第7話「西の草原と薬草採取」
ジェノバの街の西門を抜けると、柾木和雄の目の前には緑豊かな草原が広がっていた。
街道の両側には農地や牧草地が続き、遠くには小さな森が見える。空はよく晴れており、穏やかな風が草花を揺らしていた。
「いい天気だな。こういう日は外で仕事をするのも気持ちがいい」
和雄は背伸びをすると、冒険者ギルドで受け取った依頼書を確認した。
今回の依頼は、西門の外に広がる草原で薬草を二十束採取するというものだ。報酬は六十ゴル。採取場所に特別な指定はなく、品質のよい薬草であれば買い取りも行ってもらえる。
昨日は森鼠の討伐依頼を受けたが、今日はのんびりと採取を進めるつもりだった。
「さて、まずは薬草が生えていそうな場所を探すか」
和雄は街道から少し離れ、草原へ足を踏み入れた。
足元には背の低い草が生い茂り、ところどころに黄色や白の小さな花が咲いている。遠くでは農夫が畑を耕し、荷車を引いた馬がゆっくりと街道を進んでいた。
和雄は周囲を見渡しながら、以前フィーネに教えてもらった薬草の特徴を思い出した。
「確か、葉の縁が少し丸くて、根元に淡い紫色があるんだったな」
しゃがみ込んで草を調べていると、それらしい植物が見つかった。
和雄は鑑定を発動した。
《薬草》
《品質:良好》
《用途:回復薬の材料》
「おっ、当たりだ」
和雄は丁寧に薬草を摘み取り、根を傷めないように束ねた。
採取した薬草はアイテムボックスへ収納する。時間停止の効果があるため、摘み取ったばかりの状態を維持できるのが便利だった。
「これなら鮮度を気にしなくていいし、かなり助かるな」
和雄は周囲の草を踏み荒らさないように気をつけながら、少しずつ移動していった。
しばらくすると、低い丘の斜面に薬草がまとまって生えている場所を見つけた。
「おお、ここは結構あるな」
和雄は一株ずつ確認し、採取に適したものだけを摘んでいく。まだ小さな株は残し、次に訪れる冒険者や薬草を必要とする人のために、取り尽くさないよう心がけた。
やがて依頼に必要な二十束が揃った。
「よし、これで依頼分は達成だな」
和雄は立ち上がり、腰を軽く伸ばした。
まだ昼前だったため、少し余裕がある。
「せっかくだし、追加で採取しておこうかな」
そう考えた和雄は、周囲の様子を確認しながら採取を続けた。
追加で十束を集めたところで、草原の向こうから人の声が聞こえてきた。
「おーい! そこの冒険者さん!」
和雄が振り返ると、街道脇で荷車を止めた男性が手を振っていた。
年齢は四十代ほどだろうか。日に焼けた顔に作業着を身につけた男性で、荷車には野菜や穀物の袋が積まれていた。
「はい、何でしょう?」
和雄が近づくと、男性は少し困ったように笑った。
「悪いんだが、ちょっと手を貸してくれないか? 車輪がぬかるみにはまっちまってな」
見ると、荷車の片側の車輪が柔らかい土へ沈み込んでいた。馬は前へ進もうとしているものの、車輪が空回りしている。
「なるほど。これは大変ですね」
和雄は荷車の周囲を確認した。
「まず、馬を少し休ませましょう。無理に引っ張ると怪我をするかもしれません」
「そうだな。助かるよ」
男性が馬を落ち着かせている間に、和雄は荷車の下を覗き込んだ。
車輪の下に石や木片を敷けば抜け出せそうだが、荷物の重さがあるため持ち上げるのは難しそうだった。
「少し持ち上げてみますね」
「いやいや、兄ちゃん一人じゃ無理だろう。荷物がかなり載ってるんだぞ」
「大丈夫です。ちょっと力には自信があるので」
和雄は身体強化魔法を使い、荷車の車軸付近に手を添えた。
腰を落とし、足元を確かめてからゆっくりと力を加える。
すると、沈み込んでいた車輪が少しずつ浮き上がった。
「なっ……!」
男性は目を丸くした。
「おいおい、本当に持ち上げちまったぞ!」
「今のうちに、車輪の下へ木を入れてもらえますか?」
「あ、ああ!」
男性は慌てて近くにあった丈夫な木片を持ってきた。
和雄が車輪を支えている間に木片を敷き、荷車をゆっくりと下ろす。
その後、馬に軽く前進してもらうと、荷車は無事にぬかるみから抜け出した。
「よし、これで大丈夫ですね」
和雄が手を払うと、男性は何度も頭を下げた。
「助かったよ、兄ちゃん! 本当にありがとう!」
「いえいえ。困ったときはお互いさまですから」
「それにしても、すごい力だな。冒険者ってのはみんなあんなことができるのか?」
「どうなんでしょう? 俺もまだGランクなので、詳しくは分からないんです」
「Gランクだって?」
男性はさらに驚いた。
「はははっ! そりゃ驚いた。世の中にはすごい新人がいるもんだな!」
男性は笑いながら、荷車から小さな袋を取り出した。
「礼にこれを持っていってくれ。うちの畑で採れた果物だ」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。売り物だけど、助けてもらった礼だ。遠慮するな」
和雄は少し迷ったものの、男性の厚意を受け取ることにした。
「ありがとうございます。大切にいただきます」
「こっちこそ助かったよ! 気をつけてな!」
男性は荷車を動かし、ジェノバの街へ向かっていった。
和雄は受け取った果物を一つ取り出し、鑑定してみた。
《赤蜜果》
《品質:良好》
《特徴:甘みが強く、生食や菓子作りに適している》
「へえ、赤蜜果っていうのか」
