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そこから始まるこれまでの説明。そしてここから始まるのは最終章への説明であった。
まずは礼御がとんでもない結論に至った二人の魔術師に関すること。葵と蓮武のあのやりとりについてである。
「あんなものは死闘と違う。ただのお遊びだよ」
蓮武が困った表情で頭を掻きながら簡潔に説明した。それに葵も加わる。
「だいたい私がこいつに殺される理由がないだろうに」
「それは違うだろ」
「いいでしょ。結果で語りましょう?」
「馬鹿を言うな」
また二人で会話していた。礼御はもうそんな会話ではわからないから、と思い、それを二人に告げると、二人はそれもそうだと合点してくれた。
「つまり何から話したら理解できるんだい?」
葵は肩をすくめて礼御にそう尋ねた。しかしそう聞かれても礼御は分からない。何もかもが意味不明のまま、進んできた結果、今の理解で漂っている。
「始まりからだろうな。魔術に関して、お前の身体にあること、あったこと、それらを説明しなければ礼御は分からないだろう」
そうして始まるいくつかの説明。礼御が現状不明に思っていることがあるとすればそれは以下のようなことだろうか。
一、礼御が生まれ持った能力について
二、礼御が魔術を得た経緯について
三、蓮武の立ち位置について
四、葵の目的・関わりについて
五、今後の予定について
「礼御。お前は生まれた時からこちら側の人間なのだよ」
「……つまり、もとから魔術の才能があったってことですか?」
蓮武の言葉に礼御が確認を取ると、蓮武は「大体そんな感じだ」と肯定する。
「今まではそれが封じられていたにすぎないのさ」
「……はぁ」
「それそもお前は俺の事を知らないからも知れないが、俺はお前のことを知っている。お前が小さい時、かなり近くにいたからな」
「それってどういうことです?」
長話になりそうだが、そういえば礼御は自分が裸であることを思い出した。しかし、特に気にしている場合ではないな、と思い、そのことは口に出さずに蓮武の話を聞く。
「お前の両親は俺にとって魔術の師であるからな。全部をお前の親に教わったわけではないが――勉学のための短期留学とでも思ってもらえばいい――ともかく、俺にとって礼御の親は恩師に当たる。そのとき会っているよ、俺と礼御はな。まぁ、小さかったから覚えてなくて当然か」
興味がないのか、葵は再びウィスキーの入ったグラスを転がし、文庫本を読みふけっていた。
「だから今回の件でお前の両親から依頼を受けて、現在ここにいるというわけだ」
「まったく……記憶にないですね」
礼御が白状すると蓮武は隠すように苦笑した。
「少々話をずらしてしまったな。お前の生まれ持つ能力についてだ。能力というと格好良く聞こえてしまうが、つまりお前は生まれた時から妖や魔物を見る目を持っていたし、魔術の才能も親から受け継いでいたというわけだ。そもそも両親が魔術師なのだから、それも不思議ではないのだがな」
その説明に礼御は頭を捻る。つい数日までそんな能力を自身の内側に感じたことがなかったからだ。もっと昔を思い返してみても、今までに妖怪を見た覚えなど――。
「しかしお前はそんな異能の力を使うどころか、持っていることすら覚えていないのだろう」
蓮武は礼御に返答を求めて言ったつもりはなかったのだが、礼御は無言で頷いた。
「それはな、お前の両親が――両親だけの能力ではないのだが――お前の異能を封じたからさ」
それを聞いて礼御は自分の親の行動に疑問を持った。例えば自分にそんな能力がなく、自分の子にそれがあったとしたら気味が悪い。力を封じるのも納得できるが、礼御の場合そうではなかった。
そのため礼御は単純に思った疑問を蓮武に問いかける。
「それってよくあることなんですか? 親が子の能力を封じるなんて。――その、親が魔術師だったとして、子も魔術師になるのを嫌がるなんて」
