第15話「ギルドの緊急会議と森の異変」
ジェノバの冒険者ギルドでは、夕方になっても二階の会議室に明かりが灯っていた。
大きな円卓には周辺地域の地図が広げられ、ギルドマスターのガルド・レイヴァンを中心に、副ギルドマスターのシルヴィア、受付主任のクラリス、そして数名の職員が集まっていた。
「さて、始めるか」
ガルドが低い声で告げると、室内が静まり返った。
「今回集まってもらったのは、ジェノバ周辺で確認されている魔物の異常行動についてだ。シルヴィア、報告を頼む」
「承知しました」
シルヴィアは立ち上がり、地図の上に数枚の報告書を並べた。
「まず南の森ですが、複数のオークが集団で移動していることが確認されています。以前、カズさんとガレスさんが調査した際にも、通常とは異なる行動が報告されました」
彼女は南側の森林地帯を指さした。
「さらに、西街道周辺では森狼や森猪の出現が増えています。昨日の調査では、森狼が林の奥から街道方面へ移動している痕跡も確認されました」
「西の林もか……」
ガルドは腕を組んだ。
クラリスが書類を確認しながら口を開いた。
「商人からの報告も増えています。今のところ大きな被害はありませんが、街道を利用する人々の不安は強まっています」
「当然だろうな」
ガルドは地図を見つめた。
「問題は、南と西の異変に関係があるかどうかだ」
シルヴィアは静かに頷いた。
「現時点では断定できません。ただ、複数の魔物が本来の活動範囲から外へ移動していることは気になります」
「森の奥で何か起きている可能性がある、というわけか」
「はい」
ガルドはしばらく考え込んだあと、顔を上げた。
「よし。まずは街道の警戒を強める。南の森はCランク以上を中心に調査班を編成し、西側はDランク以上の冒険者に巡回を依頼する」
クラリスが頷いた。
「低ランク冒険者向けの採取依頼については、危険区域を避けるよう調整します」
「頼む。それから、村への連絡も忘れるな。ファル村とデフ村には早めに注意を伝えておけ」
「承知しました」
会議はその後も続き、巡回区域や緊急時の連絡体制が確認された。
一方、その頃。
柾木和雄は宿屋《銀の麦亭》の食堂で夕食を取っていた。
「ふう……今日もいい一日だったな」
温かなスープを飲みながら、和雄は昼間の調査を思い返していた。
ネネと一緒に西の林を調べたことで、魔物の足跡や森の変化を読む方法を学ぶことができた。
剣術には自信があるが、この世界の魔物や自然については知らないことも多い。
「やっぱり、経験のある冒険者と一緒に行動するのは勉強になるな」
和雄が呟くと、食堂で働くマリアが声をかけてきた。
「カズさん、今日は森の調査だったんですか?」
「はい。西街道の林を調べてきました」
「最近、魔物が増えているって聞きましたけど……大丈夫でした?」
マリアは少し心配そうだった。
「今のところ大きな問題はありません。ただ、ギルドも警戒しているみたいですね」
「そうなんですね……。父も、仕入れに行く商人さんたちを心配していました」
和雄は頷いた。
「何かあれば、冒険者ギルドが対応してくれると思います。俺もできることがあれば手伝いますよ」
「ありがとうございます。でも、カズさんも無理はしないでくださいね」
「はい。気をつけます」
和雄は笑顔で答えた。
翌朝、冒険者ギルドの掲示板には新しい告知が貼り出されていた。
《ジェノバ周辺地域の警戒強化について》
南の森および西街道周辺で魔物の活動が活発化しているため、冒険者による巡回を増やすこと。
低ランク冒険者は指定された安全区域を越えないこと。
異常を発見した場合は、無理に調査を進めず速やかに報告すること。
和雄は告知を読み、昨日の調査を思い出した。
「やっぱり、ギルドも本格的に動き始めたんだな」
すると、背後から声がかかった。
「おはよう、カズくん!」
振り返ると、ネネが笑顔で手を振っていた。
「おはようございます、ネネさん」
「昨日の調査、ちゃんと報告が上まで届いたみたいだね」
「はい。掲示板にも警戒情報が出ています」
ネネは頷いた。
「私も今朝、巡回依頼の話を聞いたよ。しばらくは西側の警戒が増えそう」
「そうなんですね」
「うん。でも、危険な場所へ無理に入らなければ大丈夫だと思うよ」
ネネはそう言って微笑んだ。
「カズくんも、気をつけてね」
「ありがとうございます。ネネさんも気をつけてください」
二人が話していると、受付からフィーネが声をかけてきた。
「カズさん、少しよろしいですか?」
「はい」
和雄が受付へ向かうと、フィーネは一枚の依頼書を差し出した。
「ギルドから、Fランク冒険者向けの巡回補助依頼が出ています。街道沿いの安全確認が中心で、危険区域へ入る必要はありません」
