14 輝かしい贈り物
「見てください、この煌びやかな黄金の髪飾りを! まあまあ、なんて美しいのでしょうか!」
光を受けて、繊細な細工がきらきらと反射する。
王家御用達の宝飾工房による最新作らしく、中央に嵌めこまれたサファイアは見ているだけで引き込まれそうな美しさを放っていた。
「こちらの薔薇のブローチも素晴らしいですね。本物のお花のようです」
「ダイヤがあしらわれた花弁なんて生まれて初めて目にしましたわ」
キャッキャと楽しげに声を上げているのは、私に仕えているメイドの二人。
「本当に見事なものですね……」
宝石やアクセサリーの整理をしているのが、ヴィオレッタ・アメシア。
深いネイビーブルーのさらりとした髪を一つにまとめた、涼しげなライラック色の瞳が印象的な子。
「これも、これも! どれもルクレティア様にきっとお似合いになりますね!」
ニコッと明るく笑ったメイドは、フレリア・セピアーナ。
ふわふわのライトブラウンの髪をサイドでお団子にしており、ぱっちりしたエメラルドグリーンの瞳が特徴的な、よく笑ってよく喋る感性豊かな子。
二人とも、私がヴァレンツィアに来てからずっと傍で仕えてくれているメイドだ。
「それなのに……どうしてルクレティア様はお菓子ばかり召し上がっているのですか!」
頬を赤く染めてうっとりとした顔を浮かべていたかと思えば、すぐに表情を切り替えて、ムスッと頬を膨らませたフレリア。
この子は面白いくらいにコロコロと表情が変わるのね。
「私はこれが一番気に入ったの」
指先でつまんで見せたのは、甘い香りが漂うチョコレートクッキー。
先ほどからせっせと大量の贈り物の整理をしている二人を見ながら、私は少し早めのお菓子タイムを楽しんでいた。
「ルクレティア様ったら、本当に謙虚なお方なんですから……」
「本当です! ルクレティア様にあんな噂が流れてしまっていることが信じられませんわ。宝石やドレスよりもチョコレートクッキーをお選びになるお姫様がいるだなんて!」
褒めているのか、貶しているのか。
やや微妙な物言いで騒ぐ二人をよそに、私はまたひとつ、サクッと小気味よい音を立てて口に運ぶ。
朝、目を覚ますと部屋の中はまるで宝石箱をひっくり返したようになっていた。
ドレスの入った箱がいくつも積み上げられ、リボンがあしらわれた純白の靴や刺繍入りのシルク手袋まで揃っている。開け放った箱の中では、瑠璃色のベルベットドレスが丁寧にたたまれていて裾には小粒の真珠が星屑のように縫いこまれていた。
髪飾り、宝石、ドレス。そして、部屋いっぱいの花々。
その全てがアルセイン皇子からの贈り物だった。
「そうね。まあ、確かに素敵かもしれないわね」
今までだって、父に取り入ろうとする貴族や媚びを売りたい他国の使者からありとあらゆる贈り物を受け取ってきた。
豪華な品なんて、正直見飽きるほど。
けれど、一人の人間からこんなにも贈り物をされたのは生まれて初めてのことだった。
「ヴィオレッタ、フレリア。着替えの手伝いをしてくれる? あなたたちがこの中から適当に選んでちょうだい」
「ルクレティア様……!」
「そりゃあ、こんなに贈り物をいただいておいてお礼に行かないわけにもいかないでしょ」
憧れに満ちたような目でこちらを見つめる二人に、眉尻を下げてニッコリと笑顔を浮かべる。
すると、フレリアとヴィオレッタはパアッと顔を明るくさせて「はい!」と揃って返事をした。
「すぐにご用意いたします」
「こんなに沢山あると悩んでしまいますね。どれもこれも、ルクレティア様にきっとお似合いになりますから」
「やはり愛らしいルクレティア様には瞳と同じ色の、このローズピンクのドレスがお似合いになりますわ」
「こちらの水色のドレスも捨てがたいと思います!」
「いいえ、こっちよ」
「いいえ、こちらです!」
言い合いを始めた二人が、バッと私の方を向いて勢いよく声を揃えた。
「ルクレティア様はどちらがお好きですか?!」
「ルクレティア様はどちらがお好きですか?!」
そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。
前は、ドレス選びに夢中になるこの子達を見ていると、何も気にせずはしゃぐことができるこの子達が羨ましくて憎たらしいことを考えてしまったけれど……。
