第5話「南の森の警戒と新たな依頼」
翌朝、柾木和雄は《銀の麦亭》の食堂で朝食を取っていた。焼きたてのパンに野菜たっぷりのスープ、薄く焼いた肉が添えられている。異世界へ来てから数日が経ち、こうした朝の時間にもすっかり慣れてきた。
「カズさん、今日はどうされるんですか?」
食器を運んできたマリアが尋ねると、和雄はパンをちぎりながら答えた。
「いつもどおりギルドへ行くつもりです。ただ、昨日の調査で南の森にオークがいることが分かったので、今日は別の場所で依頼を受けようかと思っています」
「それがいいと思います。最近、南門を利用する商人さんたちも少し心配しているみたいですから」
マリアはそう言って、空になった皿を片づけた。
和雄は朝食を終えると、宿を出て冒険者ギルドへ向かった。
中央広場を通り抜け、南西地区へ進む。朝の市場には新鮮な野菜や果物が並び、商人たちの威勢のいい声が響いていた。和雄は途中で赤い実をつけた果物を一つ購入し、歩きながらかじった。
甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
「うん、美味いな。これなら料理にも使えそうだ」
日本で料理をしていた頃の癖で、珍しい食材を見ると、つい調理方法を考えてしまう。異世界にはまだ知らない食材が数多くあるため、市場を歩くだけでも楽しかった。
ギルドへ到着すると、いつもより多くの冒険者が依頼掲示板の前に集まっていた。
「南の森への立ち入り注意か……」
「オークが複数確認されたらしいぞ」
「しばらくは別の場所で仕事を探すか」
そんな会話が聞こえてくる。
和雄が掲示板へ近づくと、南の森に関する注意書きが貼り出されていた。外縁部でオークの移動が確認されたため、単独での深入りを控えるよう呼びかける内容だった。
「昨日の報告がもう反映されているんだな」
和雄が感心していると、背後から明るい声がした。
「おはよう、カズくん!」
振り返ると、猫耳をぴんと立てたミーニャが立っていた。
「おはようございます、ミーニャさん」
「昨日はオークを倒したんだって? ボク、報告書を見てびっくりしちゃったよ!」
ミーニャは尻尾を左右に揺らしながら、楽しそうに笑った。
「ガレスさんと一緒だったので、安心して戦えました」
「それでもすごいよ。あっ、そうだ。今日はフィーネがカズくんに紹介したい依頼があるって言ってたよ」
「俺にですか?」
「うん。受付で待ってるから、行ってみて!」
和雄が礼を言って受付へ向かうと、フィーネが書類を整理していた。
「おはようございます、フィーネさん」
「おはようございます、カズさん。昨日はお疲れさまでした。体調はいかがですか?」
「問題ありません。ぐっすり眠れました」
「それなら安心しました」
フィーネは微笑むと、一枚の依頼書を差し出した。
「実は、カズさんにちょうどよさそうな依頼があるんです。西門の外にある農地周辺で、森鼠が増えているそうなんですよ」
「森鼠ですか。以前にも討伐しましたね」
「はい。今回は畑の作物が荒らされているので、農家の方から駆除の依頼が出ています。討伐数に応じた買い取りとは別に、現地の被害を確認して報告していただく内容です」
和雄は依頼書に目を通した。
農地周辺の森鼠討伐と被害状況の確認。依頼達成報酬は四十ゴルで、討伐証明の尻尾は通常どおり一匹三ゴルで買い取られる。
「これなら俺にもできそうですね」
「カズさんなら大丈夫だと思います。ただし、農地の近くには住民の方もいますので、戦う場所には注意してください」
「分かりました。畑を壊したら本末転倒ですからね」
和雄が答えると、フィーネは安心したように頷いた。
「それでは、依頼を受理します。お気をつけて」
和雄は依頼書を受け取り、西門へ向かった。
西門の外には街道が延び、その両側に畑や牧草地が広がっていた。農夫たちが畑を耕し、荷車を引く馬がのんびりと歩いている。
依頼書に記された農地へ到着すると、一人の年配の男性が畑の脇で困った顔をしていた。
「すみません。冒険者ギルドから来ました、カズといいます」
和雄が声をかけると、男性は顔を上げた。
「おお、冒険者さんか。待っていたよ。わしはこの畑を管理しているトーマスだ」
「森鼠が出ていると聞きました。詳しい状況を教えてもらえますか?」
「ああ。ここ数日、畑の端にある根菜を食い荒らされていてな。夜だけじゃなく、昼間にも姿を見るようになったんだ」
トーマスは畑の西側を指さした。
そこには掘り返された土と、かじられた野菜が散らばっていた。
「なるほど。確かに被害が出ていますね」
和雄はしゃがみ込み、地面に残された足跡を確認した。
小さな爪痕がいくつも続いている。どうやら森鼠が頻繁に出入りしているらしい。
「この先の林から来ているみたいですね」
「そうなんだ。できれば畑に入ってくる前に追い払ってほしいんだが……」
「分かりました。林の入口で様子を見てみます」
和雄はトーマスにそう告げると、畑の西側にある小さな林へ向かった。
木々の間には獣道ができており、ところどころに森鼠の足跡が残っていた。
「さて、どこにいるかな」
和雄は周囲の気配を探りながら、ゆっくり歩いた。
すると、茂みの奥から小さな物音が聞こえてきた。
葉が揺れ、茶色い毛並みの森鼠が二匹姿を現す。
「いたな」
和雄は刀へ手を添えた。
森鼠は和雄に気づくと、甲高い鳴き声を上げて飛びかかってきた。
「キキッ!」
和雄は半歩横へ移動し、最初の一匹をかわした。そのまま刀を抜き、素早く斬り払う。
