第1話「冒険者としての第一歩」
ジェノバの街に到着し、冒険者ギルドへの登録を済ませた柾木和雄は、受付のフィーネから渡されたギルドカードを眺めていた。
灰色のカードには、名前と冒険者ランクが刻まれている。
「これで俺も冒険者か。なんだか実感が湧かないな」
和雄が小さく笑うと、受付の向こうにいるフィーネも微笑んだ。
「ふふっ。最初は皆さん、そんな感じですよ。ですが、依頼を一つ達成すれば、きっと実感できると思います」
「なるほど。それじゃあ、早速何か受けてみようかな」
「はい。カズさんはGランクですので、まずは採取依頼がおすすめです。魔物の討伐も可能ですが、最初から無理をする必要はありませんからね」
フィーネはそう言いながら、受付の横に置かれた依頼書を数枚取り出した。
和雄は差し出された依頼書に目を通す。
薬草採取、薬用果実の収集、街中での荷物運び。どれも新人冒険者が受けられる仕事らしい。
「薬草採取か。そういえば、森を歩いていたときにも、それっぽい植物があったな」
「そうなんですか?」
「ええ。ただ、どれが薬草なのか分からなかったので、触らずに通り過ぎました」
その言葉に、フィーネは感心したように頷いた。
「それは正しい判断ですね。森には毒草もありますから、知らない植物をむやみに採取するのは危険です」
フィーネは棚から一冊の薄い冊子を取り出した。
「こちらは初心者向けの薬草図鑑です。ギルド内でしたら自由に閲覧できますので、依頼を受ける前に確認しておくといいですよ」
「ありがとうございます。助かります」
和雄は冊子を受け取り、近くの空いているテーブルへ移動した。
ページを開くと、植物の絵と特徴が丁寧に記されていた。葉の形や茎の色、生育する場所まで説明されている。
「へえ、結構しっかりした図鑑だな」
和雄は感心しながら読み進めた。
薬草は主に森の入口付近や日当たりのよい草地に生えており、根を傷つけずに採取することが推奨されているらしい。
「なるほど。根ごと引き抜かず、必要な部分だけ採ればいいのか」
和雄は図鑑の内容を頭に入れながら、ふと女神メシアから授かった鑑定能力を思い出した。
試しに冊子へ意識を向けてみる。
【鑑定】
名称:初心者用薬草図鑑
分類:書物
内容:アルヴェイン王国内で一般的に採取される薬草と毒草の解説。
「おお、本当に何でも鑑定できるんだな」
和雄は小さく呟いた。
これなら森で見つけた植物も鑑定できるかもしれない。とはいえ、能力だけに頼って知識を身につけないのも問題だろう。
和雄は図鑑を最後まで確認してから、受付へ戻った。
「フィーネさん、薬草採取の依頼を受けたいんですが」
「はい。薬草採取ですね。今回は十束の納品依頼があります。報酬は銀貨ではなく銅貨でのお支払いになりますが、よろしいですか?」
「もちろんです。まずは仕事に慣れることが大切ですから」
フィーネは嬉しそうに微笑んだ。
「それでは、こちらで受注処理を行いますね」
フィーネが依頼書に受付印を押している間、和雄は気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、魔物の素材も買い取ってもらえるんですよね?」
「はい。討伐証明部位や利用可能な素材を買い取っています。何かお持ちなんですか?」
「実は、街へ来る途中でゴブリンに襲われまして。一匹倒したんですが、そのまま持ってきたんです」
「えっ、ゴブリンを?」
フィーネは少し驚いた表情を浮かべた。
「お怪我はありませんでしたか?」
「はい。特に問題ありませんでした」
和雄が答えると、フィーネは安心したように胸を撫で下ろした。
「それならよかったです。ゴブリンは一匹ならそれほど危険ではありませんが、群れで襲ってくることもありますから、十分に気をつけてくださいね」
「分かりました」
「それと、ゴブリンの討伐証明は右耳になります。一つ銅貨五枚、つまり五ゴルで買い取っています」
「なるほど。じゃあ、持ってきたゴブリンはどうすればいいですか?」
「解体場へ持ち込んでいただければ、職員が確認しますよ。場所をご案内しましょうか?」
「お願いします」
フィーネは隣の受付職員へ一声かけると、和雄をギルドの裏手へ案内した。
建物の奥には広い作業場があり、数人の職員が魔物の素材を仕分けていた。
「こちらが解体場です。魔物の死体を持ち込む場合は、ここでお願いします」
「分かりました」
和雄は空いている作業台を指さした。
「ここに出しても大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ」
和雄がアイテムボックスからゴブリンを取り出すと、作業場にいた男性職員が目を丸くした。
「おいおい、坊主。空間収納持ちなのか?」
「ええ、まあ」
「珍しいな。それに、このゴブリンは傷が少ない。随分きれいに倒したもんだ」
男性は感心しながら死体を確認した。
「討伐証明の右耳は問題ないな。五ゴルだ」
職員から銅貨五枚を受け取った和雄は、初めて手にする異世界の硬貨を興味深そうに眺めた。
「これがゴルか」
硬貨には王国の紋章らしき模様が刻まれていた。
日本円に換算すると五百円ほどだが、自分の力で得た初めての報酬だと思うと、不思議と嬉しかった。
「ありがとうございます」
和雄が礼を言うと、男性職員は笑った。
「おう。また魔物を倒したら持ってこいよ」
解体場を出た和雄は、フィーネと一緒に受付へ戻った。
「カズさん、これから薬草採取へ向かわれるんですよね?」
「はい。そのつもりです」
「でしたら、街の南側にある草地がおすすめです。森の奥へ入らなくても薬草が見つかりますから」
「南側ですか。ちょうど俺が来た方向ですね」
「そうなんですね。ただし、森の中にはゴブリンや森狼が出没しますので、無理はしないでください」
フィーネは少し心配そうな表情を浮かべた。
和雄は笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。気をつけます」
ギルドを出ると、街には昼前の賑わいが広がっていた。
露店から漂う焼きたてのパンの香りに、和雄のお腹が小さく鳴った。
「そういえば、朝から何も食べてなかったな」
和雄は近くのパン屋へ立ち寄り、値段を確認した。
店先には丸いパンや細長いパンが並んでいる。
「すみません。このパンを一つください」
店主の女性は笑顔でパンを袋に入れた。
「はいよ。三ゴルだよ」
和雄は銅貨三枚を渡し、焼きたてのパンを受け取った。
「ありがとうございます」
一口かじると、小麦の香ばしさが口いっぱいに広がった。
「うん、美味しいな。ちょっと硬めだけど、これはこれで悪くない」
日本で料理を仕事にできるほどの腕を持っていた和雄は、つい食材や調理方法を考えてしまう。
この世界の食文化にも興味が湧いてきた。
「そのうち、自分でも料理を作ってみたいな」
パンを食べ終えた和雄は、南門へ向かって歩き始めた。
門番にギルドカードを提示すると、特に問題なく街の外へ出ることができた。
目の前には緑豊かな草原が広がり、その先には先ほど通ってきた森が見えている。
「さて、初めての正式な依頼だ」
和雄は軽く身体を伸ばし、草原へ足を踏み出した。
目的は薬草十束の採取。
決して派手な仕事ではないが、冒険者として生活するためには大切な第一歩だった。
「まずは地道に稼いで、宿代を確保しないとな」
そう呟いた和雄は、女神から授かった鑑定能力を意識しながら、足元の草花へ目を向けた。
異世界エルディアでの冒険者生活は、まだ始まったばかりだった。




