第11話「Fランク昇格と新たな出会い」
翌朝、柾木和雄は宿屋《銀の麦亭》の食堂で朝食を済ませると、いつものように冒険者ギルドへ向かった。
ジェノバの街は朝から活気に満ちていた。中央広場では商人たちが露店を開き、焼きたてのパンや新鮮な野菜を買い求める人々が行き交っている。
和雄はそんな光景を眺めながら、昨日クラリスから聞いた話を思い出していた。
「今日、Fランクへの昇格が決まるんだったな」
異世界へ来てから、まだそれほど長い時間が経ったわけではない。それでも薬草採取や魔物討伐など、さまざまな依頼を経験してきた。
冒険者として少しずつ成長していることが、和雄には嬉しかった。
ギルドへ到着すると、受付ではフィーネが書類を整理していた。
「おはようございます、フィーネさん」
「おはようございます、カズさん。ちょうどよかったです。お待ちしていました」
フィーネは嬉しそうに微笑んだ。
「実は、カズさんにお知らせがあるんです」
「もしかして、昇格の件ですか?」
「はい。昨日、ギルドマスターから正式に承認が下りました」
フィーネは机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
「柾木和雄さん。これまでの依頼達成記録と討伐実績が認められ、本日付でGランクからFランクへの昇格が決定しました。おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
和雄は思わず笑顔になった。
「ようやく一つ上のランクですね」
「はい。カズさんは登録から昇格までがかなり早いほうですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。もちろん、実力だけでなく、依頼を丁寧にこなしてくださったことも評価されています」
フィーネは冒険者カードを受け取り、受付奥の魔道具へ通した。
淡い光がカードを包み、表面に刻まれたランク表示が変化する。
《冒険者ランク:F》
「はい。これで更新完了です」
和雄はカードを受け取り、嬉しそうに眺めた。
「おお、本当にFランクになってる」
「ふふっ。これからはFランク向けの依頼も受けられますよ」
そのとき、隣の受付からミーニャが顔を出した。
「カズくん! 昇格したんだって?」
「はい。おかげさまでFランクになりました」
「おめでとう!」
ミーニャは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「やっぱりカズくんはすごいね! ボク、すぐに昇格すると思ってたよ!」
「ありがとうございます。でも、まだFランクですから」
「そのうち、もっと上に行っちゃいそうだけどね!」
ミーニャが笑うと、フィーネも頷いた。
「そうですね。でも、焦らず一つずつ経験を積んでくださいね」
「はい。これからもよろしくお願いします」
和雄は二人に頭を下げた。
昇格の手続きを終えた和雄は、依頼掲示板へ向かった。
Fランクになったことで、これまで受けられなかった依頼も選べるようになっている。
「へえ、護衛の補助や少し遠くまでの採取依頼もあるんだな」
和雄が興味深そうに依頼書を眺めていると、背後から女性の声が聞こえてきた。
「ねえ、ちょっといい?」
振り返ると、そこには銀色の髪を持つエルフの少女が立っていた。
整った顔立ちに、澄んだ瞳。背中には弓を背負い、腰には短剣を携えている。
和雄は初めて見る少女に、少し驚きながら答えた。
「はい。何でしょう?」
少女は和雄の顔をじっと見つめた。
「あんたが、最近噂になってる新人冒険者?」
「噂……ですか?」
「そう。ゴブリンを何匹も倒して、オークまで一撃で仕留めたっていう」
和雄は少し困ったように笑った。
「ええと、オークを倒したのは確かですけど……。そんなに噂になってるんですか?」
「なってるわよ。特にギルドの酒場じゃ、最近あんたの話をよく聞くもの」
少女は腕を組み、興味深そうに和雄を見つめた。
「ふうん……。思ってたより普通の人族の男の子なのね」
「そうですか?」
「うん。もっと筋肉だらけの大男かと思ってた」
和雄は思わず笑ってしまった。
「ははは。残念ながら、そんなに大きくありませんね」
少女も小さく笑った。
「あたしはリューネ。Bランク冒険者よ。リュネって呼んでくれていいわ」
