第4話「新人冒険者、次の依頼へ」
ジェノバの街に到着してから二日目の朝。
《銀の麦亭》の二階にある客室で、柾木和雄は窓から差し込む朝日を浴びながら目を覚ました。
「ふあぁ……よく寝たな」
ベッドから身体を起こし、大きく伸びをする。十六歳に若返った身体は驚くほど軽く、昨日の疲れもすっかり抜けていた。
和雄は顔を洗って身支度を整えると、腰に女神メシアから授かった刀を差した。
「さて、今日も仕事を頑張るか」
階下へ降りると、食堂から焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
「おはようございます、カズさん!」
声をかけてきたのは、宿屋を手伝っているマリアだった。
「おはようございます。今日もいい匂いですね」
「ふふっ。ありがとうございます。朝食はもう用意できていますよ」
案内された席に座ると、パンと野菜のスープ、焼いた卵料理が運ばれてきた。
和雄は手を合わせてから食事を始めた。
「いただきます」
パンは少し硬めだったが、温かなスープにつけると食べやすくなる。卵料理には塩と香草が使われており、素朴ながらも美味しかった。
「うん、やっぱり朝食は大事だな」
和雄が満足そうに食べていると、マリアが近づいてきた。
「カズさん、今日は冒険者のお仕事ですか?」
「はい。昨日は薬草採取だったので、今日は別の依頼も見てみようと思っています」
「そうなんですね。危ない依頼もありますから、気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。無理はしませんよ」
和雄は笑顔で答え、朝食を食べ終えると宿を後にした。
朝のジェノバは活気に満ちていた。商人たちが露店の準備を進め、職人たちは仕事場へ向かっている。
和雄は大通りを歩きながら、冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けると、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。
依頼掲示板の前では数人の冒険者が相談し、受付では職員たちが忙しそうに対応している。
「おはようございます、フィーネさん」
和雄が声をかけると、エルフの受付嬢が顔を上げた。
「あら、カズさん。おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか?」
「はい。《銀の麦亭》を紹介してもらって助かりました。料理も美味しかったです」
「それはよかったです。あそこの料理は評判がいいんですよ」
フィーネは嬉しそうに微笑んだ。
「それで、今日はどんな依頼をお探しですか?」
「できれば、昨日とは違う仕事をしてみたいんです。Gランクで受けられる依頼はありますか?」
フィーネは手元の依頼書を確認した。
「そうですね。今日は街中の荷物運びと、薬草店への配達依頼があります。それから、ギルドの厨房で人手が足りないそうなので、そちらのお手伝いも募集していますよ」
「厨房の手伝いですか?」
和雄は思わず興味を示した。
日本にいた頃から料理が得意で、家庭料理だけでなく本格的な料理も作っていた。異世界の食材や調理方法を知るには、ちょうどよい機会かもしれない。
「その依頼、詳しく教えてもらえますか?」
「はい。ギルド併設の酒場で、昼食の準備を手伝っていただくお仕事です。報酬は四十五ゴルで、午前中から昼過ぎまでの作業になります」
「なるほど。料理を作ってもいいんですか?」
「基本的には食材の下処理や皿洗いですが、料理長の判断で調理をお願いする場合もあるそうです」
和雄は少し考えてから頷いた。
「それなら、その依頼をお願いします」
「かしこまりました。では、こちらで受注処理を行いますね」
フィーネは依頼書に受付印を押し、和雄へ渡した。
「厨房は建物の奥にあります。料理長に依頼書を見せてください」
「分かりました。ありがとうございます」
和雄は受付を離れ、ギルドの酒場へ向かった。
酒場の奥には厨房があり、数人の料理人が忙しそうに動いていた。
