第14話「ジェノバ周辺の異変と新たな調査依頼」
デフ村への護衛依頼を終えた翌朝、柾木和雄は宿屋《銀の麦亭》の食堂で朝食を取っていた。
焼きたてのパンに野菜のスープ、薄く焼いた肉が添えられた朝食は、二日間の旅で疲れた身体に染み渡るようだった。
「やっぱり、温かい朝食はいいな」
和雄が満足そうに呟くと、食堂で働くマリアが笑顔を向けた。
「カズさん、昨日はデフ村まで行ってきたんですよね?」
「はい。商人さんの護衛で行ってきました。のどかでいい村でしたよ」
「そうなんですね。デフ村の野菜は美味しいって、父もよく言っています」
「確かに、昨日の宿で食べたスープも美味しかったです。今度は村の野菜を使って料理してみたいですね」
「ふふっ。そのときは、また厨房を貸してもらえるように父にお願いしてみますね」
「ありがとうございます」
和雄は笑顔で答えると、残りの朝食を食べ終えた。
食後、身支度を整えて冒険者ギルドへ向かう。
中央広場を抜ける頃には、街はすでに多くの人々で賑わっていた。しかし、いつもと少し違う光景が目に入った。
街道沿いの商人たちが集まり、何やら真剣な表情で話し合っている。
「西の林でも魔物が出たらしいぞ」
「南の森だけじゃないのか?」
「昨日は荷車が森猪に襲われかけたって話だ」
そんな会話が聞こえてきた。
和雄は足を止めた。
「やっぱり、昨日の森猪のことも話題になってるんだな」
デフ村からの帰路で遭遇した森猪は、ガレスと協力して討伐した。幸い被害はなかったが、最近は西街道でも魔物の目撃が増えているらしい。
和雄は少し気になりながらも、ギルドへ向かった。
冒険者ギルドへ入ると、いつもより多くの冒険者が掲示板の前に集まっていた。
その中心には、新しい告知が貼り出されている。
《ジェノバ周辺地域における魔物出現増加について》
《南の森、西街道周辺において魔物の活動が活発化しているため、冒険者各位は十分に警戒すること》
和雄は告知を読み、眉をひそめた。
「南の森だけじゃなく、西側もか……」
すると、背後から声がかかった。
「おはようございます、カズさん」
振り返ると、フィーネが受付から歩いてきたところだった。
「おはようございます、フィーネさん。これ、昨日の報告も関係しているんですか?」
「はい。カズさんとガレスさんからいただいた報告も、今回の警戒情報に反映されています」
フィーネは真剣な表情で続けた。
「南の森ではオークの集団行動が確認されていますし、西街道では森狼や森猪の出現が増えています。ギルドとしても、しばらく警戒を強めることになりました」
「なるほど……」
和雄は頷いた。
「何か原因は分かっているんですか?」
「今のところ、はっきりしたことは分かっていません。ただ、複数の地域で魔物の活動が変化しているため、調査を進める予定です」
そのとき、受付の奥からクラリスが姿を現した。
「カズさん、ちょうどよかったわ」
「おはようございます、クラリス主任」
「おはようございます。実は、あなたにお願いしたいことがあるの」
クラリスは一枚の依頼書を差し出した。
「ギルドからの追加調査依頼です。西街道の林周辺について、もう少し詳しく調べていただきたいの」
和雄は依頼書を受け取り、内容を確認した。
調査対象は、デフ村へ向かう街道沿いの林と、その周辺にある獣道だった。
「この前、森狼や森猪が出た場所ですね」
「ええ。最近、商人からの目撃報告が増えているの。そこで、魔物の足跡や活動範囲を確認してほしいのよ」
「分かりました。俺一人で行くんですか?」
「いいえ。今回はDランク冒険者のネネさんに同行してもらいます」
「ネネさん?」
和雄が聞き返すと、クラリスは微笑んだ。
