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リラリアを出立する日、ポエットとレナエルが見送りに来てくれた。元々はそんな予定なかったけれども、さすがに死にかけたせいでポエットにも心配をかけていたらしい。まだぶすくれた顔をしているレナエルを引っ張って来てくれた。
「朝早くから悪いな」
「いいよ。こっちが勝手にしてるんだ。連中は、いないのかい?」
「いおが探ってくれたけど、見張られてはいないらしい」
例の件の翌日はまだ、イニャス皇子たちはこの町から出て行っていなかった。いつ出ていくかも分からないものを待っていることは出来ないから、さらにその翌日である今日、まだ薄暗い時間にこちらから先に動く。
昨日のうちに出立の準備をしているときにポエットと会って、この見送りの話になった。色々と予定からずれてしまったし、これくらいはいいだろう。
「皇子様の方は宿から出てきてないそうだけど、獣人の方は買い物に出たりしてるってさ。町を出てからも、警戒は怠るんじゃないよ」
「ああ。いおがそういうの得意らしいから、大丈夫」
未だ俺の隣にいるいおが、ふすんと鼻を鳴らしながら胸を張る。
昨日一日、はっきりとした返事はないながらもコミュニケーションをとって、基本的な犬の能力はより強い状態で備わっていることが分かった。つまり耳も鼻もとても良く利くようで、食料の買い出しの間も周りを警戒して、オーピッツを避けて動けるよう誘導してくれていた。代わりにその役目に強い責任感を持ち、今も、オーピッツやイニャス皇子が近くにいないことを確認出来ないうちは宿から出ることさえ許してくれなかったくらいだ。
「……そうまでするなら、さいしょっから軍に訴えてればよかったのに」
ぼそっと、レナエルが呟く。
「警戒しなきゃいけないくらいなら、元を断つ方が早いでしょ! 面倒くさがって、こんな、こっちが悪いやつみたいに町を出てくなんて、バカじゃん。こんなんならいっそ、あの時助けなきゃよかった!」
「俺が助かったのは俺の魔法のおかげで、お前は何もしてないだろう」
日も経つのに、まだあれを受け入れられていないらしい。ライン越えでもあることを感情的に叫ぶので、周りを警戒しているこちらからしたら堪ったものじゃない。焦って、こちらもつい、口を滑らせた。
「っな、そん、それは……!」
顔を真っ赤にさせて言葉を失うレナエル。ポエットは頭を抱えてしまうし、俺は俺でやってしまったことは仕方ないと溜息吐きながら、実は我慢していたことを言い切ってしまうことにした。
「何を勘違いしているのか知らないが、お前に俺のすることに口出しする権利はないだろう。今回のことの被害者は俺だけのはずじゃないか? そんなに何かを訴えたいなら、自分の受けた被害で訴えろ」
心配してくれていると分かっていたから我慢していたが、そもそも俺は誰かに行動を強制されることが好きではない。なのに再三決定を非難されて、ここまで我慢してきただけでも俺にとっては十分よくやった。
反論出来なかったのか、レナエルは涙をこらえて店の方に走っていく。
「すまん、ポエット」
「気にしないでいいよ、あの子にはいい薬だ。それに、あんたには悪いんだけどね、この町で薬師をやるなら、人の死には慣れてなきゃいけない。たかだか死にかけたところを見たくらいであんなに取り乱してるようじゃ、務まらないよ」
耳の痛い言葉だ。戦いに身を置くなら、俺も誰かの死や怪我に慣れないといけないんだろう。レナエルに偉そうなことを言ったが、それは俺自身のことだったからで、人の傷つく様を見て同じように取り乱さない自信はない。
「あんたは気にしなさんな。やりたいことがあるんなら、あんなの些末事だよ」
軽く言うポエットに送り出されて、リラリアの町を離れた。
しかし、ほんの数時間もしないうちに足は止まった。
リラリアから先の道は、しばらく森の中に続いている。毒の森から続いている場所だが、むやみに植物を傷つけなければ問題ないらしい。それこそ、道も厄介な植物を避けるように曲がりくねって作られている。
その中で、大きく蛇行した道の先が木々の隙間から見えた。そこにいた存在に、俺の体が緊張して強張ると、いおも俺の様子に気づいて警戒に体制を低くする。
