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あたしがジーナを好きなワケ

 言の葉さんからいただきましたリクエスト小説です。

 ※シリアス

 ※主人公がジーナに転生する前、姉妹たちの幼少期の話です。

 ※時系列が色々な所に飛びます

――あれは、まだあたしが小さかった頃


「待っててね猫っ!」


木の上にいる猫に向かって手を伸ばすけど、あたしの身長じゃ全然届かない。

 枝に掴まり、幹のでこぼことしたところに足を掛けて少しずつ登った。危険なことはわかっていたけれど、熱くなると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。


 パキッと小気味いい音をたてて掴んでいた枝が折れる。あ……折れた と思った時には身体は宙に浮き、腰から地面に叩きつけられた。


「いったぁぁ~…」


 そこまで高くない所からの落下だったために骨折はしていないが、それでもかなり痛い。

 座りながら腰を擦っていると、ふと誰かがあたしのすぐ隣に立つ気配がした。


 見上げると、あたしの妹がこっちを見下ろしていた。

 風に靡くのはママ譲りの漆黒の髪、そこから覗くのはパパと同じアメジスト色の瞳。小さく白い手には、難しそうな本が握られている。


「ジーナ!!」


あたしが名を呼べば


「……何やってるの、姉さん」


呆れたような声が返ってきた。


「あのね、木の上の猫を助けようと……あっ」


あたしが指を差した途端に自ら飛び降り、華麗な着地を決め走り去っていく猫。

 呆然とその様子をみつめるあたしの後ろからジーナは淡々と言う。


「あれくらいの高さからなら猫は自力でおりられるよ」

「へぇーーっ!!そうなんだ!?すごいね、ジーナ物知り!!」


それは、心からの賞賛だった。

 家の中で本を読むよりも外で体を動かすほうが好きで、いつも傷を作って帰ってくるようなお転婆なあたしは、落ち着いていて物知りなジーナを、妹ながらに尊敬していた。

 パパもママも、町の人達も、皆ジーナのほうがお姉さんだねって言う。あたしはそれに対して別に腹を立てたりしなかったし、むしろ長女の座をジーナに譲ってあげたいと思ってた。

だって、絶対ジーナはあたしより大人で凄いから!!


 なのに、褒めた途端にジーナは表情を曇らせた。

瞳を伏せて、いつからか被るようになった黒いマントで顔を隠してしまう。


「私は、姉さんやジェシーと違って要領が良い訳じゃないし……二人みたいに綺麗でもないから。だから、努力しないといけないの」


 何を言ってるの?と、ジーナだって優秀だよ綺麗だよと、言ってあげることが出来たら何かが変わったのかもしれないけど。

 幼いあたしは、ジーナの全てを拒絶するようなオーラに怯んで、声をかけることを躊躇った。


「そう、なんだ……偉いねジーナ!!」



 黒いマントを羽織い始めたあたりからジーナの様子がおかしいのは知ってた。ママにも「ジュリアはお姉ちゃんなんだから、ジーナを支えてあげて」と言われたけど、特に気にも留めなかった。


 だってジーナは凄いから、あたしが助けてあげる必要はないと思ったの。





 実際にジーナは強かった。

あれは、パパとママのお葬式でのことだ。



 運び屋をしていて、各地を転々としているパパに、珍しくママが同行していったんだ。

 何年経ってもラブラブな二人、しかも今度の目的地が二人が出会った思い出の場所ということで、あたしたち姉妹を親戚の家に預けて出掛けて行った。


 二人が出発してから三日後だっただろうか。その目的地付近にある、ちょっとした名物にもなってる巨大な橋が、通行中だった沢山の車や馬車や人を道連れに崩壊したというニュースが世間を駆け巡ったのは。

 数多くの人が橋の下に広がる海に投げ出され、大量の死者を出した事故。

 あたしたちのパパとママもその事故の被害者だった。


 突然両親を失って、あたしもジェシーも泣きじゃくった。特にあたしは中学への進学も控えていて、不安もあったんだと思う。泣いて泣いてひたすら泣いて、色んな人や物に八つ当たりした。