「なるほど」
「報酬は七十ゴルです。ほかの冒険者と協力して行動することになります」
和雄は依頼書を確認した。
「それなら、受けてみようと思います」
「ありがとうございます。ただし、無理はしないでくださいね」
「はい。分かっています」
和雄が笑顔で答えると、フィーネは安心したように微笑んだ。
その後、和雄は巡回補助の集合場所へ向かった。
今回の担当は、西門から少し離れた農地周辺だった。
そこにはDランク冒険者のバルク・ガルディンが待っていた。
大きな盾を背負った頑丈そうな男性で、和雄を見ると軽く手を上げた。
「お前がカズか?」
「はい。よろしくお願いします」
「俺はバルク。今日はこの周辺の巡回を担当する。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
バルクは依頼書を確認すると、和雄へ説明した。
「今回は魔物の討伐より、農地や街道の安全確認が目的だ。異常があれば記録して報告する。無理に追跡する必要はない」
「分かりました」
二人は西門を出て、農地沿いの道を歩き始めた。
畑では農夫たちが作業をしており、遠くでは家畜が草を食んでいる。
一見すると、いつもどおりの穏やかな風景だった。
しかし、しばらく歩くと、畑の端に小さな足跡が残されていることに気づいた。
「バルクさん、ここに足跡があります」
和雄が指さすと、バルクはしゃがみ込んだ。
「森鼠だな。数は……三匹か四匹くらいか」
「畑に入ってきたんでしょうか?」
「その可能性が高い。農作物を荒らされると困るからな」
二人は足跡をたどり、畑の外周を確認した。
すると、少し離れた草むらから三匹の森鼠が姿を現した。
「キキッ!」
森鼠たちは二人を見ると、威嚇するように鳴き声を上げた。
「カズ、俺が前を押さえる。お前は横から頼む」
「了解です」
バルクが盾を構え、森鼠の突進を受け止めた。
その隙に和雄が動く。
刀を抜き、素早く一匹目を斬り伏せる。
続いて二匹目が飛びかかってきたが、和雄は半歩横へ移動してかわし、そのまま斬撃を放った。
最後の一匹は逃げようとしたものの、バルクが盾で進路を塞いだ。
和雄は間合いを詰め、最後の一匹も仕留めた。
「よし、終わりだな」
バルクは盾を下ろした。
「見事な動きだ。噂は本当だったらしいな」
「ありがとうございます。バルクさんが前を守ってくれたおかげです」
「ははっ。そう言ってもらえると嬉しいぜ」
二人は討伐した森鼠を回収し、周囲にほかの魔物がいないことを確認した。
その後、近くの農夫へ事情を説明すると、男性は安心したように頭を下げた。
「助かったよ。最近、畑に森鼠が出ることが増えて困ってたんだ」
「また何かあれば、ギルドへ知らせてください」
和雄が答えると、農夫は何度も礼を言った。
巡回を続けた二人は、ほかに大きな異常がないことを確認し、夕方にはジェノバへ戻った。
ギルドへ到着すると、フィーネが笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい、カズさん、バルクさん」
「ただいま戻りました」
和雄は巡回記録を提出した。
「農地の近くで森鼠を三匹討伐しました。それ以外に大きな異常はありませんでした」
「分かりました。ありがとうございます」
フィーネは記録を確認し、報酬を計算した。
「巡回補助の報酬が七十ゴル、森鼠三匹分の討伐証明が九ゴル。合計七十九ゴルです」
「ありがとうございます」
和雄は報酬を受け取り、頭を下げた。
バルクも隣で頷いた。
「カズ、今日は助かった。また一緒に仕事をすることがあればよろしくな」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
二人は握手を交わし、それぞれ帰路についた。
その日の夜、ギルドの二階ではガルドとシルヴィアが巡回報告を確認していた。
「西側の農地でも森鼠が増えているか……」
ガルドが呟く。
シルヴィアは静かに頷いた。
「はい。まだ大きな被害はありませんが、魔物の活動範囲が広がっている可能性があります」
「南の森のオークと、西側の魔物の移動……。単なる偶然ならいいんだがな」
ガルドは地図を見つめた。
「とにかく、今は情報を集めるしかねえ。街道と村の安全を最優先にするぞ」
「承知しました」
シルヴィアは報告書をまとめながら、窓の外へ視線を向けた。
ジェノバの街には、いつもどおり穏やかな夜が訪れている。
しかし、その周囲の森では、少しずつ何かが変わり始めていた。
――第三章 第16話「森の奥に潜む気配」へ続く。




