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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第5章― 涙の祝祭
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52話 “探しもの”の条件


 お伽噺のお姫様。その単語から何を連想するだろうか。

 ひらひらとした桃色のドレス、薔薇を模した胸飾り、銀細工のティアラ、とにかく可憐で女の子らしい衣装を着ているイメージが強い。


 しかし理想と現実とではやはり隔たりがあるもので、実際にそんな格好をしてしまうと大抵の者は視覚的に大怪我する。

 許されるのは見目麗しい幼女くらいのものだ。十代半ば程度の少女でもかなり厳しいことだろう。さて、それを踏まえて。


 問.そんな衣装を、背の高い騎士が着たら?


 分かるはずだ。誰でも結果は分かるはずだ。どんな大惨事が起こってしまうのか、分かるはずだ。少なくともボリスはそう信じている。だからこそ声を大にして言いたかった。



 「ただの嫌がらせじゃねぇか!!」



 もそもそと女装をしている騎士たちのいる控え室に、至極真っ当な叫びが響いた。

 ボリスは昨年もこの『聖涙探し(ラクリマ・ズーヘン)』に女装若手騎士として参加しており、皆一度やっているのだからと、口から溢れ出そうになる文句をぐっと堪えて臙脂(えんじ)色のドレスに袖を通したのである。


 しかし、どういう訳か今年もかかった招集。フィアナはボリスの容姿が関係しているというようなことを言っていたが、間違いなくあの老獪な騎士たちの策略だ。

 しかし悲しきかな、上からの命令に従うのが騎士である。ボリスは今年も大人しく(多少文句は言ったが)着替えを始めようとしているのに。


 衣装櫃から出てきたのは、先ほど言ったような代物だった。男がドレスというだけでも十分にキツいというのに、女性が着てもキツいものを寄越されるというどうしようもなさ。思わず人目も憚らず叫びたくもなるというものだ。

 

 「どうなさいました?」


 すぐに係になっているメイドが飛んできた。彼女には何の非も権限もないことは分かっていたが、ボリスは無言で桃色のひらひらドレスを差し出した。


 「こっ、これは……」


 ボリスの顔とドレスとを見比べ、明らかにたじろいだメイド。そして気の毒なものを見るような視線を向けた後に「残念ですが」と首を横に振った。

 

 「ボリス様の衣装に関しては、エルヴィーラ殿下が直々にお選びになったとのことです。お取り替えすることは……」

 「第二王女殿下が……!?」


 あのひとの考えていることはいつもよく分からないが、今日も今日とて謎である。よく絡まれるような自覚はあるが、こんな嫌がらせを受けるほど嫌われている意識はなかった。


 (何かお考えがあってのことなのか……?)


 首を傾げていると、手元の辺りカサリと音がした。


 (……手紙?)


 ドレスの装飾の間に一枚のメモ書きが挟まっていた。メイドが戻ったあと、ボリスはそれをそっと開いて見る。宛名は自分に向けてで、最後にエルヴィーラのサインが記してあった。この衣装の意図について説明があるようだ。


 《ドレスは気に入って貰えたかしら? それを着て皆の前に出れば、貴方に不足している親しみやすさはバッチリよん》


 「…………」


 納得できるような、できないような。

 自身が近寄り難く思われていることは気づいているし、その原因が自分にあることも理解している。しているのだが、なんというか、もう少し何かあったのではというか。


 「ん? 追伸……」


 手紙にはまだ続きがあった。


 「ええっと……『もしそれが気に入らなかったら、別のやり方を考えるわ』?」


 まさかの向こう側からの譲歩である。この公開処刑を逃れられる手立てがあるらしい。ボリスの期待を背負った文は、いつもの独特な語尾で締め括られた。


 《例えば、貴方の好きな女の子のタイプを発表しちゃうとかねん》


 貴方の、好きな、女の子の、タイプ。

 ひどく無造作に書かれたその言葉を、ボリスは軽く四度見はした。


 「……!?」


 恐ろしく静かに混乱の極みへ突き落とされる。何故だ。その質問には決して答えなかったはず。ただの脅しか? いやでももしかしたら。目まぐるしく思考を巡らせる中で、ふと一つの記憶がひっかかった。


 (待てよ……一度だけ……)


 いつの事だったか、とある人物が知り合いから酒を貰ったらしく、自分は飲まないからと代わりにボリスに浴びるほど飲ませてきた。そして、いくつか質問を投げかけた気がする。

 普段なら絶対に答えなかっただろうが、如何せん酔っていたのだ。要らないことまで話したのではなかったか。

 例えば、好きな、女の子の、タイプとか。

 

 (でも何故エルヴィーラ殿下がそれを……!? 一体どこで……)


 ここでボリスはさらに思い出す。

 あの(・・)後輩がトリシャの件であらぬ嫌疑をかけられていた際、一時的に《アイオロス》の元に居たこと、そして其処には、エルヴィーラがよく通っているということを。


 (つまり……)


