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悪名高いお姫様の政略結婚  作者: にゃみ3
第一章 悪名高いお姫様

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10/23

10 兄妹仲


「…………」

「…………」


 気まずい。

 今にも逃げ出してしまいたいほど、気まずくてたまらない。

 どうして気まずいのか? そりゃあもちろん、夫と二人きりの状況だからに決まっている!


 突然部屋を訪ねてきた彼を、私のような人間が拒否できるはずもなく、私は急いで招き入れた。

 

 小さな丸机を挟み、向かい合って椅子に腰掛ける。


 そこからはもう、ひたすら沈黙だった。


 アルセイン皇子は、私の真正面に座っているにもかかわらず、一言も口を開かない。

 何を考えているのか、その深い水色の瞳からは何一つ読み取れなかった。


 うーん……。


 黙っていられるのが、こんなにも落ち着かないだなんて。

 私から話しかけるべきなのか、それとも皇子が話し始めるのを待つべきなのか。


 迷いに迷った末、私は意を決して口を開いた。


「あの、皇子。アリステア皇女の容態は……」


「……ああ。まだ意識は戻っていないが、魔力は安定している。医師によれば、明日には目を覚ますだろうとのことだ」


「そうでしたか。本当に良かった……」



 心からそう思った。

 アリステア皇女の無事は、何よりのこと。

 しかしそれと同時に、私は皇女の身を案じる言葉を口にすることで、自分への疑いを少しでも薄めようとしていた。

 私はなんてひどい人間なのだろう。

 自嘲するように胸の内で小さく笑う。


「身体に溜まっていた悪性化した魔力を迅速に浄化したおかげだと魔術師が話していた」


 アルセイン皇子は私を見据えたまま続けた。


「君は、魔力を扱うことができるのか?」


 やはり訪ねてきた目的はそれだったか。


 この世界の人間は、誰もが平等に体に魔力を宿して生まれる。

 しかし、それを自在に扱える者は限られていた。


 私が魔力を扱えるという事実を知る者は。テレジアン王国でもほんの一部の人間だけだった。


 遥か昔の、嫌な思い出の記憶が蘇る。


『お父様、見てください! お父様のように、私にも魔力を扱うことができるようになりました!』


 練習に練習を重ねて、やっと魔力を自由に扱えるようになったあの日。

私は真っ先に、父の執務室を訪れた。


『そんなくだらないことのために俺の時間を割くつもりか』


『で、ですが……これで、私のことをお父様の娘だと認めていただけますよね? お父様の強い魔力、テレジアンの王族が代々受け継いできた力が、私にも受け継がれていたのですから』


『……はあ。いい加減にしろ。姫、お前はもう下がれ』


 その大きな手は、私の頭を撫でてくれることはなく、ただ鬱陶しいものを振り払うように空を切っただけだった。


 それからすぐ、父の従者が私の元を訪れた。「姫の安全のためにも、魔力が扱えることは伏せておくように」という父からの伝言を持って。


 何が私の安全のためなのだろうか。

 私が力を持つことで、次期国王であるエミリオお兄様の立場が揺らぐことを恐れただけのことなのに。


 しかし愚かな私は、エミリオお兄様が魔力を扱えるようになった日、兄の頭を撫で、「よくやった」と褒める父の姿を見るまで気づくことができなかった。


「実は、そうなんです。ですが、決して隠していたわけではありません。お父様が私の身を案じて、秘密にしてくださっていたのです。ほら、私って昔からつくづく悪い噂の的じゃないですか。そこへ魔力まで扱えると知られたら、皆さんにどう思われるかなんてわかりきっていますし……」


 我ながら、虚しい言い分だと思う。

 だけど、嘘をつく時は事実を少し大きくして話すのが一番だもの。

 恥たって仕方がない。事実、そうやって私は、今まで何度も自分を守ってきたのだから。


「確かに魔力が扱える人間は限られている。姫の身を案じてとは、テレジアンの国王陛下はさすがだな」


 アルセイン皇子は口元に手を添え、小さく頷いた。

 もっと疑われると思っていたのに、あっさり受け入れられてしまった。

 私は下唇を軽く噛むと、ゆっくりと問いかける。


「あの……フレデリック公子とは、その後何かお話しされましたか?」


「いいや。アリステアのこと手一杯だったからな。庭園で離れて以来、まだ会っていない」


「そうでしたか……」


 それなら、あなたが去った後にあの庭園で何があったのか、あなたはまだ聞いていないのね。


 私がアリステア皇女に何かしたのではないかと疑われたことも、あの場にいた令嬢たちが向けてきた冷たい視線のことも。フレデリック公子が、皇子に何をどう報告するかで私の立場は大きく変わってしまう。