自然と口角が上がる感覚。
未だに慣れない、この胸の温かさ。
「もう、どれでもいいって言ってるじゃない」
今は、騒がしいこの子達を見ているのも悪くない気がした。
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ウェーブがかった黄金の髪とローズピンクの瞳に良く似合うクリーム色のドレス。
胸元と袖口、スカートと腰元にリボンが幾重にもあしらわれていて、いくつものパールが縫い込まれていた。
靴もドレスとお揃いのもので、純白の花の刺繍が入った靴先には上品なリボンがあしらわれている。
髪は右側の顔周りの髪を編み込んであり、黄金とパールの髪飾りで止められ、その下では耳元で揺れるパールのイヤリングがキラリと輝いていた。
「まるで天使のようにお美しいです!」
隣でうっとりと目を輝かせるフレリアがそう褒めてくれたが、今回ばかりはその通りだと頷きたくなるほどの出来栄えだった。
フレリアとヴィオレッタのおかげで、先ほどの寝起きでチョコレートクッキーを貪っていた姿からは想像が出来ないくらいに美しく着飾れている。
会ったこともない母の肖像画にどんどん似ていく自分の姿を見ると、どうしても複雑な気持ちになる。
母と瓜二つの、私の姿を見るたびお父様は何を考えていたのだろう……と。
「おや、テレジアンの……」
そんな考えを振り払うようにして歩き出すと、廊下の角でふいに声をかけられた。
顔を上げると、そこには輝く銀の髪を持つ男性が立っていた。深い緑の瞳がこちらを見下ろしている。
「ごきげんよう、ルクレティア妃。お噂はかねがね……」
銀の髪に、緑の目。
嫌でもこの人間が誰なのか、誰の父親なのか、すぐに分かってしまう。
はあ、親子揃って美形なのね?
「ごきげんよう、セリフィア侯爵。まあ、どんな噂ですか? 気になります、教えてください」
「それはもう、目も当てられないほど輝かしくお美しい姫君だという噂です」
右手を胸の前において礼を取りながら、ニコッと笑うセリフィア侯爵。
あの完璧なお嬢様、カルロッタ・せリフィア嬢の父らしく礼儀も物腰も抜け目がなかった。
「こちらにいらっしゃるということは、皇子殿下に御用が? もしや、そのお美しいお召し物は殿下にいただいたものでしょうか?」
「ええ、実はそうなんです」
なんてわざとらしいのかしら。きっと、皇子が私に大量の贈り物をしたことは知っているんでしょう?
傲慢なテレジアンの姫が、自国の大切な皇子に無理やりプレゼントを買わせたとでも思っているのかしら。
私の役目は、ただ父の言う事を聞いてこの政略結婚を続ることだけ。
そのためには、なるべく大人しくしていたいの。この結婚を続けられるのなら、あなたたちにどんな噂を流されようが、バカにされようが構わないってことよ。
それなのに、あなたたち親子って本当に腹立たしいのね。どこまで私のことが嫌いなのかしら。
「皇子に素敵な贈り物をしていただいたのでお礼をと思いまして」
「ほう……あの噂は本当だったのですね」
顎に手を添えて、ブツブツと小さく呟いたせリフィア侯爵に聞こえてないフリをしてニッコリと笑っておく。
「ヴァレンツィア帝国は素晴らしい帝国ではありますが、テレジアン王国に比べるとどうしても華やかさにかけてしまうでしょう。もちろん王国で華々しくお過ごしになったルクレティア妃にとって、この国は少々退屈ではありませんか?」
「まさか、そんなはずありません。私はここへ来てすぐにヴァレンツィアの虜になりましたわ。皆さんとてもお優しくて、私はここでの生活を気に入っているんです」
「そうでしたか。皇子と仲睦まじく過ごされているのでしたら、私も安心いたしました。何せ私は、皇子が幼き頃から見守っておりましたので。昔は、娘のカルロッタとよく二人で遊んでいたものです」
「ご心配いただきありがとうございます。まあ、そうだったんですね?」
聞きなれた質問の数々に、謎の対抗心を向けられる感覚。
ハア……本当に気分が悪いわ。
朝から煌びやかな贈り物に囲まれて、美味しいチョコレートクッキーを食べて、私はこの異国の地に来てから今までで一番気分が良かったのに。あなたのせいで台無しじゃない!