 ふるふると拳が震え出す。

 ボリスの脳内で、薄青の瞳がこちらを見て『すみません、つい』などと悪びれず言った。



 「フィアナぁぁああッ!!!」



 本日二度目の絶叫に、窓枠に止まっていた鳥が慌ただしく飛び立った。



◇◆◇◆



 結局ボリスは、大人しく桃色ヒラヒラ姫ドレスを着て青空の元『聖涙探し(ラクリマ・ズーヘン)』に参加している。最早どこかに隠れてバックレたい気持ちはあるが、騎士は成績が悪いとペナルティがあるのた。真面目にやらねばさらなる屈辱を味わうことになる。


 「わ、ねえ見てあの人……」


 時折耳に入る会話と笑い声は、急ごしらえの鋼の精神で耐え切る他ない。ボリスは仏頂面でずんずんと貸切られた街の一角を歩き回った。


 (ん? あれは……)


 積み上げられた木箱の隙間から何かがきらりと光る。もしやと思い近づいてみれば、当たりだ。涙型の銀細工が引っ掛けてあった。

 『聖涙探し(ラクリマ・ズーヘン)』で使用されるのは、涙を象った銀細工や涙型に加工した石。どちらも小さいので見つけ辛いが、銀細工の方は場所によっては光の反射で意外と目立つ。


 「まずは一つ、か」


 ノルマとしては最低三つはないとペナルティを課せられる可能性がある。すぐに次の場所へ移動しようとしたボリスだが、ふと数人の話し声が聞こえて動きを止める。


 「え、それほんと?」

 「ええ。お母さんが言ってたもの」

 「怖いねぇ……私も弟がそうだからよく言い聞かせておかないと」


 声からして女子だ。このイベントに抽選で選ばれた十五歳以下の子供たちだろう。あの年頃子供の打ち解けるスピードといったら、恐ろしいほどである。三人は既に意気投合しているらしく、ボリスに気付かずにお喋りを続ける。


 「でも、どうして銀髪の子供なんだろう」

 「さあ……珍しいからじゃない?」

 「でも銀髪って言ってもさ、小さいうちだと結構あるじゃない? 大きくなるにつれて金色になるけど」


 (銀髪の子供……?)


 彼女たちの表情を見るに、あまり良い話ではなさそうだ。

 探している、とか、ものすごいお金、などといった単語も聞こえてくる。

 ボリスの頭をよぎった言葉は一つ。


 (……人身売買か?)


 フェロニア王国だけでなくどの国でも慢性的に問題となっている事柄だ。だからこそ、改めて話題になっているとすれば何か理由があるはずだ。

 ボリスは気配を殺し、そっと少女たちへ近づく。


 (やべえ図だなこれ)


 うら若き乙女をこそこそと追いかける、桃色のドレスを着た目付きの悪い若い男。

 もし自分が見つけたら問答無用で捕縛する。幸いここは一般の見物人の目が届かない場所だ。自分がへまをしなければ見つかることは無い、


 「あっ!」


 はずだ。

 と心の中で続けようとして、ボリスは小さく飛び上がる。


 (もう気付かれた……!?)


 冷や汗をかいたが、どうやら違うようだった。少女のひとりが誰か知り合いを見つけたらしい。


 「シャルロッテ! 貴女も来てたのね」

 「ええ。そちらは?」

 「さっき知り合ったのよ。こっちが……」


 和やかに会話が始まったのを確認し、ボリスは息をつく。この格好には事情があるとはいえ、見つかってしまった場合人生終了の鐘が鳴る気がする。


 「……そうだ。シャルロッテ、貴女の妹も銀髪よね?」

 「まあ、まだプラチナブロンドだけれど。でも数年もすれば金髪になるわよ?」

 「でも今ね、銀髪の子供に沢山のお金を懸けて探してる商人がいるらしいわ。攫われてしまうかもしれないわよ」


 (……やっぱりそういう話か)


 ここまで噂になるのなら、その商人とやらは派手に探し回っているのだろう。一応上に報告しておくために、ボリスは会話の内容に耳を澄ませた。


 「その話なら知ってるけれど……私が聞いたのはもう少し詳しかったわ」

 「詳しいって?」

 「探してるのはただ銀髪の子供じゃなくて、十六歳(・・・)の銀髪の子供って聞いたわ」


 ジャリ、と気配を殺していたはずのボリスの足元で音が鳴る。足音を消しそびれた。普段ならばまずない失態を演じたが、それを気にかけている余裕はない。


 「……なんだよ、それ」


 ただ珍しい色彩の子供を探しているならば、不必要であろう年齢条件。子供の頃は銀で成長してからは金という子供を省きたいのならば「◯歳以上」とでもしておけば良い。


 なのに何故、わざわざ十六歳などに縛るのか。

 どうしてそんな、心当たりのある年齢にしてしまうのか。少なくともボリスは一人しか知らない。


 「……誰を(・・)、探してんだよ」


 この符合がただの偶然であれば良い。

 けれどこの望みはきっと叶わないだろうと、既にボリスは心のどこかで思っていた。

 



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