「俺は柾木和雄です。カズって呼んでください」
「カズね。よろしく」
リューネは軽く手を差し出した。
和雄もその手を握る。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、和雄とリューネは初めて言葉を交わした。
リューネは以前から、ギルドで和雄の姿を何度か見かけていた。
受付でフィーネやミーニャと楽しそうに話している様子や、依頼を終えて戻ってくる姿を遠くから眺めていたのだ。
しかし、直接話しかける機会はなかった。
今日になってようやく、少しだけ興味が勝ったのである。
「それで、カズはどんな武器を使ってるの?」
リューネが尋ねると、和雄は腰に差した刀へ手を添えた。
「刀です。俺の故郷で使われている武器ですね」
「刀……?」
リューネは興味深そうに目を細めた。
「細身の剣みたいだけど、少し形が違うのね」
「はい。片側に刃があって、斬ることを中心に作られています」
「へえ……。あたし、そんな武器は初めて見たわ」
リューネは刀をじっと見つめた。
「それでオークを一撃で倒したの?」
「はい。相手の動きを見て、間合いへ入って斬っただけですよ」
「……だけ、ね」
リューネは少し呆れたように笑った。
「普通のFランク冒険者は、そんな簡単にオークを倒せないわよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。オークは力も強いし、皮膚も厚い。油断すれば、経験のある冒険者だって怪我をするわ」
和雄は真剣な表情で頷いた。
「なるほど。気をつけます」
その素直な反応に、リューネは少し驚いた。
自分の実力を誇示するわけでもなく、忠告を素直に受け入れる。
噂で聞いていた印象とは、少し違う少年だった。
「……変わった人ね、あんた」
「よく言われます」
和雄が笑うと、リューネもつられて微笑んだ。
そのとき、受付からフィーネの声が聞こえてきた。
「カズさーん!」
和雄が振り返ると、フィーネが手を振っていた。
「先ほどの昇格書類について、確認していただきたいことがあります!」
「分かりました!」
和雄はリューネへ向き直った。
「すみません。ちょっと受付へ行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
「それじゃあ、また」
和雄は軽く手を振り、受付へ向かった。
リューネはその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……カズ、か」
最初は単なる好奇心だった。
しかし、実際に話してみると、思っていた以上に自然体で話しやすい相手だった。
「ちょっと面白いかも」
リューネは小さく笑い、依頼掲示板へ視線を戻した。
一方、受付へ戻った和雄は、フィーネから昇格に伴う注意事項を説明されていた。
「Fランクからは受けられる依頼が増えますが、討伐対象も少しずつ強くなります。必ず依頼内容を確認してくださいね」
「はい。分かりました」
「それと、先ほどリューネさんとお話しされていましたね」
フィーネが何気なく尋ねる。
「はい。初めてお話ししました。Bランク冒険者だそうですね」
「ええ。リューネさんは弓と魔法を得意とする、とても優秀な冒険者なんですよ」
「そうなんですね。今度、冒険の話を聞いてみたいです」
和雄がそう言うと、フィーネは少しだけ複雑そうな表情を浮かべた。
しかし、すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「ふふっ。きっと、いろいろ教えてくださると思いますよ」
和雄は頷き、改めて依頼掲示板へ向かった。
Fランクへの昇格。
そして、新たな冒険者との出会い。
異世界での生活は、少しずつ広がりを見せ始めていた。
その日の夕方、ギルドの二階では副ギルドマスターのシルヴィアが報告書を確認していた。
「カズさん、無事にFランクへ昇格されたのですね」
隣にいたクラリスが頷く。
「はい。本人も喜んでいました」
「それはよかったです」
シルヴィアは微笑んだ。
「これから、どんな成長を見せてくださるのでしょうね」
窓の外では、夕日がジェノバの街を赤く染めていた。
和雄の冒険者としての物語は、まだ始まったばかりだった。