「すみません。厨房の手伝いの依頼を受けてきたんですが」
和雄が声をかけると、体格のよい中年男性が振り返った。
「おう、手伝いか。依頼書を見せてくれ」
和雄が依頼書を渡すと、男性は内容を確認して頷いた。
「よし。俺がここの料理長だ。今日は昼の仕込みが多くてな。助かるぜ」
「カズといいます。よろしくお願いします」
「おう。まずは野菜の皮むきと刻みを頼む。できるか?」
「はい、大丈夫です」
和雄は手を洗い、用意された包丁を手に取った。
まな板の上には大量の根菜や葉物野菜が並んでいる。
「さて、始めるか」
和雄は包丁の刃を確認すると、慣れた手つきで野菜を切り始めた。
トントントン、と規則正しい音が厨房に響く。
皮むきから刻みまで、無駄のない動作で作業を進めていく。
しばらくすると、料理長が和雄の手元を見て足を止めた。
「……おい、坊主」
「はい?」
「お前、本当に冒険者か?」
和雄は不思議そうに首を傾げた。
「はい。昨日登録したばかりですが」
「いや、そうじゃねえ。その包丁さばきだよ。料理人でもなかなかそこまで綺麗には切れねえぞ」
「そうですか? 料理は昔から好きだったので、結構やっていました」
和雄が何気なく答えると、料理長は感心したように笑った。
「ははっ、面白い坊主だな。じゃあ、こっちの肉も切ってくれるか?」
「もちろんです」
和雄は肉の繊維を確認し、料理に合わせた大きさへ切り分けていった。
余分な脂や筋を丁寧に取り除き、火が均等に通るよう厚さを揃える。
その様子を見た料理長は、ますます驚いた顔になった。
「お前、どこかの料理店で働いてたのか?」
「いえ、仕事は剣術を教えることでした。でも、料理は得意なんです」
「剣術の先生が料理までできるのか。器用なもんだな」
料理長は笑いながら、次の仕事を任せてくれた。
その後も和雄は野菜の下処理や肉の仕込み、スープの準備などを手伝った。
昼が近づく頃には、厨房の作業もだいぶ落ち着いていた。
「よし、カズ。おかげで仕込みが早く終わったぜ」
料理長は満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。俺も楽しかったです」
「そうか。だったら、今度は料理も作ってみるか?」
「いいんですか?」
「おう。腕があるのは分かったからな。次に人手が足りないときは頼むぜ」
和雄は嬉しそうに笑った。
「ぜひお願いします」
昼食の提供が始まると、和雄は料理を運ぶ手伝いもした。
酒場には冒険者たちが次々と集まり、温かな料理を頬張っている。
「おっ、今日のスープは野菜が綺麗に揃ってるな」
「肉も食いやすいぞ」
そんな声が聞こえてくると、和雄は少し嬉しくなった。
料理を作る側にとって、美味しく食べてもらえることほど嬉しいことはない。
やがて昼の忙しい時間が終わり、料理長が依頼書に完了印を押してくれた。
「助かったぜ、カズ。また来てくれよ」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
和雄は厨房を後にし、受付へ戻った。
「フィーネさん、依頼が終わりました」
「お疲れさまでした、カズさん。いかがでしたか?」
「楽しかったです。料理長にも褒めてもらえました」
和雄が完了印の押された依頼書を渡すと、フィーネは内容を確認して微笑んだ。
「それはよかったです。それでは、こちらが報酬の四十五ゴルになります」
フィーネは銅板四枚と銅貨五枚を差し出した。
「ありがとうございます」
和雄は報酬を受け取り、アイテムボックスへ収納した。
「カズさんは料理もお得意なんですね」
「ええ。食べるのも作るのも好きなんです」
「ふふっ。それなら、いつかカズさんのお料理も食べてみたいですね」
「機会があれば、ぜひ」
和雄は笑顔で答えた。
こうして、冒険者として二日目の仕事も無事に終わった。
魔物と戦うだけが冒険者の仕事ではない。街の人々の生活を支える依頼も、立派な冒険者の仕事なのだ。
和雄はそのことを実感しながら、次の依頼へ思いを巡らせていた。