「エルフの女性で、弓と森林探索を得意とする冒険者よ。森の調査経験も豊富だから、きっと力になってくれるわ」
そのとき、背後から明るい声が聞こえてきた。
「はーい! 呼んだ?」
振り返ると、そこには緑色の軽装を身につけたエルフの女性が立っていた。
肩まで伸びた淡い金髪に、澄んだ緑色の瞳。背中には弓を背負い、腰には短剣を携えている。
見た目は十代後半ほどだが、エルフ特有の落ち着いた雰囲気も感じられた。
「あなたがカズくん?」
女性は興味深そうに和雄を見つめた。
「はい。柾木和雄です。カズって呼んでください」
「よろしくね! 私はネネ・フィオレ。Dランク冒険者だよ!」
ネネは元気よく手を差し出した。
和雄も笑顔で握手を交わした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふふっ。噂の新人さんと一緒に依頼を受けられるなんて、ちょっと楽しみ!」
「噂ですか?」
「そうそう。オークを一撃で倒したとか、森狼を簡単に仕留めたとか、いろいろ聞いてるよ」
和雄は苦笑した。
「そんなに大したことじゃないですよ」
「へえ……本当に噂どおりなんだね」
ネネは楽しそうに笑った。
「まあ、今日は戦うより調べるのが仕事だからね。森のことなら私に任せて!」
「はい。いろいろ教えてください」
クラリスは二人のやり取りを見て、安心したように頷いた。
「それでは、依頼内容を説明するわね」
今回の調査は、西街道の林周辺における魔物の活動状況を確認することが目的だった。
討伐が主目的ではなく、足跡や巣の位置、魔物の種類を調べることが中心となる。
報酬は一人八十ゴル。危険な魔物を発見した場合は、無理に戦わず報告することが求められていた。
「分かりました。安全を優先して調査します」
和雄が答えると、ネネも頷いた。
「了解! それじゃあ、準備して出発しようか」
二人は必要な装備を確認し、ジェノバの西門へ向かった。
街を出ると、広い草原と農地が続いていた。
和雄はネネと並んで歩きながら、周囲を見渡した。
「ネネさんは、普段から森の調査をしているんですか?」
「うん。私は弓を使うから、森の中での行動が得意なんだ。薬草採取や魔物の痕跡調査もよく受けるよ」
「なるほど。俺はまだ森のことを勉強中なので、助かります」
「ふふっ。素直でいいね、カズくん」
ネネは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日は森の歩き方から教えてあげる!」
しばらく歩くと、二人は西街道沿いの林へ到着した。
ネネは足を止め、周囲を観察した。
「まずは地面を見てみようか」
和雄もしゃがみ込んだ。
土の上には、小さな足跡がいくつも残されている。
「これは森鼠の足跡ですね」
「正解! じゃあ、こっちは?」
ネネが指さした先には、少し大きな足跡があった。
和雄は形を確認した。
「森狼……でしょうか?」
「うん、そうだね。でも、よく見ると少し古い足跡だよ」
ネネは足跡の縁を指でなぞった。
「新しい足跡は輪郭がはっきりしているけど、時間が経つと風や雨で崩れるんだ」
「なるほど。勉強になります」
和雄は感心したように頷いた。
その後、二人は林の外周を中心に調査を進めた。
ネネは木の幹についた傷や、折れた枝、地面に残された足跡などを確認していく。
和雄も鑑定を補助的に使いながら、周囲の状況を調べた。
しばらくすると、ネネが足を止めた。
「……カズくん、ちょっと来て」
「どうしました?」
ネネが指さした先には、複数の足跡が重なっていた。
森狼のものと思われる足跡が、林の奥から街道へ向かって続いている。
「これ、ちょっと変なんだよね」
ネネは真剣な表情で呟いた。
