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その後礼御が目覚めると、知らない天井が目に写った。どこか埃混じりの空気と、懐かしい木材の匂いが漂う。
「お目覚めかい」
女性の声が礼御の覚醒を出迎えた。礼御がのろのろとその声の方を見ると葵が座り込んでいる。初めに彼女と話した時と同じ場所だろう。あの古本屋の中、書物の壁の奥にひっそりとあった居間である。
葵は片手で味気ない表紙の文庫本を読んでいた。またテーブルの上にはグラスが置かれており、中にはブラウン色の液体とそれに色を奪われた氷が入っている。
「どこか痛むところはないか?」
葵は何も言わぬ礼御に対し、やわらかな口調でそう尋ねた。礼御はそこで自分の身体の状態を確認する。敷布団の上に寝そべった礼御は大きなブランケットをかぶっていた。そのブランケットの布が全身に気持ち良い。
それが妙だった。まるで全裸でタオルに包まっているみたいじゃないか、と礼御は首をかしげた。そして礼御が何気なくタオルケットの下の自分の身体を覗いたところ、まさにその通りでぎょっとした。
「あの……」
礼御は葵の方を見ることなく、茶色の天井を見たまま呟いた。しかし葵の視線は確かに礼御に向いている。礼御はそれがとてつもなく恥ずかしかった。
「どうした?」
「俺……裸なんですけど」
「そりゃあ、あんな無茶をするから」
葵はそう言うと文庫本を閉じた。礼御はその表情を横目で確認する。困ったような、呆れたような顔であった。
そこで床が軋み、大男が現れた。字深 蓮武である。
「よう、気がついたか」
上半身裸の彼はタオルで髪を拭きながらの登場である。シャワーでも浴びていたのだろうか。
「まったく……。あんな馬鹿な真似をするもんじゃない。親が悲しむぞ」
なんだ、この空気は・・・。
礼御は古本屋の中に漂う雰囲気が穏やか過ぎることに気分が悪かった。ここには二人の魔術師がいる。さきほどまで殺し合っていた二人である。その二人が……。
「本当ね。半端に強力な魔術を掛けられると、こんなことが起きるのだな。勉強になった。後学に生かさねば」
「あれはかけられると言うより、引き継いだと言った方が良いかも知れんがな。あんな無謀な行動をするのはこいつの性分なのさ、きっと」
「性分ねぇ。私はあまり詳しくないのだけれど」
「あぁ、あの人達は優秀だが、あまり表に出る人達ではないからな。そうかもしれない。とにかくこいつのああいった行動は、血なのさ」
「……優秀ねぇ。もはや天才の域なのでは?」
「いや。……あくまであの人たちは秀才さ。決して天才ではない。少なくとも、あの人達から見たら俺達を見れば、贔屓目なしにこう言うさ。『私と違って天賦があるね』って」
「……気に食わない」
「実際会えばその思いも消えるぞ」
礼御は混乱する。どちらか一方が死ぬまで行われただろうあの死闘が、このような形で終わっている。
「あの……」
「何だ?」
礼御が頭を悩ませる中、蓮武は筋肉質な身体を延ばし答えた。
「葵さんと蓮武さんは……」
「……?」
「付き合っているのですか?」
後から考えると、まるであれは恋人同士の喧嘩のような気がしてならない。
「はぁ?」「む」
蓮武は間抜けな面になり、葵は文庫本を礼御に投げつけた。
「「なんでそうなる」」
仲が悪くないのは、どうやら正解らしかった。




