第1話「女神メシアの加護」
真っ白な空間に立つ柾木和雄は、目の前の美しい女性を見つめていた。
女性の名前はメシア。本人の話によれば、異世界エルディアを管理する女神なのだという。
「それで、メシア様。俺を異世界へ連れていきたい理由を聞いてもいいですか?」
和雄が尋ねると、メシアは穏やかな笑みを浮かべた。
「もちろんです。わたくしが管理するエルディアには、人間やエルフ、ドワーフ、獣人など、さまざまな種族が暮らしています。魔法や魔物も存在しますが、基本的にはあなたが暮らしていた地球と同じように、人々が日々の生活を営んでいる世界です」
「なるほど。まさにファンタジーの世界ですね」
「ええ。ただ、最近は少しずつ世界の均衡が乱れ始めています。わたくしは管理神として見守っていますが、地上へ直接干渉することは極力避けなければなりません」
メシアはそこで一度言葉を区切った。
「そこで、和雄さんにはわたくしの使徒として、エルディアで暮らしていただきたいのです」
「使徒ですか……。何か特別な仕事でもあるんですか?」
和雄の質問に、メシアは首を横に振った。
「いいえ。基本的には自由に生活していただいて構いません。冒険者になるのも、旅をするのも、誰かと家庭を築くのも、すべてあなたの自由です。ただ、世界に大きな危機が訪れたときには、可能な範囲で力を貸していただければと思っています」
「それなら、そこまで難しく考えなくてもよさそうですね」
和雄は少し安心した。
日本ではブレイドアーツの講師として生活していたが、異世界でも剣術を生かせる仕事があるなら悪くない。
「ところで、俺の身体はこのままなんですか?」
和雄が尋ねると、メシアは楽しそうに微笑んだ。
「実は、そのことについても考えています。和雄さんには、もう一度若い身体で人生を楽しんでいただこうと思いまして」
「若い身体?」
「はい。現在の25歳から、16歳まで若返っていただきます」
「えっ、16歳!?」
思わず声を上げた和雄に、メシアは頷いた。
「もちろん、これまでの記憶や経験、身につけた技術は失われません。ブレイドアーツや剣道の腕前もそのままです」
「それはありがたいですけど……。また十代から人生をやり直すことになるのか」
和雄は苦笑した。
だが、考えてみれば悪い話ではない。若い身体で新しい世界を冒険できるのだから、むしろ楽しみでもあった。
「それと、異世界で安全に生活できるよう、いくつかの能力を授けます」
メシアが右手をかざすと、和雄の目の前に半透明の板が現れた。
そこには日本語で能力の一覧が表示されていた。
【女神メシアの加護】
名前:柾木和雄
年齢:16歳(転移後)
種族:人族
称号:神の使徒
特殊能力:経験値2倍/鑑定/魔力無限/全魔法適性/空間操作/時空操作
補助能力:身体強化魔法/魔力操作/空間収納
和雄は表示された文字を一つずつ確認した。
「……これ、かなり凄い能力じゃありません?」
「そうでしょうか?」
メシアは不思議そうに首を傾げた。
「いやいや、魔力無限って書いてありますよ? 普通、魔法を使えば魔力が減るんじゃないですか?」
「はい。エルディアの住人は魔法を使用すると魔力を消費します。ただし、和雄さんはその制限を受けません」
「それって、魔法が使い放題ということですよね?」
「そのとおりです」
和雄は額に手を当てた。
どうやら、この女神様は自分に相当な能力を与えるつもりらしい。
「でも、俺は魔法なんて使ったことがありませんよ?」
「魔力の扱い方は感覚で覚えていただく必要があります。ただ、和雄さんには地球で学んだ科学の知識がありますから、それを応用すれば比較的簡単に使えると思います」
「科学の知識ですか……。火なら燃焼、水なら水分子の集まり、風なら空気の流れをイメージする感じですかね?」
「ええ。その考え方で大丈夫です」
メシアは嬉しそうに頷いた。
「それから、空間収納については使い方を直接記憶に刻んでおきます。中に入れた物は時間が停止しますので、食料なども腐りません」
「それは便利ですね。料理にも使えそうです」
料理が得意な和雄にとって、食材を新鮮なまま保存できる能力は非常に魅力的だった。
「あと、和雄さんが日本で使っていた刀とは別に、ブレイドアーツに耐えられる特別な刀も用意しました。空間収納の中に入れておきますね」
「本当ですか! それは助かります!」
和雄は思わず身を乗り出した。
ブレイドアーツには、通常の刀では耐えられないほど強い負荷がかかる技も存在する。特別な刀を用意してもらえるのは、何よりありがたかった。
そんな和雄の反応を見て、メシアは楽しそうに笑った。
「ふふっ。やっぱり和雄さんは剣術がお好きなのですね」
「まあ、仕事にしているくらいですからね」
和雄も笑みを返した。
「それで、俺はエルディアのどこに行くんですか?」
「アルヴェイン王国という国の、ジェノバという街の近くです。街の南側にある森へ転移させます」
「森の中ですか。いきなり魔物に襲われたりしません?」
「可能性はありますが、和雄さんなら十分に対処できると思います。それに、街まではそれほど遠くありません」
メシアは続けて、エルディアの基本的な言語や文字についても説明した。
どうやら、言葉は加護によって自然に理解できるらしい。
「最後に、ひとつだけお願いがあります」
メシアの表情が少し真剣になった。
「和雄さん。どうか、その力を自分の意思で使ってください。誰かを助けるためでも、自分の幸せのためでも構いません。わたくしは、あなたを道具として扱うつもりはありませんから」
和雄はメシアの青い瞳を見つめた。
神の使徒という立場がどれほど重要なのか、今はまだ分からない。それでも、目の前の女神が自分を信頼してくれていることは伝わってきた。
「分かりました。俺なりに、できることをやってみます」
「ありがとうございます、和雄さん」
メシアは安心したように微笑んだ。
すると、和雄の身体が淡い光に包まれ始めた。
「おっ、もう転移ですか?」
「はい。身体の若返りと加護の付与を行います。少しだけ目を閉じていてください」
和雄は言われたとおりに目を閉じた。
全身が温かな光に包まれ、不思議な感覚が広がっていく。身体が軽くなり、長年使い続けてきた筋肉や関節が生まれ変わっていくようだった。
やがて光が収まると、和雄はゆっくり目を開けた。
自分の手を見下ろすと、確かに以前より若々しくなっている。
「うわ……本当に若返ってる」
「成功ですね。これで和雄さんは16歳です」
メシアは満足そうに頷いた。
「それでは、エルディアでの新しい人生を楽しんでください」
和雄は改めて女神へ頭を下げた。
「いろいろありがとうございます、メシア様」
「どういたしまして。また必要なときには、お話ししましょう」
次の瞬間、和雄の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
白い光が視界を覆い、周囲の景色が消えていく。
「さて……異世界での冒険、楽しませてもらうかな!」
期待を胸に、和雄は新たな世界へと旅立った。
そして、女神メシアの神界から一人の少年が姿を消した。
その行き先は、異世界エルディア。
アルヴェイン王国、ジェノバの街の南に広がる森だった。




