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「なんでそんな結論になるの?」
自分に言い聞かせる意味も大きかった宣言を聞かされたレナエルが、ひどく不可解そうに顔をゆがめて声を出した。
「どういう意味だ?」
「あんた、殺されかけたんだよ? なのになんで、ジョブのこととかばっかりなの? まずはあんなことしたやつをどうにかしないといけないんじゃないの?」
レナエルの言いたいことがこれっぽっちも理解出来なかった俺を、レナエルも理解出来なかったらしい。まくし立てる内容は、言われてみれば確かに気にしないといけないことだっただろう。しかし、俺にとってはそれほど重要なことではなかった。
「相手は皇子殿下の従者だ。イニャス皇子が指示したのか、知ってすらないのかも分からないままじゃ、軽率に動けない」
「でも、伯母さんから国軍に連絡してもらえばいいじゃん! 軍から調査してもらえれば、ちゃんと処罰してくれるでしょ、ねぇ、伯母さん?」
「そうだねぇ、調査を頼むことは出来るし、練武場の管理人も証人になるって話はしてあるから処罰も難しくない。けど、アスターが気にしてるのはそこじゃないだろう?」
俺よりも怒っているように見えるレナエルに対して、ポエットは案外冷静だ。レナエルを落ち着けるために背を撫でてやりながら、俺にも説明を促す。
「イニャス皇子は、勇者リュカの同腹の弟だ。俺はリュカに恩があるから、迷惑になるようなことはしたくない。だから、万が一にもリュカの弟が処罰されるようなことは望まない」
「は、はぁ? なんで、弟が処罰されるのが勇者様の迷惑になるの? そりゃ、知ったら悲しむだろうけど、でもあんた、殺されかけたんだよ!?」
「でも死んでない」
「死んでなきゃいいって言うの!? なにそれ、わかんない……なんで、それであんなやつ許せるの……?」
「許したわけじゃない。でも、俺は五体満足でこれからも旅を続けられる。それなら、これ以上関わるのも面倒くさいってだけだ」
よほど、目の前で人が死にかけたことが衝撃的だったのだろう。レナエルは、俺の言っていることがなにひとつ理解出来ないままだった。これ以上はいくら言葉を重ねても意味はないだろうとポエットを見ると、ポエットも心得ているのか頷いてあとを任されてくれた。
レナエルにとっては俺がいるだけでも落ち着けないだろうし、俺にはもう聞きたいこともない。座敷から降りて靴に足を入れると、心得ているかのように犬も店の出入り口に向かって歩き出した。上着だけは捨てないでおいてくれたので、それだけ羽織って、人目に付かないようにしながら宿に帰った。
風呂に入って部屋に戻ると、犬は図々しくも布団に潜り込んで寝ていた。こんもりと山になっている掛布をめくると、きょろりと丸い目がこちらを見る。
「お前、これからずっと俺についてくるのか?」
空いているところに腰掛けて、頭を撫でてやる。それほど厚手でもない掛布が動いて、尻尾が降られていることが分かった。
ただでさえ俺にはこちらの世界の言葉の翻訳能力がついているらしいので、精霊というくらいだしこちらと会話が出来てもいいように思う。しかし、返事らしい返事はない。この犬が寡黙なだけなのか、言葉を発することが出来ないのか、分からないが言葉以外で意思疎通する方法を探っていくしかないだろう。
「お前の言いたいことは分からないけど、ついてきてくれるなら嬉しいよ。精霊術とやらで呼び出した時にだけ来てくれるのでもいい。本当は少し、ひとり旅を選んだことを後悔していたんだ」
右も左も分からない世界。今までの常識が通じない、手探りの状態でのひとり行動は案外不安が多かった。魔法についてだけではなく、寝るにも食べるにも正解が分からないで、頭の中だけで考え続けると悪い方にばかり向かってしまう。おかげで皇都からリラリアに辿り着くまでに独り言が増えた。
「……名前って、付けた方がいいのか?」
旅の道連れにするなら名前くらいは知っておいた方がいいだろう。一対一でいるなら名前を呼ばずともすむが、呼べるのと呼べないのとでは大きく違う。
犬は、俺が撫で続けていたのを心地よさそうに受け入れていたが、それをどかしてまで首を持ち上げた。しっかりと俺を見つめる目に明確な意思を感じたが、それが名前を付けていいということなのか元からある名前を伝えようとしているのかまでは読み取れない。
「分からないから、勝手につけるぞ?」
尋ねると、ずっと揺れ続けていた尻尾が勢いを増した。掛布がばさばさと跳ねて、その裾から尻尾の先が覗いている。表情はそれほど変わらないけど、これは十分な意思表示だろう。
だがしかし。問題があるとするなら俺にネーミングセンスというやつがないことだ。そもそも、なにかに名前を付けるって経験が全くない。なにがセンスのいい名前なのかも分からないまま頭をひねって、結局、いつも頼っているものに頼ることにした。
「いお。いおはどうだ?」
首をかしげて返される。そりゃそうだろうと苦笑いしながら、意味を説明してやる。
「お前を呼び出す詠唱から取ったんだ」
寝台のすぐそばに立てかけていた杖を掴んで、軽く魔力を流した。
「わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり」
詠唱そのものは、すんなりと完成した。けど少し、面白い感覚だった。詠唱し始めた途端に、流していた魔力がそのまま犬に向かって流れていく。それは、ほかの魔法ではなかった反応だった。
驚く俺にかまわず、犬は起き上がってさっきと同じように俺にぴったりと寄り添って座る。少しだけ開いた口の端が持ち上がって、分かりやすいまでの笑顔を作っていた。
「いお。気に入ってくれたか?」
お互いに座っていると、結構顔は近くにある。その顔を、少しだけ伸びあがって俺の頭にぐいっとこすりつけられた。喜んでいることは十分伝わってくる。
「この歌、好きなんだ。周りの目なんて気にせず、自分の好きな場所で好きなように生きてる。そんなふうになれればって、ずっと思ってた」
いおの背中を撫でながら、昔を思い出す。俺にとっては周りのではなく、自分自身の、だった。理想にする自分ってものがあって、腕をなくしてそれが叶わなくなった途端にすべてがダメになった。それではいけないと思う気持ちもあったのに、受け入れられずにいた結果が今だ。
この世界に来ても、まだ理想の自分を追っている感覚はある。けど、魔法なんて理想の自分にはないものを極めろと言われて、少しは解放された。
「はぁ、次は、空を飛ぶ魔法を覚えるところから、始めるかぁ」
ポエットにも言われたし、移動も早くなるだろう。
体も鍛えたい。リュカたちに手紙も出したい。精霊師になってほかにどんなことが変わったのかも試したい。
やりたいことをひとつづつ数えて、ついこの間もこんなことをしたと思い出して笑ってしまった。それに反応したのか、いおの尻尾もまた激しく降られる。ばしばしと腰に当たるのが面白くて気が抜けた。
「っふ、あははっ」
「わん!」
痛いほどではないけどしっかり叩かれていることは分かる程度の感覚に、ついに笑い声まで上げてしまう。けどすぐに、いおが上げた吠え声に驚いて、俺の笑いは引っ込んだ。
まだ分かりやすいほどの笑顔でいるいおと、声を出せたことに驚いていおを見つめる俺。きっと、それはそれは間抜けな様子だったことだろう。