「普通、森狼は縄張りの中で狩りをするんだけど……この足跡を見る限り、何匹も同じ方向へ移動しているみたい」
「何かに追われているんでしょうか?」
「可能性はあるね。でも、まだ分からない」
ネネは周囲を見渡した。
「もう少しだけ調べてみよう。ただし、林の奥には入らないよ」
「分かりました」
二人は慎重に移動を続けた。
すると、少し離れた場所で小さな物音が聞こえた。
ガサッ。
和雄が刀へ手を添える。
「……何かいますね」
「うん。たぶん森鼠かな」
ネネは弓を構え、茂みの様子をうかがった。
次の瞬間、一匹の森鼠が飛び出してきた。
「キキッ!」
森鼠は二人を見ると、慌てて反対方向へ逃げていった。
和雄は追いかけようとしたが、ネネが小さく手を上げた。
「待って。今は追わなくていいよ」
「えっ?」
「ほら、あの子、私たちを襲うつもりじゃなかったみたい」
ネネは森鼠が逃げていった方向を見つめた。
「それに、ずいぶん怯えてた」
和雄も頷いた。
「確かに、普通の森鼠とは様子が違いましたね」
「うん。何かが森の中で起きてるのかもしれない」
ネネは真剣な表情で続けた。
「でも、ここから先は私たちだけで調べるべきじゃないね」
「そうですね。ギルドへ報告しましょう」
和雄は素直に頷いた。
二人は調査した場所を記録し、林から離れた。
帰り道、ネネは和雄へ笑顔を向けた。
「カズくん、今日はありがとう!」
「いえ、こちらこそ。森のことをいろいろ教えてもらえて助かりました」
「ふふっ。カズくんって、強いだけじゃなくて、ちゃんと人の話を聞いてくれるんだね」
「まだ知らないことばかりですから」
「そういうところ、私は好きだな」
ネネは何気なく笑った。
和雄は少し照れくさそうに頭をかいた。
「ありがとうございます」
夕方、二人はジェノバへ帰還した。
ギルドへ戻ると、フィーネが受付で待っていた。
「お帰りなさい、カズさん、ネネさん」
「ただいま戻りました」
和雄が答えると、ネネが調査記録を差し出した。
「西街道の林で、森狼の集団移動と思われる足跡を確認したよ。それと、森鼠がかなり怯えている様子だった」
フィーネは真剣な表情で記録を確認した。
「分かりました。クラリス主任とシルヴィア様へ報告します」
和雄も補足した。
「森狼が林の奥から街道へ向かって移動しているようでした。ただ、原因までは分かりませんでした」
「十分な情報です。ありがとうございます」
フィーネは微笑んだ。
「今回の調査依頼は、これで完了とさせていただきますね」
二人はそれぞれ八十ゴルの報酬を受け取った。
「カズくん、また一緒に依頼を受けようね!」
ネネが笑顔で手を振った。
「はい。ぜひお願いします」
和雄も笑顔で答えた。
ネネと別れたあと、和雄はギルドを出て夕暮れの街を歩き始めた。
「今日は勉強になったな。森の調査って、思っていた以上に奥が深い」
魔物を倒すだけでは分からないことがある。
足跡や行動の変化を調べることで、森の中で何が起きているのかを知る手がかりになるのだ。
「またネネさんと一緒に調査してみたいな」
和雄はそう呟き、宿屋へ向かった。
一方、ギルドの二階では、シルヴィアが新たな調査報告書を確認していた。
「西の林でも、魔物が外へ移動している……」
シルヴィアは静かに呟いた。
南の森ではオークの集団行動。
西の林では森狼の移動と森鼠の異常行動。
それぞれの原因は、まだ分かっていない。
しかし、ジェノバ周辺の魔物たちに何らかの変化が起きていることは確かだった。
「ガルド……。これは少し、本格的に調べる必要がありそうですね」
シルヴィアは報告書を手に、ギルドマスターの執務室へ向かった。
ジェノバ周辺の森に広がり始めた小さな異変。
その正体は、まだ誰にも分かっていなかった。




