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悪名高いお姫様の政略結婚  作者: にゃみ3
第二章 泡となって消えてゆく

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15 人魚姫


「まるで人魚姫のようだな」


「にんぎょ……姫?」



 彼の口から発せられた、生まれて初めて聞く言葉に私は聞き返す。



「ヴァレンツィアに伝わる昔話さ」



 そう言うと、アルセイン皇子は丁寧にその「人魚姫」というものについて丁寧に説明してくれた。

 

 上半身は人間で、その下は魚の尾を持つ美しい女の伝説。

 夜になると海の岩場に現れ、真珠の髪飾りをつけた美しい女が甘い声で人々を誘惑し、金銀財宝を奪い取っていくという。


 私は話を聞いていて、口を閉じるのも忘れてしまうほど困惑してしまった。


 真珠の髪飾りに金銀財宝を奪い取っていく? 私がその人魚姫とやらに似ているだなんて、さすがにちょっとタイミングが悪いんじゃない? 


 私を贅沢に飾り立てて、言葉巧みに人の心を操る女だとでも言いたいのだとしたら、それはあまりにも心外だった。


 だって、あなたは私にプレゼントを贈った張本人だというのに!



「……それは、皮肉ですか?」


「まさか、ただ真珠に包まれた君を見ていて、ふと思い出しただけさ」


「そうでしょうか? 私には、私があなたを誘惑して贈り物を奪わせたと言いたいように聞こえたのですが」


「君が俺を誘惑していたとは、全く気づかなかったよ」


「…………」



 ニッコリと穏やかな笑みを浮かべるアルセイン皇子に、私は複雑な感情を抱きながらも目線を逸らさず彼を見つめ続けた。


 私があなたを誘惑したところで、あなたはピクリとも反応しなさそうですけどね。


 先日、彼と共にこっそりと城を抜け出してチョコレートクッキーを食べに行ったことを思い出す。


 私は未だ、道端に居たグラマラスな女性に目を奪われていた情けない夫のことを忘れていない。何やら真剣な眼差しで女性に見惚れていた、マヌケな男の横顔を。


 どうせ私はまだまだ子供で幼稚な姫ですよ。ごめんなさいね、あなたは大人っぽい女性がタイプだったなんて知らなかったわ。


 私を信じてくれて、私の好物であるチョコレートクッキーを食べに連れて行ってくれたあなたのことを、少しは見直していたというのに。


 帰り道に夫のそんな姿を見てしまった私は、怒りに任せてしつこく話しかけるアルセイン皇子を無視し続けた。


 ……なんだか思い出すだけで、自分がバカみたいに思えてきた。



「コホンッ、今日はこんなことを言いに来たのではありません。あなたにお礼を言いに来たのです」



 いけない、いけない。我を忘れてはダメよ、ルクレティア。

 今日は言い合いをしに来たわけじゃない。いつものように彼のペースに飲まれてはダメ。



「お礼?」


「はい、あの沢山のプレゼントのことです。どうして突然私にあんなにも沢山の贈り物を贈ってくれたのですか?」


「あれは謝罪の意志表明のような物さ」


「謝罪……?」


「ああ、俺が戦地から帰るのが遅くなり、君を一人にさせてしまったせいで機嫌を損ねてしまったようだからな」



 一瞬、何のことか分からずポカンとしてしまう。

 けれど、すぐに私たちが初めて会ったあの夜のことを思い出した。


『ひどいと思わない? 私を一人ぼっちにさせるなんて!』


 一気に顔に熱が登ったのを感じる。きっと今、私の顔は赤く染ってしまっていることだろう。

 酔った勢いで言ってしまったあの言葉を、彼は覚えていたのだ。



「メイドを呼んでくるからここまで少し待っていろ。お茶を用意させる」


「あっ、本当に長居するつもりはないのでお構いなく。この後用がありますので」


「? そうか」



 彼は手に持っていた書類を置くと、軽く息を吐いて、首元のネクタイを軽く緩めた。



「そう言えば、ここへ来る前に誰かに会ったか?」


「……いえ、とくには」



 本当は、ここへ来る前にセリフィア侯爵と会ったけれど……。わざわざ話すほどのことでもないし、言ったところで彼がどう思うかもよく分からない。


 私は小さく首を振って、話題を流した。



「素敵な贈り物をありがとうございました、大切にしますね」



 誰かに謝罪の言葉を向けることはあっても、感謝の言葉を口にするのはあまり慣れていないから変に緊張してしまう。



「喜んでもらえたのなら何よりだ」

 

「……では、私はこれで失礼します」



 言葉に言い表せれない不可解な感情を前に踵を返して彼に背を向けると、出口へ向かって歩き出した。


 人の顔色を伺うことは、生きる上でとても大切なことだ。

 相手が何を考えて、何を自分に求めているのか。


 貴人……それも、皇族のような人間となればその意志は明確に定められている。


 だからこそ身分の高い者ほど自身の思考を覆い隠すことに長けていたが、それよりも見抜く技術に長けているのがこの私だった。


 誰も、好き好んでこんな才を手に入れたわけではない。もちろん、嫌に思うわけでもないけれど。


 そのサファイアのように青い瞳は何を考えているのかしら?

 何を考え、求め、私を見据えているのか。



「ルクレティア」



 先ほど入って来た扉のドアノブに手をかけたその時、背後から名前を呼ばれ、くるりと振り返る。



「はい? まさか、まだ皮肉を言い足りないのですか?」



 少しだけ棘を含ませた返しに、アルセイン皇子は真っ直ぐに私を見て言った。



「アクセサリーも、ドレスも。全て俺のために着飾って来てくれたんだろう? 似合っているよ」



 そういうあなたの方こそ、まさか私を誘惑しようとしているんじゃないでしょうね? 思わず、そう聞きたくなってしまうほど彼の表情が。私のローズピンクの瞳いっぱいに映し出されるその姿が――。



「……知っています」



 私は、そんな可愛げのない言葉を残してその場を後にした。

 慣れない胸の高鳴りと、不自然に熱が集まる頬に知らんぷりをして。




∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴




 いけない……アルセイン皇子の元に行く前にせリフィア侯爵に足止めを食らっていたせいで予定よりも遅くなってしまった。


 焦る気持ちを胸に抱えながら、私はドレスのスカートを掴み上げて、できるだけ足早に宮殿の廊下を進んでいく。



「遅くなってしまい、申し訳ございません。お待たせしてしま……わっ!」



 扉を開けた瞬間、勢いよく飛び出してきた小さな影。


 淡いピンク色の髪がふわりと舞い、空色の瞳がきらきらと輝く少女が私の胸元に一直線に飛び込んできた。


 衝撃に体が揺れ、一歩足が後ろに下がる。

 よろめく私の身体にお構いなしで、細く華奢な腕が首にきゅっと巻きついていた。



「お姉さま、会いたかった!」



 ふわりと香る花のような匂いと、愛らしくも可憐な少女の声。



「遅くなってすみません、皇女……」


「もう、お姉さまったら。私のことはアリスって呼んでくださいって言ったじゃないですか!」



 あっけらかんと笑い、再びぎゅうっと抱きついてくる彼女の姿に、私はため息をつくのをぐっと堪えた。


 一体全体、どうしてこうなったのだろうか……。

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