第3話「ジェノバの街と冒険者ギルド」
アルヴェイン王国、ジェノバの街。
南門へと続く街道を歩いていた柾木和雄は、目の前にそびえる石造りの城壁を見上げていた。
「いやあ、近くで見ると結構大きいな」
城壁は十メートルほどの高さがあり、その上では武装した兵士たちが周囲を警戒している。大きな木製の門は開かれており、荷馬車や旅人たちが順番に街へ入っていた。
和雄も列の最後尾に並んだ。
しばらくすると順番が回ってきたため、門の脇に立つ兵士へ軽く頭を下げた。
「こんにちは。街に入りたいんですが、どうすればいいですか?」
兵士は和雄の顔を見てから、腰に差した刀へ視線を向けた。
「見ない顔だな。旅人か?」
「はい。ジェノバへ来るのは初めてです」
「身分証は持っているか?」
和雄は申し訳なさそうに首を横に振った。
「すみません。持っていないんです」
兵士は特に驚いた様子もなく、門の脇に設置された小さな台を指さした。
「それなら、あそこの水晶で確認を受けてくれ。問題がなければ簡易入場カードを発行できる」
「分かりました。ありがとうございます」
和雄は案内された台へ向かった。
そこには透明な水晶が置かれており、隣には別の兵士が座っていた。
「初めての入場だな。水晶に手を置いてくれ」
和雄が言われたとおりに右手を乗せると、水晶が淡い青色に輝いた。
「……よし。犯罪歴なし、敵対反応なし。問題ないな」
兵士は水晶の表示を確認すると、小さな木製のカードを差し出した。
「これが簡易入場カードだ。街の中ではなくさないようにしてくれ。冒険者ギルドで正式な身分証を作れば、次からはそれを使えるぞ」
「ありがとうございます。ちなみに、入場料は必要ですか?」
和雄が尋ねると、兵士は首を横に振った。
「今回は確認だけだから必要ない。だが、街で商売をする場合などは別の手続きがあるからな」
「なるほど。助かりました」
和雄はカードを受け取り、改めて礼を言った。
そして、ついにジェノバの街へ足を踏み入れた。
門を抜けた先には石畳の大通りが広がり、両側には木造と石造りの建物が立ち並んでいた。商人たちが店先で客を呼び込み、荷車を引く人々が忙しそうに行き交っている。
焼きたてのパンの香りが漂い、どこからか肉を焼く匂いもしてきた。
「おお……本当に異世界の街だ」
和雄は感心しながら周囲を見渡した。
道を歩く人々の中には、人間だけでなく獣耳を持つ者や、長く尖った耳を持つ者もいる。
「あれが獣人で、こっちはエルフかな。凄いなあ」
もっと近くで見てみたい気持ちはあったが、じろじろ眺めるのは失礼だろう。和雄は視線を戻し、まず冒険者ギルドを探すことにした。
近くを通りかかった男性に声をかける。
「すみません。冒険者ギルドへ行きたいんですが、場所を教えてもらえますか?」
男性は気さくに答えてくれた。
「冒険者ギルドなら、この大通りをまっすぐ進んで、噴水のある広場を右に曲がればすぐだ。剣と盾の看板があるから分かると思うぞ」
「ありがとうございます!」
和雄は礼を言い、教えられた道を歩き始めた。
途中、露店に並ぶ果物や焼き菓子に目を奪われたが、今はお金を持っていない。まずは仕事を見つけなければならなかった。
やがて噴水のある広場へ到着し、右へ曲がると、大きな建物が見えてきた。
入口の上には、剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。
「ここが冒険者ギルドか」
和雄は少し緊張しながら扉を開けた。
中へ入ると、広いホールが目に飛び込んできた。
壁には依頼書が並ぶ掲示板があり、奥には複数の受付窓口が設けられている。片側には酒場らしき場所もあり、武装した冒険者たちが食事を取りながら談笑していた。
和雄が周囲を見渡していると、受付に座っていた女性が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド、ジェノバ支部へようこそ」
声の主は、淡い金色の髪と長く尖った耳を持つ美しい女性だった。
和雄は受付へ近づき、軽く頭を下げた。
「こんにちは。冒険者登録をしたいんですが、こちらで大丈夫ですか?」
女性は優しく微笑んだ。
「はい、大丈夫ですよ。わたしは受付担当のフィーネと申します。よろしくお願いしますね」
「柾木和雄です。カズと呼んでください」
「カズさんですね。それでは、登録についてご説明します」
フィーネは一枚の用紙を取り出した。