 きっとアルセイン皇子だって、大切な妹を私が傷つけたかもしれないと話を聞いたら……。


「まさか、フレデリックに何かされたのか?」


「……はい?」


 突然何を言い出すの、この男。

 皇子妃である私に、公子が何化するわけがないじゃない。


「そんなことはありません。公子はとても親切にしてくださいました。ただ、私が少し生意気に振る舞ってしまったので、次にお会いしたときは謝罪をしなければ……」


「そのくらいのことで君が謝罪することはない」


「ですが、無礼な言い方をしてしまったので……」


「意外だな。姫は俺に対してあんなにも無礼な口ぶりをしていたのに、公子に対しては気にするのか」


 ……あなたはこんな時まで皮肉を忘れないのね。 


 返す言葉が見つからない。自分でも矛盾していると思う。

 気を遣っているように見せながら、その実、本音はずっと胸の奥にしまいこんでいるくせに。


「……すみません」


「何も謝ってほしいわけじゃない」


「…………」


 それなら私にどう言ってほしいの?

 訳が分からないわ。あなたってどうしてそんなにも分かりづらい人なのかしら。


 言葉を交わせば交わすほど、まるで霧の中に迷い込むように分からなくなっていく。


 仮にもこの国で一番近い関係だと言える夫が、誰よりも理解できないなんて。


「それよりも、私の元にいてよろしいのですか? 目覚めた時にあなたがいた方が、皇女も安心なされるのではありませんか?」


 面倒な妻のことは放っておいていいから、さっさと帰ってよ!


「いや」


 先ほどまでの余裕ある笑みは消え失せ、どこか疲れ切ったような影が落ちている。


「あの子が目覚めそうだと聞いたから、あえて席を外したんだ。目を覚ました時、一番に見る相手が大嫌いな兄だったら、あの子が可哀想だろう」


 大嫌いな兄……アリステア皇女が、アルセイン皇子を嫌っている?

 そんなまさか、どう考えてもお兄様が大好きで仕方ないって感じだったじゃない。


「まさか、皇女があなたを嫌っているはずありません。意識を失う直前も、あなたの名前を呼んでいたというのに」


「……アリステアが。あの子が俺を名前を?」


「ええ。助けてお兄様、と……。この国の皇子はあなた一人ですし、皇女が言うお兄様というのは、アルセイン皇子、あなたのことでしょう?」


 魔力の暴走で苦しくて仕方がなかっただろうに、意識が不安定の中で助けを求めた相手を嫌っているわけがない。


「ありえないな。あの子は俺を恨んでいるはずだから」


 アルセイン皇子は苦しげに目を伏せると、整えられた黒髪を無造作にかき上げ、深く息を吐いた。


 どうしたというのだろう。

 以前会った時は、腹が立つほど悠々としていて、私を揶揄ってばかりいたくせに。

 今日のあなたは、まるで別人じゃない。


 雨に濡れた子犬のような顔をする彼の姿を見ていると、不思議と心に怒りが湧き上がった。

 ついさっきまでは、自分の身を案じて怯えていたのが嘘のように。


 何をそんなに思い詰めたように振る舞うのか。その顔を私に見せないでほしい。


 私は、相当自分の夫のことが嫌いだったのだろうか。


 うーん、妹がそんなに大切なのかしら? 皇族の人間なのに兄妹仲が良いなんて珍しい。


 そういえば、お茶会へ私を誘いにきたアリステア皇女に「お兄様を随分と慕っているのね」と言った時、彼女は必死になって否定していた。


 この兄妹には、私の知らない過去があるのだろうか。


「皇子、今日はもうお休みになられてはいかがですか? 皇女のことで皇子もお疲れでしょう」


 まあ、私にはどうだっていいことだけど。


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