第12話「Fランク冒険者、初めての依頼」
Fランクへ昇格した翌朝、柾木和雄は宿屋《銀の麦亭》で朝食を済ませると、冒険者ギルドへ向かった。
ジェノバの街は今日も活気に満ちている。商人の荷車が石畳を進み、露店からは焼きたてのパンの香りが漂っていた。
「さて、今日はFランクになって初めての依頼だな」
和雄は冒険者カードを取り出し、そこに刻まれた文字を眺めた。
《冒険者ランク:F》
昨日まではGランクだった表示が変わっている。たった一文字の違いだが、和雄にとっては冒険者として積み重ねてきた努力の証だった。
ギルドへ到着すると、受付ではフィーネが書類を整理していた。
「おはようございます、フィーネさん」
「おはようございます、カズさん。今日はFランクとして初めてのお仕事ですね」
「はい。せっかくなので、今までとは少し違う依頼を受けてみようと思っています」
フィーネは嬉しそうに微笑んだ。
「それでしたら、西街道の荷運び護衛補助はいかがでしょう? ちょうど今朝、新しい依頼が入りました」
「護衛補助ですか?」
「はい。ジェノバの西にあるデフ村へ物資を運ぶ商人の護衛です。Fランク以上が対象で、経験のある冒険者が同行するので、新人の方にも向いています」
和雄は興味を持った。
デフ村はジェノバから馬車で一日ほどの距離にある村だ。西側の街道については何度か依頼を受けているが、村まで足を延ばしたことはない。
「いいですね。詳しく教えていただけますか?」
フィーネは依頼書を取り出した。
「依頼主は商人のベルクさん。食料品や生活用品をデフ村へ届ける予定です。護衛はDランク冒険者一名とFランク冒険者一名の二人体制で、報酬は往復で百二十ゴル。村で一泊し、明日の夕方に帰還する予定です」
「なるほど。二日間の依頼なんですね」
「はい。宿泊場所と食事は依頼主が用意してくださいます」
和雄は少し考えてから頷いた。
「それなら、ぜひ受けてみたいです」
「分かりました。では、受注手続きを進めますね」
フィーネが書類を整えていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「おう、カズ! 今日も元気そうだな!」
振り返ると、そこにはDランク冒険者のガレスが立っていた。
「ガレスさん、おはようございます」
「おう。Fランク昇格、おめでとう!」
「ありがとうございます」
ガレスは豪快に笑った。
「それで、今日は何の依頼を受けるんだ?」
「西街道の荷運び護衛補助です。デフ村まで行くそうで」
「おっ、それなら俺と一緒だな!」
「えっ?」
和雄が驚くと、ガレスは依頼書を見せた。
「俺が今回の護衛責任者だ。相方のFランク冒険者を探してたんだが、まさかお前が来るとはな」
「そうだったんですか。よろしくお願いします!」
「おう! こっちこそよろしく頼むぜ!」
フィーネは二人の様子を見て、安心したように微笑んだ。
「ガレスさんが一緒なら安心ですね。ですが、お二人とも油断はしないでください」
「分かってるって。ちゃんと連れて帰るさ」
ガレスが胸を叩くと、フィーネは小さく笑った。
依頼の手続きを終えた二人は、西門近くの集合場所へ向かった。
そこには二台の荷車が停まっており、数人の商人が荷物を確認していた。
その中から、恰幅のよい中年男性が歩み寄ってきた。
「おお、ガレスさん! お待ちしていました!」
「ベルクさん、今回もよろしくな」
「こちらこそ。そちらの少年は?」
「今回の護衛補助を担当するカズだ。昨日Fランクへ昇格したばかりだが、腕は確かだぜ」
和雄は丁寧に頭を下げた。
「初めまして。冒険者のカズです。よろしくお願いします」
「おお、礼儀正しい若者ですな。私は商人のベルクと申します。二日間、よろしくお願いします」
ベルクはにこやかに握手を求めた。
和雄もその手を握り返した。
出発の準備が整うと、荷車はゆっくりと西門を抜けた。
街道の両側には広大な農地が広がり、遠くには緩やかな丘陵地帯が見える。
和雄は荷車の横を歩きながら、周囲へ視線を巡らせた。
「護衛の仕事って、思っていたより周囲を見ることが大切なんですね」
和雄が呟くと、ガレスが頷いた。
「そうだ。魔物を倒すだけが護衛じゃねえ。危険を早く見つけて、依頼主を無事に目的地へ送り届ける。それが一番大事なんだ」
「なるほど」
「それに、荷車を守りながら戦うのは普通の討伐依頼とは違う。敵を追いかけすぎるなよ」
「はい。覚えておきます」
和雄は真剣な表情で頷いた。
昼頃になると、一行は街道沿いの休憩所で足を止めた。
