃色のベルベットドレス。色とりどりの花束に、煌びやかな宝石の数々。
そのすべてが――アルセイン皇子から届けられた贈り物だった。
「まあ、確かに素敵かもしれないわね」
これまでだって、父へ取り入ろうとする貴族や、友好を示したい他国の使者から、数え切れないほどの贈り物を受け取ってきた。
豪華な宝石も、美しいドレスも、正直なところ見飽きている。
けれど、一人の人間からこんなにも贈り物をされたのは生まれて初めてのことだった。
「ヴィオレッタ、フレリア。着替えの手伝いをしてくれる? あなたたちがこの中から適当に選んでちょうだい」
「ルクレティア様……!」
「こんなに贈り物をいただいておいて、お礼を言いに行かないわけにもいかないでしょ。ただ、それだけのことよ」
憧れに満ちた眼差しを向けてくる二人から顔を背け、ぶっきらぼうに言い放つ。
すると、二人は花が咲いたように表情を明るくし、声を揃えて返事をした。
「すぐにご用意いたします」
「こんなに沢山あると悩んでしまいますね。どれもこれも、ルクレティア様にきっとお似合いになりますから」
「やはり愛らしいルクレティア様には瞳と同じ色の、このローズピンクのドレスがお似合いになりますわ」
「当然お似合いになると思いますが、私はこちらの水色のドレスも捨てがたいと思います!」
「いいえ、こっちよ」
「いいえ、こちらです!」
さっそく言い合いを始めた二人はぴたりと動きを止めると勢いよくこちらを振り向いた。
「ルクレティア様はどちらがお好きですか!」
「ルクレティア様はどちらがお好きですか!」
そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。
前は、ドレス選びに夢中になるこの子達を見ていると、 何の憂いもなく笑い合えることが羨ましくて、そんな彼女たちが少しだけ憎らしくもあったけれど……。
自然と口角が上がる感覚。
未だに慣れない、この胸の温かさ。
「もう、どれでもいいって言ってるじゃない」
呆れたようにため息をつきながらそう返すと、二人は顔を見合わせて楽しそうに笑い合った。
なぜか今は、騒がしいこの子達を見ているのも悪くない気がした。
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ウェーブがかった金髪とローズピンクの瞳に良く似合うクリーム色のドレス。
胸元と袖口、スカートと腰元にリボンが幾重にもあしらわれていて、縫い込まれた無数のパールが歩くたびに上品な輝きを放っている。
足元には、ドレスと揃いの純白の靴。
花の刺繍が施された靴先には小さなリボンが結ばれていた。
右側の髪は丁寧に編み込まれ、黄金とパールの髪飾りで留められている。
「まるで天使のようにお美しいです!」
隣で両手を胸の前に組み、うっとりと目を輝かせるフレリア。
その言葉に、今回ばかりは素直に頷きたくなるほどの出来栄えだった。
フレリアとヴィオレッタのおかげで、つい先ほどまで寝起きのままチョコレートクッキーを頬張っていた姿など、もうどこにも残っていない。
会ったこともない母の肖像画にどんどん似ていく自分の姿を見ると、どうしても複雑な気持ちになる。
母と瓜二つの私の姿を見るたび、お父様は何を考えていたのだろう……と。
「おや、テレジアンの……」
その思考を振り払うように歩き出した矢先、廊下の角で不意に声を掛けられた。
顔を上げると、そこには輝く銀髪を持つ男性が立っていた。
深い緑の瞳がこちらを見下ろしている。
「ごきげんよう、ルクレティア妃。お噂はかねがね伺っております」
銀の髪に、緑の目。
嫌でもこの人間が誰なのか、誰の父親なのか、すぐに分かってしまう。
はあ、親子揃って美形なのね。
「ごきげんよう、セリフィア侯爵。まあ、どんな噂ですか? 気になります、ぜひ私に教えてください」
「それはもちろん、目も当てられないほど輝かしく、お美しい姫君だという噂ですよ」
右手を胸へ添え、非の打ち所のない礼を取る侯爵。
物腰は柔らかく、笑顔も穏やか。
さすがはカルロッタ・セリフィア嬢の父というべきか、その立ち居振る舞いには一切の隙がなかった。
「こちらにいらっしゃるということは、皇子殿下に御用がおありで? もしや、そのお美しいお召し物は殿下にいただいたものでしょうか?」
「ええ、実はそうなのです」
なんてわざとらしいのかしら。 皇子が私に山ほど贈り物を寄越したことくらい、とっくに耳に入っているのでしょう?
傲慢なテレジアンの姫が、自国の大切な皇子に無理やりプレゼントを買わせたとでも思っているのかしら。
私の役目は、お父様の命令に従い、この政略結婚を続けること。
そのために、私はなるべく目立たず、大人しくしていたいの。
この結婚を続けられるのなら、あなたたちにどんな噂を流されようが、バカにされようが構わないってことよ。
それなのに、あなたたち親子って本当に腹立たしいのね。
どこまで私のことが嫌いなの?
