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玉藻前の尾探し譚  作者: 歌多琴
5 二人の魔術師
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 それは礼御が忘れていた、忘れさせられていた、遠い記憶である。


 礼御は幼少の頃から大学に進学するまで、ある片田舎で暮らしていた。


 狭く、しかし穏やかな波を持つ海。それを見下ろすような深く茂った山々。その中にひっそりと隠れるように佇む古びた民家。


 それだけだった。他には何もない。ビルもなければ、アミューズメントを楽しむ場所も、今や当たり前に目にするコンビニも、果ては自販機さえもない集落で礼御は過ごした。その田舎っぷりは目に見えるものだけではなく、携帯電話の電波もある一社のものだけが辛うじて届くのみであった。


 それを礼御は覚えている。忘れたことなどなく、忘れるきっかけさえもなかった。


 忘れていたのはその集落での生活ではない。


 もっと遠く、幼い記憶である。


 礼御がその田舎町で過ごしたのは幼少の頃、八つの誕生日を迎える前からであった。それまでは少なくともコンビニに歩いていける距離の場所で過ごしていた。


 これは礼御が衣食住を行う場を変える前の記憶である。


 礼御がこの世に生を受け、そしてハッキリとした自我を自覚したとき、礼御はすでに異端な生き物をその目に映していた。


 喋る二股の猫。手のひらサイズの小人。翼の生えたトカゲ・・・。


 数えればきりがなかった。幼少期の礼御は友達が少なく、暇な時間の遊び相手と言えば、いつも異形のモノ達であった。


 今考えるとそれがいけなかったのかもしれない。それらを見る能力を持たないものから見れば、礼御こそ異常者であった。礼御が異形のモノと遊び始めるのが先か、他者が礼御から遠ざかったのが先か。それは分からないが、礼御が異形のモノを忌み嫌えば、また異形のモノが礼御を忌み嫌えば、あんなことも起きなかっただろう。


 そのため何より幼少期の礼御に同族・同年代の友人が少なかったのは、徳間の血筋が悪かった。


 徳間家。何代も続く魔術師の家系。


 数多いる魔術師内で、その名がどれほど轟いているのかと言うと、よほど徳間家の魔術に興味がない者でしか知らない。


 と言っても、決して徳間家の魔術が絶対的に劣っているわけではない。むしろ同業者から見れば、徳間家に代々受け継がれる魔術は特筆すべきであった。しかし多くの者に知られていない。


 知名度のなさは、表舞台に立たないのとイコールである。


 魔術を研究する者にとって、そのあり方は、大きく分けて二種類ある。己のためか、己だけのためか、である。そして徳間家の魔術師は代々後者の者達がほとんどであり、簡潔にその者を言い表わすとするならば、単なる自愛者・利己主義者である。ゆえに知られていない。知ろうとすらなかなかされない。それが結果的にどんなに役に立つ魔術だろうと、多くの魔術師にとって知るに至る導入部分がないのだ。


 それは魔術師のみに当てはまることでもないだろう。どんなに世の中に役立つことを研究していたって、他者に発表せず身内にしか伝えない、また世の中の役に立つからと言って役に立たせようとしない研究を誰が知ろうとするだろうか。せいぜい同分野の研究者の耳に入るくらいだろう。


 徳間家とは代々、そのような自分勝手で、しかし魔術師としておおよそ正しい道を進んできた家系である。


 そしてその研究の成果は、徳間の血に含まれるようになった。


 異形のモノに好かれる、惹きつける、魅了する力である。


 それは例外なく徳間 礼御の身体にも流れていた。端から害をなそうとする異形ならいざ知れず、ふと通りかかった異形はその多くが礼御の徳間の血に惹かれることとなった。それが強制的に虜にする血ならどれほど良かったことだろう。徳間の血は、あくまで魅力的な人間としてでしか異形のモノの目に映らず、それこそ徳間家が極めつつある魔術だった。。


 礼御の幼少時代。礼御に興味を持った異形はこぞって礼御と仲良くなった。


 そのため礼御は裏切られることとなる。悪意を持って近づく異形に対し、礼御は無自覚だった。自身に近づくモノ達は皆、自分と仲良くしてくれる存在だと認識していたからである。


 それは幼くして、ひどく体感してしまった死の恐怖だったに違いない。その瞬間礼御は囚われた。自分に近づく自分とは明らかに違うモノ達から抱いてしまう、疑心暗鬼。礼御には今まで仲の良かったすべてが自分の命を狙うモノに思えて仕方なかった。


 幼さゆえの錯覚なのか、幼さゆえの自己防衛なのか。


 礼御は両親にすべてを打ち明けた。拙い講義は彼の両親を狼狽させる。礼御の親にとって、我が子を守ることは容易かった。命に変えても守れた。しかし礼御はそんなことを求めなかった。礼御が求めたのは自分の血に流れる能力の消滅である。


 当然、礼御の親は泣き叫び訴える彼の意思を尊重したかった。しかしそれは叶わない。無意識に受け継がれる徳間の能力は強大で、両親の健闘むなしくその力をわずかに弱めることしかできなかった。


 段々と衰弱する我が子を前に、礼御の両親は奮闘する。


 父親は徳間の血を継ぐ魔術師であった。先代の残した書物等を調べ対策となる魔術を調べるも、どれも能力強化に関することばかり。


 母親は徳間の能力を有していないものの、実に秀才な魔術師であった。その広大な知識から対となる魔術を開発しようと試みるも上手くいかない。理論は出来上がるものの、どうしてもそれを魔術として発動できなかった。


 日を重ねるごとに自暴自棄になる我が子に、両親は焦りを隠せなくなった。とうとう両親さえも、ゆとりがなくなり、心中さえも頭によぎる様になった頃、一つの僥倖が舞い込んだ。

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