12 善意を纏った敵意
アリステア皇女の騒動から、早くも三日が過ぎた。
あのお茶会で起きた出来事は、あっという間に帝国中へ広まった。
アリステア皇女が魔力の暴走によって倒れたこと。
その場に居合わせた悪名高い姫が魔力を扱ったこと。
長きに渡ってその力を隠していたにもかかわらず、帝国の大切な皇女に使用したこと。
事実と憶測が入り混じった噂は、日に日に尾ひれをつけて膨れ上がっていく。
あの場にいた令嬢の中に、とびきり噂好きな人物でもいたのだろうか。
あまりに速い速度で広まっていった噂に、私が何かできるわけでもなく、ただただ部屋で静かに過ごすことしかできなかった。
皇帝陛下からは使者が遣わされ、形式的な労いの言葉が届けられた。
もちろん、それが本心からのものではないことくらい理解している。
テレジアン王国への外交的な配慮か、それとも不興を買えば私が何をするか分からないという警戒からか。
それと同時に、お茶会に参加していた令嬢たちの家からは、謝罪の手紙と贈り物が次々に届けられた。
テレジアンの悪名高い姫、ルクレティア・フォン・テレジアンが愛してやまないと評される、美しく煌びやかな高価な品の数々。
ご機嫌取りのつもりなのだろう。
こんなものをいくら贈られたところで、私の身体はひとつだけ。
飾れる首も耳も限られているというのに。
そして今、私が対処すべき問題は、彼女たちの方だった。
「まさか、お父上様に泣きついて、テレジアン王国から圧力でもかけられたのでしょうか?」
開口一番、そう言い放ったのはカルロッタ嬢だった。
その隣には、同じくお茶会に参加していたシルヴィア嬢と、アリエル嬢の姿もある。
二人は私と目が合うと、気まずそうにすぐ視線を逸らした。
できれば関わりたくないという意思がひしひしと伝わってくる。
それでもカルロッタ嬢には逆らえない……ということかしら。
はあ、ご令嬢たちの縋り合いも色々と大変なのね。
幸い、大国の姫に生まれた私は身分に悩まされることだけはなかったから、彼女の気持ちを理解してあげることはできないけれど。
陽だまりのように暖かな家庭で育ち、家族と友人に囲まれて育ったあなたたちが私のことを理解できないように。
だけど私は、他人に干渉を受けない人生が羨ましい。
媚びを売られて利用されるよりは、売って利用する側の方がいいでしょう?
「あなたは、また大きな勘違いをしているようですね。国王陛下はお忙しい方です。この程度のことで、陛下の手を煩わせるわけがありません」
たとえ私が虐められたと泣きついてみても、お父様は顔色一つ変えないだろう。
それどころか、鬱陶しそうに眉をひそめ、さっさと部屋から出て行けと私を睨みつけるに決まっている。
アハハ、そんなことはとうの昔に分かっていたことなのに、どうしてこんな気持ちになるのかしら。
改めて考えてみると、惨めで仕方ない人生だ。
私の味方なんてどこにもいない。
私はいつだってこっち側だったんだから。
「ルクレティア妃は昔から何か問題ごとを起こすたびに国王に泣きついていたと聞いておりますわ。隣国にまで悪評が届くほどですもの。テレジアン王国では、姫の存在は相当大きかったのでしょうね」
皮肉たっぷりに、唇の端を吊り上げるカルロッタ嬢。
彼女は分かっているのだ。私の一番の弱点が父であることを。
そしてその弱点を突くためだけに、事あるごとに昔の話を持ち出しては、まるでそれが私のすべてであるかのように語る。
……何がそんなに気に入らないの?
私のことがそんなに嫌いなら、私のことは放っておいてよ。
あなたはあなたで、好きにやっていればいいじゃない。
「まるで、私を責めるために皇女を利用しているように感じるのは気のせいでしょうか」
いいように偽善者ぶって……結局あなたは、ただ私を責めたいだけでしょ?
あなたみたいな偽善者が、私は一番嫌いなの。
あなたが私を敵視する理由はただひとつ。
この国の皇子。私の夫であり、あなたの幼馴染。
アルセイン・ディ・ヴァレンツィア……彼のことが好きなんでしょ?
あなたの、皇子を見つめる瞳に宿されたその甘い熱に、私が気づいていないとでも思っていたの?
長年、人の顔色ばかり窺ってきた私がその程度の感情を見抜けないはずがない。
アリステア皇女の次は、あなたなの?
私は別に、あなたが皇子とどんな関係であれどうだっていい。
皇子が私を宮の隅に追いやって、あなたを側室に迎えたとしても、あなたを笑顔で向かい入れてあげるわ。
私の第一優先は父であり、故郷のテレジアン王国。
あなたたちのことは心底どうだっていいの。
望むなら死人のように息を殺して生きてあげるから。
お願いだから、私のことは放っておいてよ。
私はただ、お父様の役に立って、私という存在を認めてほしいだけなのに……!
