第10話「新人冒険者の実力と昇格への一歩」
副ギルドマスターのシルヴィアとの面談を終えた柾木和雄は、冒険者ギルドの一階へ戻ってきた。
朝の混雑も少し落ち着き、依頼掲示板の前には数人の冒険者が残っているだけだった。和雄は受付でフィーネと話したあと、今日の仕事を探すため掲示板へ向かった。
「さて、今日は何を受けようかな」
南の森ではオークの集団行動が確認されており、現在もギルドによる警戒が続いている。一方、西側の街道や草原では、比較的安全な採取依頼や雑用依頼が通常どおり発行されていた。
和雄が依頼書を眺めていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「おう、カズじゃねえか!」
振り返ると、革鎧を身につけた男性冒険者が立っていた。以前、南の森の調査で同行したDランク冒険者のガレスだった。
「ガレスさん、おはようございます」
「おう。元気そうだな。あれから変わりはないか?」
「はい。昨日は休みを取って、ギルドの職員さんたちに料理を作っていました」
「料理だと?」
ガレスは意外そうな顔をした。
「お前、剣だけじゃなく料理もできるのか?」
「はい。故郷ではよく作っていましたから」
「はははっ! まったく、器用なやつだな!」
ガレスは豪快に笑った。
「ところで、今日は何か依頼を受けるつもりか?」
「はい。ただ、まだ決めていなくて」
「だったら、ちょうどいい依頼があるぞ」
ガレスは掲示板の一角を指さした。
そこには、ジェノバ西側の街道沿いにある荷車の待避所周辺を確認する依頼が貼られていた。
「街道の安全確認ですか?」
「ああ。最近、森鼠やゴブリンの目撃情報が増えているらしくてな。商人たちが安心して通れるよう、周辺を調べてほしいそうだ」
和雄は依頼書を確認した。
依頼内容は、西街道の待避所周辺における魔物の痕跡調査と危険箇所の報告。基本報酬は六十ゴルで、魔物を討伐した場合は通常の証明部位による買い取りも行われる。
「これなら俺でも受けられそうですね」
「そうだな。ただし、林の奥までは入るなよ。俺も今日は別の仕事があるから同行できねえが、街道周辺なら問題ないはずだ」
「分かりました。ありがとうございます」
和雄が礼を言うと、ガレスは笑って肩を叩いた。
「お前は腕が立つからな。だからこそ油断するなよ」
「はい。気をつけます」
和雄は依頼書を手に取り、受付へ向かった。
フィーネは依頼内容を確認すると、少し安心したように微笑んだ。
「西街道の巡回調査ですね。こちらはGランクでも受注可能な依頼です」
「はい。ガレスさんに教えてもらいました」
「なるほど。ガレスさんなら、周辺の状況にも詳しいですからね」
フィーネは依頼を受理し、注意事項を説明した。
「待避所から離れすぎないことと、異常があった場合は無理に追跡せず、ギルドへ報告してください」
「了解です」
和雄は依頼書を受け取り、西門へ向かった。
街を出ると、穏やかな風が草原を吹き抜けていた。
西へ延びる街道には商人の荷車が行き交い、遠くでは農夫たちが畑仕事をしている。
和雄は周囲の様子を確認しながら歩いた。
「こうして見ると、街道の安全って大事なんだな」
日本では当たり前だった安全な道路も、この世界では魔物の出現によって簡単に危険な場所へ変わってしまう。
街道を利用する商人や農民にとって、冒険者の存在は欠かせないのだろう。
しばらく歩くと、道の脇に木製の柵と簡素な屋根を備えた待避所が見えてきた。
荷車を停めたり、旅人が休憩したりするための場所らしい。
和雄は待避所の周囲を一通り確認した。
柵に破損はなく、地面にも目立った異常は見られない。
しかし、林へ続く細い獣道の近くで、小さな足跡を発見した。
「これは……森鼠かな」
しゃがみ込んで確認すると、以前討伐した森鼠の足跡によく似ていた。
さらに少し離れた場所には、別の足跡も残されている。
「こっちはゴブリンか」
和雄は地面を観察した。
足跡は二種類あり、どちらも林の方向へ続いていた。ただし、街道へ向かっているものも混じっている。
「なるほど。夜になると、こっちまで出てくるのかもしれないな」
和雄は発見場所を覚えておき、周辺の確認を続けた。
そのときだった。
「キキッ!」
茂みの奥から甲高い鳴き声が響いた。
和雄が振り向くと、二匹の森鼠が姿を現した。
「やっぱりいたか」
森鼠は和雄を見つけると、地面を蹴って飛びかかってきた。
和雄は半歩横へ移動し、一匹目の攻撃をかわした。そのまま刀を抜き、素早く斬り払う。
続いて二匹目が足元へ飛び込んできたが、和雄は身体をひねって攻撃を避け、返す刀で仕留めた。
「よし、二匹」
和雄は周囲にほかの魔物がいないことを確認し、倒した森鼠をアイテムボックスへ収納した。
すると、林の奥から別の物音が聞こえてきた。
「……ん?」
和雄は刀を鞘へ戻さず、静かに様子をうかがった。
木々の間から現れたのは、錆びた短剣を持ったゴブリンだった。
一匹、二匹、そして三匹。
「ゴブリンもいたのか」
ゴブリンたちは和雄を見ると、耳障りな声を上げて近づいてきた。
「ギギッ!」
「ギャギャッ!」
和雄は刀を構え直した。
街道からそれほど離れていない場所であり、放置すれば旅人が襲われる可能性もある。
「ここで倒しておいたほうがよさそうだな」