「それでしたら、ルクレティア妃は今お幸せなんですね?」
まるで神父のようなことをいうのね。
私が今幸せか。あなたにとっての幸せがなんなのか、私には分からないからどう答えるべきなのかは分からないけれど。
その質問は今までも何度も受けてきた。
これで幸せか、これで満足か。そんな感情をいちいち考えているほど私は暇ではないから。
「はい、私は幸せですよ」
私が考え、求めることはただ一つ。
「だって、全ては私の偉大なる父、テレジアン国王陛下が決められたことなのですから」
私の持つ全てを捧げてでも、なんだって構わない。ただ一言、「よくやった」と私を褒めて欲しい。私の努力を、私の存在を認めて欲しい。
そのとき、私は初めて幸せだという感情を得ることができるだろう。
「さすがはテレジアンの姫君だ。噂通り、聡明で美しく、お優し……」
「侯爵は随分と私の噂に詳しいみたいですね?」
本当に見れば見るほどあなたたち親子はそっくりね。髪の色も、目の色も、そのムカつく性格も。
だけど、そのおかげでどう対応するべきなのかがすぐにわかるわ。
「どうやら、カルロッタ嬢はセリフィア侯爵似のようです」
「…………」
「あら? 私は何か間違ったことを言ってしまったでしょうか」
一拍の沈黙。
侯爵の笑顔が、ほんの少しだけ硬くなったような気がした。
「先日、私の娘がルクレティア妃に無礼を働いたと聞きました。私の躾不足です。大変失礼いたしました。可愛い一人娘だからといって、少々甘やかしすぎたようです」
まあ、引きの良さは侯爵の方がしっかりしていたみたいね。
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「テレジアンからの援軍もあり、暫くは安心できるでしょう。現在オルテッサは復興作業も進んでいるようです」
「となると、我々が今心配すべきなのはソルリアの件ですが……」
「ソルリアでの事件はこのまま収める訳にはいかないだろう。こうなれば俺が直々に出向くべきだと思うのだが」
「そんな、皇子がわざわざ出向くことはありません」
「しかし、このまま放っておいた所で状況はさらに悪化す――」
書類に視線を落としていた彼の顔がふと上を向き、その青い瞳と目が合う。
「……ルクレティア?」
名前を呼ばれた瞬間、全身がびくりと跳ねた。
ど、どうしよう!
アルセイン皇子が居るであろう執務室に向かうと、そこにはアルセインの他に二人の男性が居た。
少し開かれていた扉の隙間からその様子が見え、すぐに立ち去ろうとしたが会話の中に「テレジアン」という言葉が聞こえてきたため、私はその場から動くことができなくなってしまった。
アルセイン皇子の言葉に、背を向けていた二人も振り返る。私は反射的に一歩後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい、盗み聞きをしていたわけでは……」
「これはこれは、ルクレティア妃ではありませんか! さあ、そんな所で立っていないで中へどうぞ」
咄嗟に距離を取った私に構わず、ぱっと明るい声を上げたのはフレデリック公子だった。
勢いよく扉を開けて、満面の笑みで私に部屋に入るように促す。
「ルクレティア妃、今日は一段とお美しいですね!」
「ありがとうございます、公子……」
以前の一件の後から、やけに馴れ馴れしい態度を取るフレデリック公子に苦手意識を持っていたが、こういうときの場の空気を明るくしてくれる彼の笑みには自然と安心を覚えてしまう。
助かったと、お礼でも言うべきだろうか。
「ごめんなさい、大切なお話中でしたよね? また日を改めて伺います」
「いや、構わない。丁度話も終わったところだ」
「そうですよ、ルクレティア妃。なあ、そうだろう?」
「は? 何言ってんだよまだ話は終わってな――」
「ほら、皇子と皇子妃の邪魔をするな。行くぞ」
「んんっー!」
ワインレッドの髪をした青年が何か言いかけたところで、フレデリック公子がその口を押さえ、そのまま引きずるように部屋を出ていった。
フレデリック公子と一緒にいた彼、あの人は確か……。
公子たちが出て行った扉を暫くの間考え事をしながら見つめていると、ふいにアルセイン皇子が口を開いた。
「まるで人魚姫のようだな」
……人魚姫?
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