俺は、その人とは正面からしか顔を合わせたことはない。見える後ろ姿も、特別分かりやすい特徴はない。なのになぜだか、それが俺の知っている存在だと気づいた。
「いお、まずは大人しく、後ろにいてくれ」
異様な存在ではあるが、敵ではないだろう。警戒は抜けないが喧嘩腰になりたいわけではないので、まだ威嚇しているいおをなるべく隠しながら近づく。
そこにいたのは、皇都で出会った露天商の老人だった。
「おや、お久しぶりですね。ご健勝のようで」
「おかげさまで」
「鞄の具合はいかがですか?」
「とてもいい。背中にぴったりとくっつくから、いっぱいに物を詰めても重く感じない」
「それはなによりです」
皇都で出会った時と変わらない様子に警戒が抜けそうになる。しかし、どう考えてもおかしい。
老人の周りには、皇都の時と同じようにたくさんの雑多な品が並べられている。行商人が路銀を稼ぐためや、仕入れすぎて重たい荷物を減らすため、街道の横で露店を開くことはよくある。俺も、皇都からリラリアに来るまでに何度か見かけた。しかし、こんなに町に近いところで開く必要はない。半日もしないうちに町に着くのだから、計画性のなさを露呈させているようなものだ。そうでなかったとしても、客だって同じように準備しているんだから、つかまりはしないだろう。
まるで俺を待ち構えていたようにいる老人は、馬車でもなければ運べなさそうな量の商品の中で、相変わらずひとりで座っている。
「お連れ様が増えてらっしゃいますね。よろしければおすすめをご紹介させていただいても?」
ちらりと俺の後ろのいおを見て、顔の皴を深めながら微笑む。それに、わずかに頷いて返した。
「こちら、人間と同じ魔力補助素材の宝石がついた首輪です。それから、珍しいところですと犬用の靴がございますよ。あなた様の鞄と同じ、魔族の国の素材で出来てますから丈夫です。寒いところや、暑いところでは、きっと重宝なさいますよ」
ついつい、溜息をついてしまいそうになる。
俺の鞄の時と同じように、ガラクタのような商品の中から引きずり出した首輪は、まさに今、俺が欲しい物だった。しかも、便利そうな靴なんておまけつき。これで俺を待ち構えていなかったなんて、あまりにも信じがたい。
笑ったままの老人は、どうぞと首輪も靴も差し出してくる。受け取ると、興味を惹かれたのかいおが横から顔を出して、伸びあがってまでそれぞれの匂いを嗅いだ。
「気に入ったか?」
尋ねると、俺の顔を見上げて前足を俺の腕にかけようとする。それに合わせて腕を下げてやると、嬉しそうに尻尾を振って更に俺の手に乗る首輪と靴を自分の方に引き寄せようとした。さっきまでの警戒はどこへやらといった様子で、このふたつを買わないという選択肢もないようだ。
「これをもらおう」
「毎度、ありがとうございます」
金を渡して、しかし、やっぱりうまくしてやられたようで気に食わないから、こちらからもしかけてみる。
「ついでだが、手紙を届けてほしい」
追加の金と一緒に、用意はしていた真っ白な封筒に入った手紙を見せた。
イニャス皇子の関わる犯罪についてが書かれた手紙は、簡単には人に預けられない代物になってしまった。あれがなければ、ポエットが方法の一つとしてあげた行商人に任せる方法も手だったが、やはり直接街の役所に持っていくしかないと諦めていたところだった。しかし、この老人だったらもしかしたら、と思う。
案の定、宛先もなにも書いてない封筒なのに、何も聞かずに涼しい顔で受け取った。そして、大事そうにしっかりとした金具がついた薄い木箱にしまう。
「はいはい、お任せください。お返事までしっかりお届けしますのでね、少々お待ちくださいね」
もしかして、中に何が書かれているかまで分かっているんじゃないか。そう思わせる老人だったが、そうだとしても変わりはない。いおに首輪だけつけて具合を確かめ、先に進んだ。
老人がリュカたちに接触するならそれで良し。手紙の返事まで届けてくれるならなお良し。少々怪しいところがあったとしても、使えるなら問題ないと思うのが俺で、それ以外の問題があればリュカたちがどうにかするだろう。
他力本願なことを考えながら、首輪を気に入って弾んだ足取りで進んでいくいおを、少し駆け足で追いかけた。