最初のゴブリンが短剣を振り上げた瞬間、和雄は間合いを詰めた。
無駄な力を抜き、足裏から全身へ動きを伝える。
神速歩。
一瞬で相手の懐へ入り込み、鋭い斬撃を放った。
一匹目が倒れるより早く、和雄は身体を回転させ、二匹目の攻撃を受け流す。
そのまま刀を返し、二匹目を斬り伏せた。
最後の一匹は仲間が倒されたことに驚いたのか、慌てて後退した。
しかし、和雄は逃がさなかった。
「悪いな」
地面を蹴り、間合いを詰める。
最後の一撃で、三匹目のゴブリンも倒れた。
「ふう……これで終わりかな」
和雄は周囲を見渡した。
ほかに魔物の気配は感じられない。
倒したゴブリンをアイテムボックスへ収納すると、改めて待避所の周辺を確認した。
林の入口には小さな獣道がいくつもあり、魔物が出入りしやすい地形になっている。
「これは報告しておいたほうがいいな」
和雄は依頼書の余白に発見した足跡の位置と魔物の数を記録した。
その後、街道を通りかかった商人にも声をかけ、最近の様子を尋ねた。
「そういえば、二日前にこの辺りでゴブリンを見たって話を聞いたな」
商人は荷車の手綱を握りながら答えた。
「夜間はなるべく通らないようにしているんだが、昼間にも出るとなると困ったもんだ」
「分かりました。ギルドへ報告しておきます」
「助かるよ、冒険者さん」
和雄は商人を見送ると、最後に待避所の柵を確認し、ジェノバへ戻ることにした。
街へ帰還した頃には、太陽が少し西へ傾いていた。
冒険者ギルドへ入ると、受付ではフィーネが書類を整理していた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、カズさん。調査はいかがでしたか?」
「待避所の近くで森鼠を二匹、ゴブリンを三匹討伐しました。それと、林の入口に魔物の足跡が複数残っていました」
和雄は依頼書を差し出し、詳しい状況を説明した。
フィーネは真剣な表情で報告を聞き、記録を取っていく。
「なるほど……。街道の近くまで魔物が出てきているんですね」
「はい。商人の方も最近ゴブリンを見かけたと話していました」
「分かりました。クラリス主任にも報告しておきます」
和雄は解体場で討伐した魔物を引き渡し、再び受付へ戻った。
しばらくすると、ミーニャが査定結果を持ってきた。
「カズくん、お疲れさま!」
「ありがとうございます、ミーニャさん」
「森鼠が二匹で六ゴル、ゴブリンが三匹で十五ゴルだよ!」
フィーネも報酬の計算を終えた。
「依頼報酬が六十ゴルですので、合計八十一ゴルになります」
「ありがとうございます」
和雄は報酬を受け取り、アイテムボックスへ収納した。
そのとき、受付の奥からクラリスが姿を現した。
「カズさん、少しよろしいかしら?」
「はい。何でしょう?」
クラリスは一枚の書類を手にしていた。
「先ほど、副ギルドマスターのシルヴィア様から連絡がありました。あなたの昇格審査について、記録の照合が終わったそうです」
「本当ですか?」
「ええ。薬草採取数、ゴブリン討伐数ともに必要条件を満たしています。依頼達成記録にも問題はありません」
和雄は思わず笑顔になった。
「それじゃあ……」
「はい。あとはギルドマスターの最終確認だけです」
クラリスは微笑んだ。
「正式な決定は明日になる予定ですが、問題がなければFランクへの昇格が認められるでしょう」
「ありがとうございます!」
和雄は嬉しそうに頭を下げた。
フィーネも笑顔で祝福した。
「おめでとうございます、カズさん。もう少しですね」
「はい。ようやく一つ上のランクに進めそうです」
「カズくんなら、もっと上まで行けそうだけどね!」
ミーニャが楽しそうに笑った。
「いえいえ、まだまだ勉強することばかりですから」
和雄は照れくさそうに頭をかいた。
そんな様子を見て、クラリスは小さく微笑んだ。
「その気持ちを忘れないでくださいね。ランクが上がれば、受けられる依頼も増えますが、責任も大きくなりますから」
「はい。肝に銘じます」
和雄は真剣な表情で頷いた。
その後、ギルドを後にした和雄は、夕暮れのジェノバの街を歩いていた。
「Fランクか……。少しずつだけど、冒険者として前に進んでいるんだな」
異世界へ来たばかりの頃は、冒険者として生活できるかどうかさえ分からなかった。
しかし今は、依頼をこなし、報酬を得て、少しずつ信頼を積み重ねている。
「よし。これからも頑張ろう」
和雄はそう呟き、宿屋《銀の麦亭》へ向かった。
一方、冒険者ギルドの二階では、ギルドマスターのガルド・レイヴァンが一枚の書類を確認していた。
そこには、柾木和雄の冒険者活動記録がまとめられている。
「……Gランクでオークを一撃か。しかも、依頼の達成率は申し分なし」
ガルドは小さく笑った。
「面白い新人が来たもんだな」
隣に立つシルヴィアが静かに頷いた。
「ええ。実力だけでなく、人柄にも問題はありません。むしろ、少々自分の力に無頓着なところが気になりますが」
「はははっ! そいつは厄介だな!」
ガルドは豪快に笑うと、書類へ視線を戻した。
「よし。Fランクへの昇格を認めよう。ただし、いきなり高難度の依頼を任せるつもりはねえ。しばらくは経験を積ませる」
「承知しました」
シルヴィアは微笑んだ。
こうして、和雄のFランク昇格が正式に承認された。
その知らせが本人へ届くのは、翌朝のことになる。