続いて二匹目が足元へ飛び込んできたが、和雄は身体をひねって攻撃を避け、返す刀で仕留めた。
「よし、二匹」
和雄は倒した森鼠をアイテムボックスへ収納した。
しかし、茂みの奥からさらに物音が聞こえてくる。
「……まだいるのか」
和雄が視線を向けると、今度は四匹の森鼠が現れた。
森鼠たちは散開し、左右から和雄へ近づいてくる。
「なるほど。小さいけど、数が多いと厄介だな」
和雄は刀を構え、呼吸を整えた。
余計な力を抜き、足裏へ体重を預ける。相手の動きを見極めると、身体を滑らかに移動させた。
一匹目の攻撃をかわし、二匹目を斬る。続けて振り向きざまに三匹目を仕留め、最後の一匹が逃げようとしたところを神速歩で追いついた。
「これで六匹か」
和雄は周囲を確認した。
林の奥からは、もう森鼠の気配が感じられない。
「とりあえず、近くにいたのは全部倒せたかな」
和雄は倒した森鼠を収納し、畑へ戻った。
トーマスは和雄の姿を見ると、驚いたように声を上げた。
「おお、もう戻ってきたのか!」
「はい。林の入口付近に六匹いたので、討伐してきました」
「六匹もいたのか!」
トーマスは目を丸くした。
「そりゃ畑も荒らされるわけだ。助かったよ、冒険者さん」
「いえ、仕事ですから。それと、林の奥にはまだいるかもしれないので、しばらく様子を見たほうがいいと思います」
「そうだな。もしまた出てきたら、ギルドに依頼を出すことにするよ」
和雄は畑の被害状況を確認し、依頼書にトーマスの署名をもらった。
「ありがとうございました。それじゃあ、ギルドに報告してきます」
「こちらこそありがとうな!」
トーマスに見送られ、和雄はジェノバの街へ戻った。
ギルドへ到着すると、受付ではミーニャが素材の査定記録を整理していた。
「ただいま戻りました」
「あっ、カズくん! お帰り!」
ミーニャは元気よく手を振った。
「森鼠を六匹討伐してきました。依頼主の確認も済んでいます」
「もう終わったの? 早いね!」
和雄は依頼書を渡し、討伐した森鼠を解体場で引き渡した。
しばらくして受付へ戻ると、ミーニャが報酬を用意して待っていた。
「はい、カズくん。依頼報酬が四十ゴル、森鼠六匹の討伐証明が十八ゴル。合計五十八ゴルだよ!」
「ありがとうございます」
和雄は硬貨を受け取った。
「それにしても、カズくんって本当に仕事が早いよね」
「そうですか? 今日は比較的簡単な依頼でしたから」
「普通は六匹もまとめて相手にしたら、もう少し時間がかかると思うけどなあ」
ミーニャは苦笑しながら尻尾を揺らした。
そのとき、隣の受付からフィーネが顔を出した。
「カズさん、お帰りなさい。依頼は無事に終わったんですね」
「はい。農家の方にも喜んでもらえました」
「それはよかったです」
フィーネは嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、南の森の調査についてですが、ギルドマスターが追加の巡回を指示されたそうです」
「そうなんですか」
「はい。今のところ街道への被害は確認されていませんが、オークの移動が続いている可能性があるので、しばらく警戒することになりました」
和雄は頷いた。
「早く落ち着くといいですね」
「ええ。本当にそうですね」
フィーネはそう答えたあと、少し表情を和らげた。
「ところでカズさん、今日はもう依頼を受けられますか?」
「いえ、今日はこれで終わりにしようと思っています。市場で食材を買って、宿の厨房を少し借りられないか聞いてみようかなと」
「お料理ですか?」
「はい。そろそろ自分で作った料理が食べたくなりまして」
和雄が笑うと、フィーネは興味深そうに目を輝かせた。
「カズさんのお料理、いつか食べてみたいです」
「それなら、機会があれば作りますよ」
「本当ですか? 楽しみにしていますね」
フィーネは嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見ていたミーニャが、すかさず会話に加わった。
「ねえねえ、ボクも食べたい!」
「もちろん、ミーニャさんもどうぞ」
「やったー!」
ミーニャが両手を上げて喜ぶと、フィーネも思わず笑ってしまった。
和雄は二人に挨拶し、ギルドを後にした。
夕方の市場には、まだ新鮮な野菜や肉が並んでいる。和雄は夕食の献立を考えながら、ゆっくりと露店を見て回った。
「さて、何を作ろうかな。せっかくだし、日本風の料理にしてみるか」
異世界での生活は、少しずつ日常になりつつあった。
冒険者として依頼をこなし、報酬を受け取り、美味しいものを食べる。そんな何気ない毎日が、和雄にとっては新鮮で楽しいものだった。
一方、冒険者ギルドの二階では、ギルドマスターのガルド・レイヴァンが南の森の調査報告書を読んでいた。
「……オークが複数で移動している、か」
ガルドは報告書を机に置き、窓の外へ目を向けた。
「今のところ大きな被害はないが、念のため警戒は続ける必要があるな」
その傍らでは、副ギルドマスターのシルヴィアが別の報告書を確認していた。
「それと、例の新人冒険者についても気になることがあります」
「カズとかいう少年か?」
「はい。Gランクでありながら、オークを一撃で討伐したそうです」
ガルドは小さく笑った。
「面白い新人が来たもんだな」
シルヴィアは報告書に記された名前を見つめた。
「柾木和雄……。一度、直接お会いしてみたいですね」
まだ本人の知らないところで、和雄への関心は少しずつ高まっていた。
――第三章 第6話「異世界の料理とフィーネたちの約束」へ続く。