 でも誰もあたしを叱る人は居なかった。むしろ悲しいのは当然だよと、胸を貸してくれた。


 そんな泣くことが通常の中でもジーナは泣かなかった。長女のあたしに代わって、親戚の人達と葬式のことを話し合ったり、当日も進んでお手伝いをしていた。


 やっぱりジーナは強いんだ。凄いと思う反面、少し恨めしくもあった。

 ジーナはパパとママが死んでも辛くないんだ、悲しくないんだ。二人はあんなにもあたしたちのことを愛してくれたのに。涙の一滴も出ないってどうなの。


 忙しく動き回る黒マントをひっつかみ、感情任せに叫んだ。


「ひどいよジーナっ!!なんで…なんで泣かないの!?」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃなあたしとは対照的に、ジーナは淡々と言った。


「泣いてても仕方がないでしょう?」


その時の顔が、いつかの木から落ちたあたしに見せたような呆れた表情に見えて、とてもショックだった。

『何やってるの、姉さん』。小さなジーナの声が脳内に響く。


 気付けばあたしの右手は、ジーナの白い頬を叩いていた。


「姉、さん……?」


打たれた頬を押さえながら、驚いたようにこちらを見るジーナを睨み付け、あたしはこう叫んだんだ。


「何やってるのはそっちでしょう!?この薄情者!!……嫌い!大嫌い!ジーナなんて妹じゃないっ!!」


一通り叫び終わると、あたしは背を向けて逃げ出した。ジーナの顔を怖くて見ることが出来なかったから。

 傷ついて泣きそうな顔をしているかもしれない、なんて考えは一切頭に無くて、ジーナがあんなことを言われてもなお冷静に無表情にあたしを見ているところを想像すると、怖くて仕方なかった。




 その日の夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかったあたしは水でも飲もうかと、部屋から真っ暗な廊下へ出た。

 静かな廊下をゆっくり歩く。いつもこの時間帯は、ママがパパに電話をしている。パパが家に帰ってきていれば、二人で夫婦水入らずの時間を楽しんでいる時だ。

 それなのに今日は、あたしが歩くせいで軋む床板の音が響くだけ。

 本当にもうパパとママは居ないんだ。そう思うと、昼間さんざん泣いたのに、また涙が溢れてくる。


 立ち止まって寝間着の袖で目をゴシゴシ擦っていると、どこからか啜り泣くような声が聞こえてきた。

 あぁ、きっとジェシーも眠れないんだなと思ったあたしは、ジェシーの部屋の扉を少し開き、中を覗き込んだ。

 けれど目に映ったのは、目を赤く腫らしながらも、すやすやとベッドで眠るジェシーの姿だった。


 ……それじゃあ、この声は


あたしの目は、自然ともう一枚の扉の方へ向いていた。


 まさか、あり得ない。

そう思いながらも、震える手はドアノブを掴んでいる。

 ゆっくりゆっくり、音をたてないように慎重に開いた。


 部屋の中は真っ暗だった。壁と床の区別もつかないような暗闇の中、確かに啜り泣く声はここから聞こえる。

 私は部屋の主を探して視線を彷徨わせるが、なかなか見つけることが出来ない。


 そうして視線を何往復かさせた時、やっとその姿を捉えることができた。

 闇と同化した黒いマントを羽織りながら、ベッドに顔を伏せている、ジーナの姿を。

 


『あり得ない。だって、ジーナは泣かない。』


あたしは一体いつから、妹を感情の無いロボットのように感じていたんだろう?


 悲しくないわけがなかった。だってジーナはあんなにもパパに懐いていたんだから。

 辛くないわけがなかった。だってジーナはあんなにもママを慕っていたんだから。


 泣かないわけがなかった。だって、ジーナはまだこんなにも幼いんだから。



 「凄いね」「偉いね」。

ジーナの努力をこんな言葉で片付けて、ひたすら大人になることを拒み続けたのは誰だ。

 ジーナが大人だったんじゃない。子供だった長女(あたし)の代わりに、大人にならなきゃいけなかったんだ。


 ジーナは必死に頑張ったんだと思う。それなのに


「…っく、……ひっく」


どうして声を殺して泣かなければいけないんだろう。

 どうして耐えてきたのに、薄情者と罵られなければならなかったんだろう。

 どうして逃げ続けた奴に叩かれなければならなかったんだろう。


 頬を叩いた時、本当にジーナは無表情だったんだろうか?本当はあたしが顔を背けた後ろで、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。