ベルクが用意していたパンと干し肉を分けてくれたため、和雄たちは簡単な昼食を取った。
「カズ君は、ジェノバに来てどれくらいになるんですかな?」
ベルクが尋ねた。
「まだそれほど長くありません。冒険者になったばかりですから」
「そうでしたか。若いのにしっかりしていますな」
「ありがとうございます」
和雄が笑顔で答えると、ベルクも嬉しそうに笑った。
休憩を終え、一行は再びデフ村へ向けて出発した。
街道沿いの農地が少なくなり、小さな林が増えてきた頃だった。
和雄はふと、木々の間に何かが動いた気配を感じた。
「……ガレスさん」
「ああ、俺も気づいた」
ガレスは小さく頷き、荷車の前方へ視線を向けた。
林の奥から、低いうなり声が聞こえてくる。
「グルルル……」
やがて、灰色の毛並みを持つ三匹の森狼が姿を現した。
「森狼か。ベルクさん、荷車を止めてください!」
ガレスが声を上げると、ベルクはすぐに御者へ指示した。
二台の荷車が停止し、商人たちは身を寄せ合った。
和雄は刀へ手を添えた。
「ガレスさん、どう動きますか?」
「俺が前の二匹を引きつける。お前は右側の一匹を頼む。ただし、荷車から離れるな」
「了解です」
森狼たちは唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてきた。
最初の一匹が飛びかかると、ガレスは剣を構えて正面から迎え撃った。
「来い!」
鋭い爪が振り下ろされる。
ガレスは身体をひねって攻撃をかわし、剣で反撃した。
一方、和雄の前にも森狼が迫っていた。
「グルアッ!」
森狼が大きく跳躍する。
和雄は相手の動きを見極め、半歩だけ横へ移動した。
そして、刀を抜く。
「――リバーススティンガー!」
和雄は刀の柄で森狼の前脚を受け流し、身体を半回転させながら鋭い突きを放った。
刀の切っ先が森狼の急所を捉える。
森狼は短い悲鳴を上げ、その場に倒れた。
「よし!」
和雄はすぐにガレスのほうへ視線を向けた。
ガレスは一匹目を倒していたが、残る一匹が荷車の側面へ回り込もうとしていた。
「ガレスさん、右へ回ります!」
「おう、頼む!」
和雄は神速歩で間合いを詰めた。
しかし、荷車の近くで大きく刀を振るえば、積み荷や馬を傷つける可能性がある。
和雄は動きを抑え、森狼の進路へ先回りした。
「こっちだ!」
森狼が和雄へ飛びかかる。
その瞬間、和雄は身体を沈め、下段から鋭い斬撃を繰り出した。
「――タイガーブレイカー!」
低い位置から跳ね上がる刀身が、森狼を斬り伏せた。
三匹の森狼が倒れると、街道には静けさが戻った。
ガレスは剣を鞘へ収め、和雄へ歩み寄った。
「やるじゃねえか、カズ。荷車を守りながら、きっちり仕留めたな」
「ありがとうございます。ガレスさんが前を押さえてくれたおかげです」
「はははっ! 相変わらず謙虚だな!」
ガレスは笑いながら、和雄の肩を叩いた。
ベルクも荷車から降りてきた。
「お二人とも、ありがとうございます! おかげで荷物も無事です」
「いえ、これが仕事ですから」
和雄は笑顔で答えた。
森狼の討伐証明となる牙を確認し、素材をアイテムボックスへ収納したあと、一行は再び出発した。
夕方になる頃、遠くに小さな村が見えてきた。
木製の柵に囲まれた集落で、周囲には畑や牧草地が広がっている。
「見えてきたぞ。あれがデフ村だ」
ガレスが指さした。
「へえ、落ち着いた雰囲気の村ですね」
「そうだな。ジェノバほど大きくはねえが、商人の行き来も多い村だ」
一行が村の入口へ到着すると、見張りの男性がベルクへ声をかけた。
「おお、ベルクさん! 今回も無事に着いたんだな!」
「ええ。途中で森狼が出ましたが、護衛の方々のおかげで問題ありませんでした」
「そりゃよかった!」
村人たちは荷車を迎え入れ、荷下ろしの準備を始めた。
和雄は周囲を見渡しながら、小さく息を吐いた。
「無事に着けてよかった」
ガレスが頷いた。
「ああ。だが、護衛依頼は帰るまでが仕事だ。明日も気を抜くなよ」
「はい!」
和雄は力強く答えた。
その夜、一行はベルクが手配した村の宿で休むことになった。
夕食を終えた和雄は、宿の窓から静かな村の景色を眺めていた。
ジェノバとは違い、夜になると人通りも少なく、遠くから虫の声が聞こえてくる。
「こういう村もいいな……」
和雄は穏やかな夜風を感じながら、今日の護衛依頼を振り返った。
魔物を倒すことだけが冒険者の仕事ではない。
誰かの生活を守り、安全に旅を続けられるよう手助けすることも、大切な役割なのだ。
「明日も、しっかり頑張ろう」
和雄はそう呟き、明日の帰路に備えて休むことにした。




