惜陰の情忘れず
「そう言えば、私たちクラン登録してないわよね?」
フィンデンスタインに越してきて数日が経過したある日、ルーシィがそんなことを言い出した。
「そうだな。基本パーティーを組んだままだから気にしていなかったが、クランとして登録申請しておいた方がいいな。」
クラン登録を行って得られる一番の恩恵は、共同インベントリが使用可能になることだ。
交換可能なアイテムであれば、個人が所有するインベントリとは別枠のこの領域に収納することによって、クランメンバーであれば誰でも引き出すことが出来るようになる。
とは言え、ルーシィと俺はそもそも生活拠点を共にし、クエストや狩りに出る時も基本一緒に行動するため共同インベントリの利点をすっかり忘れてしまっていた。
「なら、今日レギオンに申請に行きましょうよ。」
「よし、行くか。ついでにクラフトの進捗も見に行ってみようか」
あれからルーシィの分のスコーチャーも作成したのだが、2人で出かける時ルーシィは必ず俺の後ろに乗る。
運転が苦手な訳ではないようで、むしろ彼女としてもスコーチャーの爽快さを楽しんでいる様子だが、きっと思うところあるのだろう。
正直、悪い気はしないので特に何も言わない俺もいるわけだが。
レギオンに到着した後、早速クラン関係の窓口に向かう。
「こんにちは、本日はどのようなご用件で?」
職員の若い男性が快活に俺たちを迎えてくれた。
「クラン設立の手続きを行いたい。」
「かしこまりました。それでは、こちらの用紙にご希望のクラン名とクランリーダーとなる方の氏名をご記入ください。初期登録時に10,000ゴールドいただきますがよろしいでしょうか?」
「構わないさ。人員が増えた時の手続きはここで行うのか?」
「クランへの加入は、クランリーダーの方が承認すれば自動的に加入となります。こちらで行う必要はありません。注意事項としては、自分からクランを脱退・解散した場合、1週間は別のクランに所属することが出来なくなります。」
「了解した。」
担当官から用紙を受け取り、必要事項を記入していく。
「ところで、クラン名は何にするんだ?」
「フィルが別の世界でリーダーをしていたクラン名にしましょうよ?」
「それでいいのか?」
「また最強のクランを作りましょうよ?今度は、私もその仲間に入れて頂戴?」
「分かった。クラン名は“シュタイフェ・ブリーゼ”だ。」
これで、この世界でもクランに所属することとなった。
正直、また大所帯のクランにする気は無いが、最強を譲る気は無い。
富も名声も欲しくはないが、どの世界線だろうがハインヴィアにおいて最強のプレイヤーの座を譲るのは俺の矜持が許さない。
やるからにはまた最高峰を目指す心意気は、転生したその時から変わらない。
「クエストボードも見て行きましょうよ?おもしろそうな依頼があるかもしれないわ。」
「そうだな、見て行くか。」
クエストカウンターへ移動し、クエストボードの依頼を確認する。
首都のレギオンに来る依頼は膨大だ。そのため、地方のレギオンとは異なりデジタル端末で、採取系・討伐系・捕獲系といったようにソートを掛けながらクエストを調べることが出来るようになっている。
「フィル見て、レイドクエストが発行されているわ」
【フィンデンスタインレギオン発行 レイドクエスト依頼】
ドロッセア湖蝕洞にてデッドリーパイソン変異種が確認されました。
対応可能なハンターは討伐への参加をお願い致します。
対象モンスターは通常種が持つ毒とは別に、麻痺の状態異常を使用することが確認されていますので、状態異常対策をした上での戦闘が推奨されます。
「デッドリーパイソンか、また面倒なモンスターが変異したもんだ。」
「勝てそう?」
「麻痺も使うようになったってだけなら、今の俺とルーシィなら問題ない。受けてみるか?」
「やりましょうよ、そろそろ首都でのクエストをやってみたいわ。」
受注処理を端末で行い、2日後のダンジョン攻略に予約を行う。
レイドクエストは、通常クエストとは異なり複数のパーティーで臨むこととなるため、足並みを揃えるために開始日時が指定されている。
その後は、いくつか通常クエストを受注してレギオンを後にした。
依頼したクラフト品を受け取るために、ジェイドの店に立ち寄る。
「邪魔するぞジェイド。いるか?」
「フィルさん、いらっしゃい。今はあたしが店番なんだ、お父さんなら奥にいるけど、呼んでくる?」
「やあアッシュ。休憩中なら大丈夫だ、後でよろしく言っといてくれ。依頼したアイテムの進捗はどうだい?」