手のひらほどの大きさで、赤い皮に包まれた果物だった。
和雄は軽く水魔法で洗い、一口かじってみた。
「……美味い!」
しゃきっとした歯応えとともに、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。
日本のリンゴに似ているが、少し蜂蜜のような香りがあった。
「これなら焼き菓子にも使えそうだな。フィーネさんたちとの約束の日に、何か作ってみるのもいいかもしれない」
和雄は果物をアイテムボックスへ収納すると、再び草原を歩き始めた。
昼過ぎになり、そろそろ街へ戻ろうとしたときだった。
草むらの向こうから、かすかな物音が聞こえた。
「ん?」
和雄は足を止めた。
風で草が揺れる音とは少し違う。
何か小さな生き物が動いているようだった。
和雄が注意深く近づくと、茂みの陰から一匹の森鼠が姿を現した。
「森鼠か」
森鼠は和雄を見るなり、甲高い鳴き声を上げた。
「キキッ!」
次の瞬間、地面を蹴って飛びかかってくる。
和雄は慌てず半歩横へ移動し、攻撃をかわした。
「悪いな」
刀を抜き、素早く一閃する。
森鼠はその場に倒れた。
和雄は周囲にほかの魔物がいないことを確認すると、討伐した森鼠をアイテムボックスへ収納した。
「これで追加の買い取りもできるな」
森鼠の討伐証明は尻尾で、一匹三ゴルになる。
大きな金額ではないが、冒険者としてはこうした小さな収入も大切だった。
和雄は刀を鞘へ戻し、ジェノバの西門へ向かった。
街へ戻る頃には、太陽が少し西へ傾いていた。
冒険者ギルドへ到着すると、受付ではフィーネが依頼書を整理していた。
「ただいま戻りました」
和雄が声をかけると、フィーネは顔を上げた。
「お帰りなさい、カズさん。薬草採取はいかがでしたか?」
「はい。依頼分の二十束と、追加で十束採取できました」
「まあ、今日もたくさん採れたんですね」
和雄は薬草を取り出し、受付の査定台へ並べた。
フィーネは一本ずつ品質を確認していく。
「どれも状態がいいですね。葉も傷んでいませんし、鮮度も十分です」
「ありがとうございます」
「それでは、依頼分二十束で六十ゴル。追加の十束が三十ゴルですね」
フィーネは帳簿へ記入した。
「それと、ほかに何かありますか?」
「森鼠を一匹討伐したので、解体場で引き渡してきます」
「分かりました。討伐証明の確認が終わりましたら、こちらでまとめてお支払いしますね」
和雄は解体場で森鼠を引き渡し、再び受付へ戻った。
「お待たせしました、カズさん」
フィーネは硬貨を用意していた。
「薬草採取の依頼報酬が六十ゴル、追加の薬草が三十ゴル、森鼠の討伐証明が三ゴル。合計九十三ゴルです」
「ありがとうございます」
和雄は報酬を受け取り、アイテムボックスへ収納した。
「そういえば、今日は街道で荷車がぬかるみにはまっている人を助けたんですよ」
和雄が何気なく話すと、フィーネは興味深そうに耳を傾けた。
「まあ、そうだったんですか?」
「はい。車輪を持ち上げて、下に木を敷いただけなんですけどね」
「……車輪を持ち上げたんですか?」
フィーネは一瞬、言葉を止めた。
「はい。身体強化魔法を使ったので、それほど重くはありませんでした」
「そう、ですか……」
フィーネは少し困ったように微笑んだ。
普通のGランク冒険者が、荷物を満載した荷車の片側を持ち上げられるとは考えにくい。
しかし、目の前の少年は本当に大したことではないと思っているようだった。
「カズさんは、やっぱりすごい方ですね」
「えっ、そうですか?」
「はい。でも、あまり無茶はしないでくださいね」
「分かりました」
和雄が素直に頷くと、フィーネは安心したように微笑んだ。
そのとき、隣の受付からミーニャが顔を出した。
「カズくん、お帰り!」
「ただいま戻りました、ミーニャさん」
「ねえねえ、例のお料理の約束なんだけど!」
ミーニャは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「クラリス主任から、休憩室の調理設備を使ってもいいって許可が出たよ!」
「本当ですか?」
「うん! 次の休みの日なら大丈夫だって!」
和雄は嬉しそうに頷いた。
「それなら、予定どおり作れますね。食材は俺が用意します」
「やったー!」
ミーニャが喜ぶ横で、フィーネも柔らかく微笑んでいた。
「楽しみにしていますね、カズさん」
「はい。せっかくなので、故郷の料理をいくつか作ってみます」
和雄はそう答えながら、今日もらった赤蜜果のことを思い出した。
甘い果物を使った焼き菓子なら、二人にも喜んでもらえるかもしれない。
「よし、帰りに足りない材料を探してみようかな」
そんなことを考えながら、和雄はギルドを後にした。
一方、ギルドの二階にある執務室では、副ギルドマスターのシルヴィアが和雄の活動記録を確認していた。
「薬草採取に魔物討伐、それに街道での人助け……本当に興味深い新人ですね」
シルヴィアは書類を閉じると、窓の外へ視線を向けた。
「近いうちに、一度お話をしてみましょうか」
和雄の知らないところで、彼に関心を寄せる人々は少しずつ増えていた。
しかし当の本人は、そんなことなどまったく気にしていない。
今の和雄にとって一番の関心事は、フィーネとミーニャにどんな料理を振る舞うかということだった。
――第三章 第8話「ギルドの休日と異世界の手料理」へ続く。