「私がルクレティア妃を責め立てるために皇女を利用している? ハッ、いい加減にしてくださる? 私がそんなことをするはずないではありませんか!」
カルロッタ嬢の顔が醜く歪む。
今この部屋には、私とカルロッタ嬢、その取り巻きの二人アリエル嬢とシルヴィア嬢だけ。
いつものように淑女の仮面を被る必要はないと考えているのだろうか。
はあ……せっかくの美しい顔が台無しですよ、お嬢様。
「陛下たちをどう言いくるめたのかは分かりませんが、私は決して臆したりしません。私の大切な友人、アリステア皇女をお守りするために!」
胸に手を置いて、高らかに宣言したカルロッタ嬢。
相変わらず素晴らしいほどの偽善ね。
そんなにも皇女が大切だったなら、あの時、私より先に駆け寄ればよかったじゃない。
迷信に怯えて足をすくませていたくせに、今さら何を英雄気取りで。
彼女から謁見を申し込まれた時点で話の筋は読めていた。
皇帝陛下が私に何の処罰も与えなかったことが、どうしても納得いかないのだろう。
「どう考えてもおかしいではありませんか。魔力を扱えることを隠していた? それに……それに、私が謁見を申し込んで一度も断わられたことかわない皇女が、今回は私との面会を拒まれたのですよ!」
カルロッタ嬢は激情のままに声を荒げ、私を睨みつける。
私も惨めなものだわ。
テレジアンという大国の姫として生まれながら、目の前の侯爵令嬢一人裁くことすらできない。
どれほど豪華なドレスや宝石で身を包んでも、その内に秘めた醜さを隠すことはできない。
悪女だと指を指されても、ただ堪えることしかできないなんて。
こんなふうに私を侮辱する令嬢はテレジアン王国に大勢いた。
忘れもしない、社交界へ足を踏み入れた、デビュタントを迎えたばかりの頃。
初めて届いた招待状が嬉しくて、ようやく私も社交界にデビューしたのだと心から喜んでいた。
しかしそこにあったのは、私が夢見ていた華やかなものではなく……。
悪意を隠そうともせず、あからさまに私をバカにする令嬢たち。
彼女たちを裁くために、私は護衛兵を呼びつけた。王族として当然のことをしたまでだ。
……しかし、彼女たちは示し合わせたように口を揃えて、「そのようなことは言っていない」と証言した。
結果、彼女らの父は名誉を傷つけられたと国王陛下に申し出て、私だけが裁かれた。
『ごめんなさい、私がすべて悪かったです。私のせいです。本当にごめんなさい……』
初めはもちろん否定した。だけど、すぐにそれは無意味な行為だと学んだ。
私って、結構頭がいいんだから。勉学だけなら、エミリオお兄様にも引けを取らないと、あの頑固な家庭教師ですら認めていたくらいだもの。
あの日の出来事は、社交界デビューを果たしたばかりの幼い姫による悪事のひとつとして幕を閉じた。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
今ここで私が誰かを呼び、侮辱されたとカルロッタ嬢を罰したところで結果は同じ。
「あの日も申し上げましたが、カルロッタ嬢のお話は、私には何のことだかさっぱり分かりません」
「またそのようなことを……!」
カルロッタ嬢が再び声を上げようとするのに気づいた私は、罵声を耐えるために両目を硬く瞑った。
その時のことだった。
重圧な扉が勢いよく開かれ、冷たい空気が部屋へ流れ込む。
「アリステア皇女……?」
淡いピンク色の髪を揺らし、水色のドレスをまとった皇女が姿を現した。
三日ぶりに見るその顔は、まだ少しやつれているものの、先日とは比べ物にならないほど血色も戻っている。
「アリステア皇女! お体はもう大丈夫なのですか? とても心配していたのですよ」
カルロッタ嬢が嬉しそうに皇女へ駆け寄る。
「カルロッタ嬢」
「はい、皇女!」
アリステア皇女に呼ばれたカルロッタ嬢は、満面の笑みで返事をした。
その瞬間、室内に乾いた音が響いた。
「え……」
これは夢か誠か。
何が起きたのか理解するより早く、カルロッタ嬢の白い頬が赤く染まっていく。
あのアリステア皇女が、あれほど親しかったカルロッタ嬢を平手打ちしたのだった。
「皇女……どうして……」
「あなた、皇子妃に向かってなんて口の利き方をしているの?」
氷のように冷たい声だった。
アリステア皇女は唇を硬く結び、水色の瞳でカルロッタ嬢を真っ直ぐ射抜いた。
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