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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
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彬・未衣 19

 二人が告り合ったらしい、という噂は比較的早い段階で演劇部内に流布し、部員たちはやっとかよ~と笑って、やっかみ半分に二人に本番まで休みなし!と厳命し、未衣と彬は本当に1ヶ月少しの間、授業やバイト以外は部室と稽古場に缶詰めになっていた。

 ここの奴らって鬼の集まりなんじゃねえの、と彬はぼやいたが、未衣と二人きりでいられることも多い立場に満足しているらしく、案外真面目に役割をこなしていた。


 「お前らって、つきあってるって感じしないよな」とカフェテリアで千佳の手製のサンドイッチにかぶりつきながら今泉が言った。

 「つきあってないわよ。今まで通りよ」未衣がさらっと言って、彬は憮然としてマウントレーニアのストローを咥える。


 「えーっ信じられない」千佳は目を見張って今泉と顔を見合わせる。

 「あのね。あたしたちがつきあうなんていつ言ったのよ?千佳が演劇部の人たちにまことしやかに嘘つくから、迷惑してるのよ」と未衣は、朝焼いてきたケーク・サレを切り分けて彬の皿に載せてやりながら文句を言った。


 「だって…二人とも好きだって伝えあってたじゃない…」千佳は訳が分からないというように未衣を見つめ、今泉も隣でうんうんと頷いている。


 そうなんだよな。

 彬は未衣が作って持ってきてくれた弁当を眺めた。一皿に盛られたケーク・サレ、チキンのグリル、野菜のゼリー寄せ。保温ジャーに入れられ湯気を立てているコンソメスープ。どれも美味そうで彬は幸せを感じる。

 

 あの日、てっきりつきあうことになったと思った彬は、未衣にキスしようとして拒否され「なんっだよ!」と怒ってしまった。

 未衣は「豊島さんや美乃利ちゃんをあんなに傷つけて、あたしたちだけこんなにすぐに幸せになるなんて酷いことできないよ」と呟いた。


 そりゃそうだけど…せっかく互いの気持ちを自覚したのに…

 彬は頑固なまでに律義な未衣に呆れたが、今までよりもずっと優しく近しく寄り添ってくれるようになった未衣の気持ちを尊重しようと決めた。


 だけど、いつまで待てばいいのかなあ。思わずため息をつく。

 豊島には、一生愛していくつもりなら、1、2年なんて大したことないだろなどと言ってしまったが、自分の身に降りかかってみると、イヤ結構長いよね。

 豊島さんごめんね。彬は心の中でそっと呟く。


 「彬、不満なの?」今泉が目敏く彬の様子に気づく。

 「別に…俺は未衣の気持ちを尊重申し上げますですよ」彬はチキンのグリルにかぶりつく。


 千佳はテーブルに頬杖をつき、未衣の顔を覗きこむようにして言った。

 「未衣は彬くんが可哀相だと思わないの?

 あんまり放っとくと、彬くん他の女の子に目移りしちゃうかもよ?」

 

 未衣は千佳の言葉にたじろいで身を引き、傷ついたように瞳を伏せた。


 「えっ?ごめん、未衣、そんな顔しないで冗談だから」千佳は驚いて、取りなすように未衣の腕を軽く叩いた。

 「そーだよー、彬が未衣ちゃん以外の子に興味持つわけないでしょー」今泉も慌てたように言い添える。

 彬はびっくりしてチキンを口につっこんだまま未衣を見た。


 「美乃利ちゃんや豊島さんに、あたしたちは友達だってあれほど連呼してようやく別れて、すぐにつきあってますなんて言えるわけない。

 無自覚だったとはいえあんなに苦しめてしまった人たちのことをこんなに早く忘れていいわけがない」

 未衣はうつむいて、言葉を零すようにぽつりぽつりと呟く。


 「彬がこんなあたしよりももっと好きな人ができるならそれもいいと思う。

 一生仲のいい友達でいられるなら、その方が良いのかもしれないと思ったりもするの。

 少なくとも豊島さんに嘘をついたことにはならないから」

 

 苦しげに言って顔を両手で覆ってしまった未衣を、三人は何とも言えない複雑な表情で見つめた。

 豊島との交際で、未衣の恋愛観は大きく歪み変形し偏ってしまった。

 ストーカーまがいの行為を受けて傷つき、それでもそんな行為に豊島を走らせてしまった自分を責めている。


 俺が未衣の傷ついた心を癒してやりたい。

 彬は目顔で千佳と今泉を促し、二人は席を立って彬に目配せしてカフェテリアを去っていった。


 彬は椅子ごと未衣の方を向き、未衣の椅子を動かして向かい合わせにした。

 顔を覆っている未衣の両手を外し、未衣の膝の上で自分の両手を重ね、未衣の顔を覗き込むようにして話しかける。


 「俺は、無理につきあうって形をとらなくてもいいと思ってるよ。

 今みたいに、恋人には少し足りないけれど、すごく仲のいい友達でいよう。

 変に気を遣ったり遠慮する関係になりたくないから。

 束縛はしない。待ちもしない。

 だからお互いに好きな人ができたら、正直に言い合おう」


 優しく耳許で囁く彬を、未衣は愛しいと思った。

 そうは思っていないのに、最大限未衣の気持ちに寄り添おうとしてくれている彬の気持ちが嬉しかった。

 