「まず、冒険者ギルドでは登録時に銀貨二枚が必要になります。登録後は身分証としてギルドカードが発行され、街への出入りにも利用できます」
「銀貨二枚ですか……」
和雄は思わず言葉を詰まらせた。
やはり登録にはお金が必要らしい。
「どうかなさいました?」
フィーネが不思議そうに尋ねる。
「実は、こちらに来たばかりで、お金を持っていなくて……」
「そうでしたか。それでしたら、先に簡単なお仕事をご案内することもできますよ」
フィーネは困った様子も見せず、親切に答えてくれた。
「登録前でも受けられる雑用のお仕事がいくつかありますので、そこで登録費用を稼ぐ方もいらっしゃいます」
「なるほど。そういう方法もあるんですね」
和雄は感心しながら頷いた。
そのとき、ふと女神メシアの言葉を思い出した。
確か、アイテムボックスの中には刀や衣服以外にも何か入っていたはずだ。
「……そういえば」
和雄は頭の中でアイテムボックスを開いた。
すると、収納物の一覧に見覚えのない項目が表示された。
【アイテムボックス】
女神の刀
初心者用衣服
革製の鞘
銀貨十枚
「……あっ!」
思わず声を上げた和雄に、フィーネが驚いた顔を向けた。
「ど、どうしました?」
「すみません。お金、ありました」
「えっ?」
和雄は苦笑しながら、アイテムボックスから銀貨二枚を取り出した。
「ちょっと荷物の中を確認していなくて。これでお願いします」
フィーネは一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑顔を取り戻した。
「ふふっ。見つかってよかったですね。それでは、登録を進めましょう」
和雄は銀貨を渡し、用紙へ名前と年齢を記入した。
フィーネは内容を確認すると、小さな水晶板を取り出した。
「次に、こちらの水晶へ手を置いてください。本人確認と登録情報の記録を行います」
和雄が右手を乗せると、水晶が淡く輝いた。
しばらくして光が収まり、フィーネは記録を確認した。
「はい、問題ありません。カズさんの冒険者登録が完了しました」
フィーネは灰色のカードを差し出した。
「こちらがGランクのギルドカードです。冒険者は全員Gランクからの開始となります」
「ありがとうございます」
和雄はカードを受け取り、興味深そうに眺めた。
表面には自分の名前と冒険者ランクが刻まれている。
「それでは、次に冒険者ギルドの仕組みをご説明しますね」
フィーネは机の上に資料を並べた。
「冒険者ランクはG、F、E、D、C、B、A、Sの順番で上がっていきます。依頼には採取、討伐、護衛、調査などがあり、基本的にはご自身のランクに合った依頼を受けていただきます」
和雄は真剣に耳を傾けた。
「なるほど。依頼を受けるときには、受付で手続きが必要なんですか?」
「はい。依頼書を持ってきていただければ、こちらで受注処理を行います。また、討伐した魔物の素材もギルドで買い取っていますよ」
「素材の買い取りもあるんですね」
「ええ。ただし、魔物によって買い取り対象となる部位が違いますので、詳しくは資料をご確認ください」
フィーネは説明を続けた。
依頼の失敗や無断放棄には注意が必要なこと、危険な地域へ入る際には十分な準備をすること、冒険者同士のトラブルを避けることなど、基本的な決まりを丁寧に教えてくれた。
和雄も分からない部分はその都度質問し、一つずつ確認していった。
「カズさんは、きちんと説明を聞いてくださるんですね」
一通り説明を終えたフィーネが、感心したように微笑んだ。
「そうですか?」
「はい。新人の方の中には、早く依頼を受けたくて説明を途中で切り上げてしまう方もいらっしゃいますから」
和雄は苦笑した。
「知らない世界ですからね。分からないことを放っておくと、後で困るのは自分ですし」
「ふふっ。その考え方は、とても大切だと思います」
フィーネは嬉しそうに頷いた。
和雄は改めてギルドカードを眺めた。
これでようやく、異世界で生活するための第一歩を踏み出せたことになる。
「それじゃあ、フィーネさん。早速なんですが、Gランクでも受けられる依頼を教えてもらえますか?」
「もちろんです。初めてでしたら、薬草採取などがおすすめですよ」
フィーネは立ち上がり、依頼掲示板へ視線を向けた。
和雄もその方向へ目を向ける。
そこには、これから始まる冒険への入口が広がっていた。
日本でブレイドアーツの講師をしていた青年、柾木和雄。
十六歳の少年として生まれ変わった彼の、異世界での冒険者生活が、いよいよ始まろうとしていた。