「結構な数できてるよ。面白いアイテムばかりだから、ついつい夢中で作っちゃった。」
「ありがたいけど、ほどほどにな。いくつか買っていくよ、近々使う予定が出てきて、手持ちじゃ足りなくなりそうだ。」
頼んでいた弾丸をアッシュに持ってきてもらう。
3日後までに必要量作ってもらえるようリストに書いてきたのだが、すでに十分量作ってくれているとは思わなかった。。
優先してクラフトしてくれる契約だが、店売り分の製作もあるだろうに。
「付与の指定はなかったけど、適当に付けておいたよ。もちろんサービスね。」
「ありがとう。しかし弾丸1発1発に並列効果か、相変わらず無茶苦茶だな。お礼はまた今度な。」
受け取った弾丸には、“飛距離増加”と“威力上昇”が付与されていた。
アッシュのアビリティには恐れ入る。
「フィルさん、知ってる?最近首都で神隠しが起きてるの。」
「神隠し?」
「そう、数日前から突然人がいなくなっちゃう現象が起きてるんだ。昨日4人目が出たんだけど、住んでる場所も、年齢も性別もバラバラだから迷宮入りしてるみたい。」
「それはおっかない話だな。」
「だから、今は二人一組で行動してる人ばっかりだよ。効果があるかは分からないけどね。フィルさんも気を付けてね。」
「何もしないよりはマシかもな。忠告ありがとう。」
買い物を終え、アッシュに見送られて店を後にする。
「神隠しねぇ、フィルは何か思い当たることある?」
「いや、分からん。人為的なものだとしても、意識のある人間を承諾なしに別の場所に飛ばすのはかなり難しい。被害者の素性も分からない今は、見当も付かんな。」
「おっかないわねぇ。」
「万が一、当事者になっちまった時の保険はかけておくとしようか。方法は分からなくても、どうなるかが分かっているならば、対策は可能だ。」
人が突然いなくなるなんてことは、粗方人の仕業によるものだろう。
であれば、自分たちが被害者になることを防ぐ自信はある。
だが、この世界で俺が知り得ない現象があるのも事実だ。
変異種というモンスターが存在するのがその証拠だ。
であれば、特定条件下での自然現象による失踪の可能性もぬぐえない。
いずれにしても、自分たちは大丈夫だろうと考えるのは危険だ。
可能な限りで、出来ることはしておく。
レイドクエスト前日の夜、ルーシィとホームのリビングで話をしていた。
「ルーシィは、デッドリーパイソンがどんなモンスターか知ってるか?」
「戦ったことはないけど、レギオンの名鑑で調べたことはあるわ。確か、大きめの蛇型のモンスターで、毒液を飛ばす攻撃をしてくるのが特徴だって。」
「まぁ、そうだな。毒は触れるほど受ける継続ダメージが増える特殊な毒で、取り巻きのパイソンイマーチャーと複数で生息していることがほとんどだ。モンスター自体の強さはそれほどでもないが、散布する毒が地面に残り続けるから、戦場が閉所であるほど強敵になる。」
「今回の場所って洞窟よね?マズくない?」
「だからレイドクエストなんだろうな。俺たちのパーティーにヒーラーはいないから、ポーションは潤沢に持っていく。他のパーティーのヒーラーが治してくれるかもしれないが、手持ちがなくなったら遠慮なく言えよ。」
「分かったわ。」
「問題は、今回の対象が変異種だということだ。第一発見者のパーティーが麻痺を使用してくることまでは確認してレギオンに報告しているそうだが、それ以外については未知数だ。
あの後職員に聞いてみたが、出現場所が洞窟内だから撤退に失敗する恐れがあるとして追加の調査隊を送り込めていないらしい。」
「不測の事態が起こる可能性があるってことね。」
「そういうことだ。せっかくの遠距離攻撃職なんだから、最初は安全マージンを取って戦えよ?」
「そうするけど、フィルなら何とかしちゃうんでしょ?」
「善処はするが、油断は禁物だ。そもそも、俺たち以外のパーティーの連中はおそらくレベルが俺たちより上だ、首都のハンターは強者揃いだからな。」
「うーん、嫌みにしか聞こえないわよ?正直、レベルが高いだけのハンターだったら今の時点で私とフィルの方が強いんじゃないの?」
「否定はしないが、俺のアビリティとエクストラジョブの補正のおかげでもある。“パーティープレイは敬うこと”が俺のモットーだ。ただ...」
「ただ?」
「“迷惑行為を働くプレイヤーに容赦はしない”も俺の信条だ。レイド全体に影響を与えるようなら、なおさらな。」