「皇子に素敵な贈り物をしていただいたのでお礼に伺おうかと思いまして」
「ほう……あの噂は本当だったのですね」
顎へ手を添え、小さく何事かを呟く侯爵。
聞こえなかったふりをして、私はにっこりと微笑み返した。
「ヴァレンツィア帝国は素晴らしい帝国ではありますが、テレジアン王国に比べるとどうしても華やかさにかけてしまうでしょう。もちろん王国で華々しくお過ごしになったルクレティア妃にとって、この国は少々退屈ではありませんか?」
「私はここへ来てすぐにヴァレンツィアの虜になりましたわ。皆さんとてもお優しくて、私はここでの生活を気に入っているんです」
「そうでしたか。皇子と仲睦まじく過ごされているのでしたら、私も安心いたしました。何せ私は、皇子が幼き頃から見守っておりましたので。昔は、娘のカルロッタとよく二人で遊んでいたものです」
「ご心配いただきありがとうございます。まあ、そうだったのですね」
聞きなれた言葉の数々。
朝から宝石に囲まれて、美味しいチョコレートクッキーを食べて。
今日はヴァレンツィアへ来てから一番気分のいい朝だったというのに。
全部、あなたのせいで台無しじゃない。
「ルクレティア妃は今、とてもお幸せなのでしょうね」
まるで神父のようなことをいうのね。
私が今幸せか。あなたにとっての幸せがなんなのか、私には分からないからどう答えるべきなのかは分からないけれど。
その質問は今までも何度も受けてきた。
これで幸せか、これで満足か。そんな感情をいちいち考えているほど私は暇ではないの。
「はい、私は幸せですよ」
私が求めることはただ一つ。
「だって、すべては私の偉大なる父、テレジアン国王陛下が決められたことなのですから」
私の持つすべてを捧げても構わない。
ただ一言、「よくやった」と私を褒めてほしい。
私の努力を、私の存在を認めて欲しい。
そのとき、私は初めて幸せだという感情を得ることができるだろう。
「さすがはテレジアンの姫君。噂通り、聡明で美しく、お優し――」
「ところで、侯爵は随分と私の噂に詳しいようですね」
言葉を遮るように微笑み返す。
本当に、見れば見るほど親子そっくり。
銀色の髪も、深い緑の瞳も、そのムカつく性格も。
だけど、そのおかげでどう対応するべきか分かるから有難いわ。
「どうやら、カルロッタ嬢は侯爵似のようですわ」
「…………」
「あら? 私は何か間違ったことを言ってしまったでしょうか」
一拍の沈黙。
侯爵の笑顔が、ほんの少しだけ硬くなったような気がした。
「……先日、私の娘がルクレティア妃に無礼を働いたと聞きました。私の躾不足です。大変失礼いたしました。可愛い一人娘だからといって、少々甘やかしすぎたようです」
まあ、引きの良さは侯爵の方がしっかりしていたみたいね。
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「テレジアン王国からの援軍もあり、暫くは安心できるでしょう。現在オルテッサは復興作業も順調に進んでいるようです」
「となると、我々が今心配すべきなのはソルリアの件ですが……」
「ソルリアでの事件は、このまま有耶無耶にはできない。こうなれば俺が直々に赴くべきだと思うのだが」
「その必要はありません。皇子自ら危険な地へ向かわれるなど――」
「しかし、このまま放置すれば状況はさらに悪化す――」
そこで、不意にアルセイン皇子の言葉が途切れた。
書類へ向けられていた青い瞳がゆっくりと持ち上がり、部屋の入口へ向けられる。
その視線と、ぱちりと目が合った。
「……ルクレティア?」
名を呼ばれた瞬間、全身がびくりと震えた。
ど、どうしよう……。
アルセイン皇子が居るであろう執務室に向かうと、そこにはアルセインの他に二人の男性がいた。
少しだけ開かれていた扉の隙間からその様子が見え、すぐに立ち去ろうとしたが、会話の中で「テレジアン」という言葉が聞こえ、私はその場から動くことができなくなってしまった。
彼の声に反応するように、背を向けていた二人もこちらを振り返る。
私は反射的に一歩後ろへ下がった。
「ご、ごめんなさい、盗み聞きをしていたわけでは……」
「これはこれは、ルクレティア妃ではありませんか! さあ、そんな所で立っていないで中へどうぞ」
勢いよく扉を開いたフレデリック公子は、いつもの人懐っこい笑みを浮かべながら大きく手を広げた。
「ルクレティア妃、今日は一段とお美しいですね!」
「ありがとうございます、公子……」
以前の一件以来、フレデリック公子は妙に距離が近い。
その馴れ馴れしさには少々戸惑うものの、場の空気を明るくしてくれる彼の笑みには自然と安心を覚えてしまう。
助かったと、お礼でも言うべきだろうか。
「ごめんなさい、大切なお話中でしたよね? また日を改めて伺います」
「いや、構わない。丁度話も終わったところだ」
「そうですよ、ルクレティア妃。なあ、そうだろう?」
「は? 何言ってんだよまだ話は終わってな――」
「ほら、皇子と皇子妃の邪魔をするな。行くぞ」
「んんっ!」
ワインレッドの髪をした青年が抗議の声を上げかけた瞬間、フレデリック公子はその口を塞ぎ、半ば引きずるようにして部屋の外へ連れ出していく。
バタン、と扉が閉まる音が執務室に響いた。
……あの人は、確か。
フレデリック公子と一緒にいた彼を思い出そうと閉じられた扉を見つめていると、不意に静かな声が耳へ届く。
「まるで人魚姫のようだな」
……人魚姫?