 彬に自分以外の恋人ができるのは絶対に嫌だ。美乃利の時のような思いは二度としたくない。

 彬は本当は待つつもりでいてくれていると思う。

 だけど豊島に待つと言われたことがひどいプレッシャーになったことを知っている彬は、敢えてその言葉を避けてくれたのだと判る。


 彬が他の人に心惹かれるのは嫌だけど、自分が彼女になるのは荷が重い。

 友達でいるのも辛いけれど、いつかはと待たれているのも心苦しい。


 未衣は自己矛盾を持て余し、とりあえず彬の言葉にうなずいた。

 今はフレキシブルな関係でいられることが有り難い。

 豊島と美乃利のことが自分の中で落ち着いたら、また話をしよう。


 彬は未衣が頷いてくれたことにホッとして「さ、食べようか。冷めちゃったけどせっかく作ってくれたのに残すのはもったいない。俺今日バイトが終わるまで食べられないからたくさん食べとこう」と言って食べ始めた。


 こうやって毎日未衣とたくさん話ができて、堂々と授業のノートが借りられて、互いの部屋を行き来できて未衣の手料理が食べられて、言うことないじゃないか。

 キスできないとか恋人の甘い会話ができないとか、まちょっと残念ではあるけど、得るものの大きさに比べれば大したことではないな。



 学内がだんだん騒々しくなり学祭の準備が着々と進む中、演劇部の稽古にも熱が入った。

 彬と未衣は土日を含むほぼ毎日稽古場に顔を出し、演出の滝沢がいないときでも二人で稽古を進め、役者や裏方の細かい要求に応えて走り回り、タイムテーブルを作って皆に合議を図り、舞台の下見をしに行って舞台装置や照明・音響のプランに疎漏がないか確認し、合間に文化祭実行本部との折衝を繰り返した。


 二人の息の合った指示や行動に、部員たちは部長や演出の滝沢よりも信頼を寄せて稽古を重ねた。

 来年の部長副部長は決まったねえと笑って言い合う部員たちに、え~やだめんどくさい、と言いながらも二人は内心そうなるといいなあと思っていたことは互いに知らない。


 本番の前々日、朝から部員たちと助っ人(部員の友人たち)は講堂に集合し、舞台と照明・音響の設営を始めた。

 

 未衣と彬はインカムを装着してそれぞれの分担に応じて役割をこなし、タイムテーブルと照らし合わせながら全体の進行を確認しつつ時折打ち合わせをする。

 なんとか明日の昼までに設営と試運転を終わらせて、午後からはゲネプロに入りたい。

 今日明日は徹夜覚悟だぁ…


 未衣は彬の、彬は未衣の、声を張って指示を出し、たまに冗談を言って場を和ませながらも緊張感を保ちつつ的確に作業を進めていく姿に見惚れていた。

 それに気づいた部員たちが「初恋か!」とツッコんで笑っているのを知り、見ないようにしようとするのだが目が逸らせない。

 

 未衣が舞台の上部のキャットウォークでサスペンションライトのゼラチンを確認していると、下の舞台袖で同学年の女子部員が二人、話しているのが聞こえた。

 「ねえ…やめなよ。そんなことしたって無駄だって」ひとりが引き留めている。

 「訊くだけだから。その先なんて考えてないし」と、もう一人の町原茜は軽く言って、舞台上で鉄パイプを組んでクランプで止めようとしている彬に「ここ、押さえてようか?」と声をかけた。


 「おう茜、サンキュ。小道具は終わったのか?」彬は汗を腕で拭って訊く。

 「うん。もうほぼ終わり。衣装の手伝いしてる子もいるけどね」茜は彬が止めようとしている鉄パイプの十字に組んだ部分を押さえながら答えた。


 「今度こっちを持っといて」彬は次々に設計通りに鉄パイプを組んでいく。

 「ちょっと訊いていいかな」言われた通りに鉄パイプを支えながら茜は言った。

 「何?」

 「千佳が言ってたんだけど、彬は未衣とつきあってないって本当?」


 彬は軍手をはめた手を降ろして足元に積んであるクランプをひとつ取る。

 「ああ…つきあってないよ。めちゃめちゃ仲のいい友達って感じ?」

 「ふうん。本当なんだ。びっくり。

 彬が前の彼女と別れて、未衣と告りあったって聞いたから。

 もう一ヶ月以上経つのに進展ないんだね」


 「だから何?」彬は作業しながら心持ち不機嫌そうに言う。

 「だったらあたし、立候補しちゃおうかな」茜はにっこり笑いかける。

 「え?」

 「彬の彼女に」


 未衣は二人の頭上にいて会話を聞いてしまい、細いキャットウォークに思わず座り込んだ。

 聞いちゃってていいのかな。ダメだよね。

 でも足が震えて、この細いところを上手に歩けない…


 彬は手を止めて茜を見た。

 「悪いけど…茜をそういうふうに見たことがないから、気持ちには応えらない。

 訳があって未衣とはつきあってないけど、俺は未衣以外の彼女は考えられない。

 ごめんな」

 そう言うと「もういいよ、手伝ってくれてありがとう」と笑って作業に戻った。


 茜は気を悪くしたふうもなく「そうだよね。そう言われると思った。気にしないでね」と笑い「衣装の方を手伝うわ」と言って舞台袖へ走って行った。

 舞台袖の奥で心配そうに成り行きを見守っていた部員の子に抱きついて泣いているのが未衣に見えた。


 未衣は持っていたバインダーを抱きしめて座り込んだまま、舞台上で黙々と作業を続ける彬を見下ろした。

 彬…

 


 


 

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