 私は静かに扉を閉め、自分の部屋に戻った。



 ベッドの上に体育座りをして、膝に顔を埋める。


「……ごめん。ごめんね、ジーナ……っ、ごめん」


 叩いてごめんね。罵ってごめんね。無理させてごめんね。


「~~っ、ごめんっ!!ごめ、ん…なさ、い!」


 こんな姉でごめんね。


 謝っても謝っても満たされなくて、私はその晩、膝を抱えて泣きながら、ひたすら"ごめん"と繰り返した。

 

 そして、ある一つの決心をしたんだ。




 次の日の朝、泣き腫らしたせいであたしの顔は酷いことになっていた。


 台所には黒マントを羽織ったジーナが立っている。

 表情を伺おうとこっそり覗き込んだが、フードが上手い具合にジーナの目元を隠していた。

 なるほど、確かにこういう場合は役立つね。と黒マントに感心しながら、あたしはジーナの隣に立った。


 あたしの気配を感じてか、ジーナの肩がぴくりと上下する。

 あたしはそれに敢えて気付かないフリをして、キッチンに置いてあった、恐らくこれからジーナが剥く予定であろうジャガイモを一つ手に取り、包丁で皮を剥ぐ。

 お手伝いなんて滅多にしてこなかったから、少し緊張する。


 そんなあたしの様子を見て、驚いているのか口をポカーンと開けているジーナに私はこう切り出した。


「ねぇジーナ、あたしね、今日から生まれ変わろうと思うの。一つ目標が出来たから」

「……目標?」


 昨日のことが尾を引いているのか遠慮がちに、でも危なっかしいあたしの手つきからは目を離さずにジーナが聞いてきた。


 ――あたしの目標。それはね、あなたを甘やかせるくらい、凄いお姉ちゃんになることだよ。


 さすがに恥ずかしくて、それを言うことは出来なかったから、「秘密だよ」と誤魔化しておいた。



 あぁ、それからもう一つ、あたしはジーナに言わなきゃいけないことがあった。


 自分の手の中にある、歪なジャガイモを眺める。……うん、やっぱり全然ダメだ。皮と一緒に食べられる部分までごっそり剥けてしまった。


「あたし下手くそだね、それに比べてジーナは凄いよ」

「……そんな、私なんて」

「さっすが、あたしの自慢の妹だけあるね!」

「え……」


 『ジーナなんて妹じゃない』。こう言ってしまったこと、すごく後悔した。だから何としても訂正したかったんだ。


 ジャガイモからちらりとジーナに視線を向けると、ただでさえフードで表情が伺えないのに、更にうつ向いてしまっていた。

 でも、黒髪の間から覗く白い頬が、少し赤く色づいて見えた。


 ……照れてる。照れてる!? あの、常に冷静沈着で無表情なジーナが、あたしの言葉で照れてる!?!?


 今度はあたしが、驚きに口をポカーンと開ける番だった。


 そんなあたしにジーナは、いつもよりちょっとだけ口角を上げながら言った。


「包丁をもう少し寝かせるとうまく剥けるよ」




 それからはただひたすらに頑張った。勉強も運動も家事も、ジーナがこれまで頑張ってきたことの全てを、ジーナより上手に出来るように。


 高校も、妹たちには良いところに通ってほしくて、15歳の時に今通ってる学園の理事長に直談判しに乗り込んだ。

 無理を承知でのことだったんだけど、あたしの熱意を気に入った理事長が、特別に学業推薦枠を用意してくれた。人生何があるかわからないね。


 我ながら、けっこう頼れる姉になったつもりだけど、ジーナはまだ甘えてくれない。

 でも少しずつ笑顔を見せてくれるようになったのは、心の距離が縮まっていると取っていいのかな?





 慣れた手付きで朝ごはん用のジャガイモの皮を剥いていると、黒マントを羽織ったジーナが起きてきた。



 リリーク家の次女は、


 凄くて、可愛くて、人に誤解され易くて、実はけっこう表情豊かな、頑張り屋。


「ジーナジーナジーナジーナ!!」

「何?姉さん」



「あのね、大好きだよっ!!」



 そんなあなたの姉になれたこと、心から嬉しいと思うんだ。


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