「いや、そういった場合は滅多にない。親の異能を引き継いだ子の能力を封じるということ自体稀なことだ。―――礼御。お前は本当に何も覚えていないのだな」
蓮武は「大した封印だ」と付け加える。咎めるつもりはないのだろうが、どうにも礼御は蓮武から何か責められているように受け取ってしまった。
「大体はね――」
そこで葵が口を挟んできた。視線は自身の手の内にある文庫に向けたままである。
「『親の手に負えない』だとか、『負の効果を持って生まれた』とか、もしくは――『その子自身がその能力を嫌がった』だとかかな」
最後に葵はチラと礼御を横目で見た。口元が少しにやけていた。まるで礼御が忘却した記憶を釣り上げて面白がっているような、そんな感覚が礼御を襲う。
(―――嫌だ。)
突然、礼御は脳に何かで刺されたような不気味な焦燥に襲われた。
これは一体―――。
蓮武が話を続ける。
「とにかくお前の両親はあるモノの力を借りてお前の能力を封じた。その方法は……今は詳しく述べなくともよいか。そのうちまた話す」
蓮武の話を聞きつつも、なおもチクリ、チクリと覚えのない記憶が礼御に刺さりこむ。
(怖いんだ! だって友だ――)
「その封印が今解かれつつある」
それを聞いた礼御は驚くことはなかった。話の流れ的にそうだろうと予測できたからである。
それよりも―――。
いまいち集中できずにいる礼御を蓮武は気づいていないのだろうか。蓮武は礼御の完璧な理解を待たずに進める。
「礼御の身体から生まれながらの異能が漏れ出し、妖との触れ合いに至ったのだろうな。当然、お前の両親はそのことに気づくと、いち早く我が子を守るために手を打った」
(友達だと思ってたんだ! でも、でも……あいつら――)
頭痛に似た刺激が礼御の頭部に生まれた。だけど本当に痛いわけではない。そして眩暈。
「二つの魔術と、一つの魔術師をお前に送った。魔術師と言うのは、無論俺だ。俺の役割の一つはお前の身を守ること。与えた魔術だけで、あらゆる異能、異端から身を守れるとは思っていなかったのだろうな」
それを聞き、葵は溜息をついたのがわかった。期待はずれだったと言わんばかりの、女魔術師の小さな吐息である。
(――裏切った!)
礼御は次々に進入する不明な情報に、とうとう右手で頭を押さえた。それでも蓮武の話を聞かなければならない。
「それって、もしかして」
礼御は己にかけられた魔術と言うのに一つは心当たりがあった。蓮武はそんな礼御を察して話を進める。
「そう。一つは多大に使ったろ。異能をすべてを消し去る魔術だ」
「本当、秀才な魔術だよね」
そこで葵が呟いた。ふと礼御は彼女を見ると、葵はウィスキーに口をつけていた。女性の滑らかな喉が、一度小さく鳴る。葵は口元を歪ませていた。
それを蓮武も確認すると「ふんっ」と小さな不満を鼻から吐き出した。
「お前の両親はお前に、『防御の魔術』と『攻撃の魔術』を急遽与えたそうだ。『攻撃の魔術』について、俺は多くを聞かされていないから、これも説明は省く。どうしても知りたかったら、親に連絡しろ。しかし何より言っておかねばならないのは、『防御の魔術』についてだ」
まただ。流れ込んでくる――暗闇の、――過去の、――記憶。
その自分の脳に入り込む情報が何なのか。礼御は段々と理解してきた。
(もういらない! こんな力――、もう――)
そうだ。覚えている。なんで今まで忘れていたのだろう。これは―――。
蓮武は徐々に苦しみ始める礼御を見て、そこで蓮武は説明を中断した。そろそろ彼の状態的に人の話を聞いている場合ではないと判断したためである。
「礼御。大丈夫か?」
その蓮武の言葉に、礼御は片手を小さく挙げることで意思を伝えた。大丈夫というサインではなく、少し待ってくれという意味である。
そして耳を集中しなくなったせいだろうか。今度は溢れだすように記憶が混じるのだった。
(もう、いらない!)
(僕はもうあんな奴らを――)
(見たくない。)
(話したくない。)
(関わりたくない!)
(――助けてよ!)
礼御の頭に流れ、泣き叫んでいるのは――、幼き自分であった。




